第4話







 春の御殿では梅、桜、菜の花、桃、撫子を


 夏の御殿では紫陽花、朝顔、百合、梔子を


 秋の御殿では萩、女郎花、藤袴、桔梗、菊、竜胆を


 冬の御殿では水仙、山茶花、椿、蝋梅を



 四季の花々を愛で、月見に花火、紅葉狩りに雪見を楽しんだり、お手玉で遊んだり、蒼が桜子に乗馬、琴や琵琶の弾き方を教えたりしている内に一年の月日が流れた。


『パパ・・・ママ・・・』


 ここでの生活は楽しいし、侍女さん達も親切にしてくれる。(蒼の命令だから当然そうするしかないと思うが)


 だがここには家族が居ないので寂しいのは否めない。ホームシックに罹ってしまった桜子は泣き出してしまう。


『か、帰りたい・・・』


『桜子・・・』


 この幼子は自分に捧げられた贄。


 だから両親の元に帰す訳にはいかないと蒼は思うのだが、こうやって桜子が泣いている姿を見るのは辛いと感じるし、このままでは心を壊してしまうのではないか?と彼女の身を案じる思いもまた事実。


『・・・・・・分かった。桜子を親御さんの元に帰してあげる』


『本当!?あたし、パパとママの元に帰れるの?』


『ああ、桜子が泣いているところを見るのは僕も辛いからね。その代わり条件があるんだ』


 蒼が出した条件とは、親元で裳着の儀式を行ったらここに居て欲しいというものだった。


『裳着?蒼お兄ちゃん、裳着って何なの?』


 裳着というのは女児が大人になった事を示す儀式で、一族の長といった偉い人に裳の腰紐を結って貰い、髪上げをするのだと桜子に教える。


『大人になるって二十歳って事?』


(え゛っ?)


『は、二十歳!?桜子の世界では二十歳になったら大人と認められるのか!?ここでは十二から十四歳辺りで大人だと認められるのに?!』


『ち、違うよ・・・。日本では二十歳になったら大人だと認められるんだよ』


 それに二十歳になったら裳着という儀式をするのではなく、振袖かワンピースを着た女の人がどこかの会場で開催する成人式に参加するのだと蒼に話す。


『じゃあ、桜子が二十歳になったら迎えに来るからね。その誓いとしてこれを飲んで』


 蒼が桜子に渡したのは錠剤を思わせる白い珠だった。


『蒼お兄ちゃん、これ何なの?』


『龍珠。桜子を護る・・・まぁ、お守りみたいなものだよ』


 龍神である僕が直々に力を込めたものだから、その効力は確実だよ


『う、うん・・・』


(これ・・・本当に飲んでもいいのかな?)


 幼子特有の勘が働いたとでも言えばいいのだろうか。


 桜子は蒼から貰った龍珠を飲む事に躊躇いを覚える。


 もし桜子が年頃の女性であれば龍珠を飲んだ振りが出来たかも知れない。


 だが今の桜子は幼稚園児。


 龍珠を飲んだ演技など出来る筈がない。


 蒼と侍女達だけではなく側近らしき男性達から無言の圧力を感じ取った桜子は口に入れた龍珠を水と共に嚥下する。


(あ、れ?何か、急に眠く・・・何で?)


『おやすみ桜子。二十歳になったら迎えに来るから。その時まで暫しの別れだよ』


(あ、蒼お兄ちゃん・・・?)


 完全に意識を失う直前の桜子の瞳に映ったのは大人の男性になった蒼だった。










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