第28話 レコーディングと、案件

 ウチのレコーディングが、始まった。

 

 打ち合わせで、ハッカむしヨケさんと話し合った。歌詞のイメージを、ウチに寄せていく。


「アンさんのメンヘラキャラは、お姉さんがベースだとお聞きしましたが?」


「そうなんですよ。ウチやと、どうしても劣化コピーなんですわ」


「けど、それくらいがいいかもしれません。ガチすぎると太客はつくのですが、大衆受けは難しいです。ややマイルド目なほうが、いいと思いますね」


「中途半端になりませんかね?」


「それがまたいいんじゃないですかね? メンヘラになりきれない。でもうちに秘めた思いは爆発しそうだ、といった感じの」


「なるほど」


 で、大事なことを聞き出すことに。


「あのですね。ホンマに、タダでやってもらえると?」


 ワン・タンメン先輩との交際発覚によって、ハッカさんは多額の賠償金を払わされる。


「円満に交際していても、どのみち会社にはご迷惑をおかけします。仕事がもらえるだけでも、こちらとしてはありがたい」

 

「はい。こればかりは、無料で楽曲提供させていただきます。もちろん、アレンジャーにはお金を払っていただきますが」


 どうやら、そういう仕組みのようだ。


「そうはいっても、お子さんが産まれるんですよ? もうワン先輩のお腹も大きくなってますし、今からお金がかかるのでは?」


「ご心配なく。楽曲提供元は、あなただけではないので」


 どうもハッカさんには、仕事が大量に舞い込んできているという。

 むつみちゃんが、動いてくれたらしい。

 会社としては楽曲提供で手を打ったので、あまり咎めないでほしい、と。


春日かすが社長には、頭が上がりませんよ。ホントに、ありがたく思っています」


「よかったです。でもしんどいんとちゃいます?」 

 


  

 ボイストレーニングとランニングも、本格的になっている。

 シノさん……壬生ペーターゼンと共に、ジム通いも追加した。

 出費は、大きい。とはいえ、今はプロの指導がほしかった。下手に素人考えで行動すると、ムチャをするか実力不足になる。大事な新曲なので、失敗は許されない。



 しらすママは、随分前からアニメの作画に携わっているという。基本は監修という形だが、「自分で手掛けたい」と何度もぼやいていたらしい。「他の仕事も抱えているので」と、編集さんに止められたというが。



 で、その仕事というのが……。



「これ、ホンマに着んとアカンの?」


 ウチのもとには、とあるメーカーの新作水着が。


「アバターだけやと思ってた。ウチまで水着を着るとか、聞いていないんやけど?」


 ウチは、新作の水着を着させられている。


 またこの水着が、かわいいのだ。

 布で造花をあしらっていて、露出度は高いのに花に目が行く作りに。

 背中もケツも全開とはいえ、フリルを付けたらあまり気にならない感じになる。 


 ムリヤリとはいえ、この水着なら悪くはない。


「でもさあ、こういう水着撮影って、アダルト系のVさんの仕事ちゃうん?」


 アダルト系Vとは、ちょっとセンシティブな配信をなさる方々のことだ。


「Youtubeって、肌色審査キッツイやん? これ、大丈夫なん?」


 スタイリストさんに胸の位置を調節されながら、ウチはむつみちゃんに尋ねる。

 

「それがですねえ。あぶLOVEってどちらかというと、『超美麗3D配信』が多いでしょ?」


『超美麗3D』とは、顔を出さない全身を映しての配信のことだ。


「アンさんって、いくらファッションメンヘラっていっても、スタイルだけは病的じゃないですか」


 それで、「細い子でもかわいく見える水着を開発したので、着てもろて」とオファーが来たらしい。

 

「マジかいな。ホンマに胸はないで。絶対、カイナの方が喜ばれるって!」

 

 他のVタレントさんは、中身もグラビアアイドル並みに胸がデカい。お腹がタプタプがちな子もいるが、それはそれでだらしなくてかわいいのだ。


 中でもタコ・カイナは、バツグンのプロポーションを維持している。あれだけ深夜大食いをカマシているというのに。


「カイナさんの水着グラビアも、ございます。どうぞ」


「おおー」


 白ビキニ姿のカイナが、ウチに抱きつく。


「水着案件は、いずれ来ると思っていたさ!」


「堂々としとるなあ……」


「まあ、元ジュニアアイドルだしね」


「マジか?」


「マジよ。地元の浜寺でスカウトされた」


 とはいえ、男性向け雑誌のグラビアを二、三年やった程度らしい。

 スカウトされた時期が夏だったので、水着撮影もあったという。


「いつのときよ?」


「小五」


 おお……読者さんは、ヘンタイさんですね。


「その頃から、歳の割にデカかったからねー。いいオカズになったんでは、と」


「オカズ言うなや」


 お嬢様でセクシー小学生のナイスバディとか、エロゲの世界だ。

 誰でも、カイナの身体は拝みたくなるのだろう。


 子どもを二人産んだとしても、そのプロポーションは一向に衰えを知らない。


「どないやったら、その身体を維持できるねんよ?」


「変わらないよ。常に運動は、欠かさないからね。子育てしてるとね、身体を動かしていないとストレスが溜まっていくんだよ。ダメってわかってても、子どもに当たりそうになる。それを防止するために、めちゃトレーニングするんだよね」


 自分の時間を常に作り、自己をいじめぬくそうだ。


「ウチは、そこまでストイックになられへんわ」


「なにをおっしゃるか。アンはあれだけ酒飲んでるのにさ、やつれないよね」


「そうかな……」


 ウチは、あまり自分の身体に自信がない。


「あんたは自分が思ってる以上に、スタイル抜群だからね。背も高いし」


「背はね。デカいんが特徴なので。せやけど、そのせいで全然モテへんかったよ?」


 自分より身長のある女は、男性には好かれないみたいだ。


 ハッカむしヨケさんを初めてみたときの感想だって、「ちっさ!」だったし。

 ウチがでかいだけなんよね。


「撮影終わったらさ、飲みに行こうよ」

 

「ええな! 時間大丈夫なん?」


「遅くならなかったら、大丈夫」


「よっしゃ、どこがいい?」


 今から、予約しておく。


「食べ飲み放題がいい。腹に目一杯詰め込みたいっ。明日オフだから、ニンニクもOKだよ」


「わかった。近くに、焼き肉バイキングがあるわ。行こうか」

 

 スマホで予約を完了したと同時に、撮影が始まった。


 カイナは慣れたもので、撮影でも堂々としている。


 ウチはオドオド気味で、ポーズもぎこちない。


 いくら顔出しがないといっても、全身を見られている。

 ちょっと恥ずい。


「お疲れさまでした」


 カメラマンさんから、OKが出た。


 ウチは即座に着替えて、頭を焼き肉に切り替える。

 

「この水着、くれるって」


 カイナが、着用していたビキニをカバンに詰め込んだ。


「ええのん? もらい!」


 ウチも、水着をしまい込む。


 でも、いつ着たらいいんだ?

 スライムASMR配信でもするときに、風呂場で着てみるか。


「焼き肉行くよ!」


「行こか! むつみちゃんは?」


「あ、まだ仕事がありまして」


 二人だけで行ってこいと、むつみちゃんは言う。

 

「そうなん? 時間がかからへんのやったら、待っとこうか?」


「ご心配なく。移動しないといけないので」


 むつみちゃんは、別の場所で夕飯を済ませるそうだ。


「ほな。行ってきます」


「お気をつけて」


 カイナと一緒に、焼き肉へ繰り出す。


 しかし、むつみちゃんが気になる。

 

「どうした?」


「いやな。むつみちゃん、大変やなって」


 考えごとをしていたら、ハラミを焦がしてしまった。

 責任を持って、ウチが食べる。


「心配ないって。社長はアンタより、体調管理とかもバッチリだから」


 そう言って、カイナは虚空を見上げた。


「どないしたんよ?」


「いや、社長なんだけどさ。アンタのいうとおり、最近ちょっとしんどそうなんだよね」


 カイナと別案件で仕事をしたとき、むつみちゃんは早退したらしい。

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