第六章 メンヘラ、レコーディングをする

第27話 登録者数 二〇万人到達

 ワン先輩との初トークから、数ヶ月が経った。


 ウチの投資額は、二〇〇〇万を突破している。


「おめでとうございます。リアンさん」


 久々に、むつみちゃんとサシで夕飯を食べていた。


「おおきに、むつみちゃん。えっらいやつれてない?」


 長いこと顔を見ていなかったが、むつみちゃんの頬がコケているのが気になる。


「そうですね。身体は軽いんですけどね。精神的に、疲弊が」


 タレントのストーカーに対処するのは、直接対決をしていなくてもしんどいみたい。

 ストーカーも、ようやくことの重大さに気がついたようだし。

 

 便乗していたアンチコメントグループも、一斉摘発された。

 ほぼ全員が、学生だったらしい。

 賠償金の支払い能力はないが、時間をかけて払ってもらうという。

 それだけ、彼らの責任が重いからだ。今後タレントを守っていくうえで、犯人を甘やかさない。


「人によっては、アンチも客って割り切ってるみたいやけど」


「いえ。アンチは、ただの荒らしですね。悪質な輩は、排除すべきです。タレントのメンタルを脅かす存在は、なるべく取り除いてあげなければ」


 むつみちゃんらしいが、やはり未成年を締め上げるのはしんどいようだ。


「ほいでな。むつみちゃんがしんどいやろうって思ってな。今日はウチが作ってんよ」


 今日の夕食は、ウチが用意している。

 オール電化の使い勝手はよくわからなかったが、失敗しなくてよかった。


「おいしいですね、このビーフシチュー。リアンさん、本当に料理がうまくなりましたね?」


 レシピサイトや料理指導アプリを駆使して、できるだけ上手になっていったのである。

 ギョーザをベチャベチャにしていたウチは、もういない。


「せやねん。節約していると、自炊がだんだんと体に染み付いてきたんよ」


 これまで、いかに自分が外食ばかりだったかと思い知っている。

 家計簿アプリの存在が、大きい。

「こんなにも、交際費や外食代で使っていたのか」と、毎回ビビり倒す。

 なるべく外食は一万までに抑え、ラテマネーにも手を出さない。


 一〇〇〇万という壁を超えたからか、節約は苦にならなくなった。

 とはいえ、生活がこじんまりしてきている。


「とはいえ、あまりやりすぎると生きがいをなくすので、ほどほどにしてください」


「せやね。最近、なんか虚無ってきて。人と会う頻度も減ったから、持て余してる」


 貯金をするときは、できるだけ一人で過ごすのがいい。

 そのせいか、読書などで時間を潰す日が増えた。

 ゲームをしても、対戦相手や協力する相手がいないと、身に入らないのだ。

 スタジオ兼自宅が広いだけに、一人だと、なにをしていいのやら。


「では、耐久配信をしましょう。人とお話をしましょう」


「いいねえ。新しいスタジオで、ガンガンしゃべろう」

 

 現在のウチの登録者数は、一九万人だ。

 ひとまず、二〇万人耐久をすることに。

 

「それにしても、シノさん……壬生みぶ ペーターゼンさんが、一〇〇万いってへんのが驚きやわ」


「そうですね。それでもあれだけ稼ぐってことは、太客……根強いファンが多いってことでしょう。ASMRがいかに強いかがうかがえますね」


 武器があると、太い客がつくわけか。しらんけど。


「あの特典、どえらいサプライズやってんけど」


 ウチは、ハッカむしヨケさんからの楽曲提供の話を切り出す。


 ハッカさんは、あぶLOVEに迷惑をかけたことで、曲を無償で提供してくれた。

 しかも、描き下ろしである。ウチだけのために、新譜を一から作ったのだ。

 恐れ多いったら、ありゃしない。

 話を聞かされて、ウチは数分放心していた。


「あれくらいやっていただかないと、ストーカー裁判やらなにやらの元が取れません」


 三杯目のビーフシチューを、むつみちゃんがおかわりしてくる。ライスも二杯目だ。 


 その食べっぷりを見て、ウチは切り出す。


「ところで、ウチは【あぶLOVE】に受け入れられてんのかな?」


「と、いいますと?」


「だって、あぶLOVEって本来、大食いVの集まりやん。むつみちゃんかって、食べようと思ったら食べるわけやん?」


 むつみちゃんは小柄ながら、大食いだ。普段は抑えているが、食べるときはめちゃくちゃ食べる。食べ放題とかに連れて行くと、えげつないくらい食べるのだ。


 今日ウチが作った料理も、大ボリュームである。

 感謝の気持ちもあるが、むつみちゃんの食事量に合わせていた。


「ウチはそんなに食べへんし、他のタレントさんもええ顔せんのとちゃうかと」


「とんでもありません。リアンさんは、それ以上に飲むじゃないですか」


「あー、酒?」


「はい。ウチの子たちの中で、あなたの飲酒量に勝てるVはいません。おそらく、酒カス系を自称するヨソのVさんより飲みますよね?」


「かもしれん。その人、二日酔いもするもんね」


「その点、あなたは丼鉢に注がれた日本酒を二杯も飲んで、ケロッとした顔で帰ってきたじゃないですか。寝苦しいカプセルホテルに泊まって」

 

「せやな」


 そのときは気分がよかったのもあるが、日頃から大量を管理していたからだろう。

 あれでも、自分の酒量をわきまえていたつもりだ。


「ほんなら、二〇万人耐久・酒飲み配信をスタートさせるわ」


「いいですね! やりましょう。セッティングします」


 食事を終えて、むつみちゃんが裏方をしてくれた。


おもむろ アンですよー。今日はね、チャンネル登録者数二〇万人耐久として、飲酒雑談していきますよー』


 ウチは、配信をスタートさせる。新衣装も、惜しげもなく披露した。

 

『もうすぐ夏! ってわけでね、スパークリング日本酒なんてどうよ? ああ、よー冷えて。これにアイスをドボンって乗せて、メロン味のリキュールで割って……』


 メロンソーダ風日本酒なんて、ちょうどいいデザートだ。

 このジャンクっぽい味って、お酒が出ない純喫茶では飲めない。家飲みのすばらしさは、オレ流なアレンジが効くことだ。

 

『みんなは、夕飯食べた? ウチは社長とね、手作りビーフシチューをライスといっしょに食べて。ちょっと食べすぎて、お腹ヤバイけど。新衣装はお腹が目立つけど、腹筋を引っ込めてごまかしてます』


「水着差分ある?」と、コメントで話題が出される。

 コメント欄も、水着ネタで盛り上がった。


『なるほどなぁ。いうて、そんなに見たいか? ウチの水着とか。他のタレントさんの方がスタイルええから、そっちを期待したらええんとちゃうかな?』


 あぶLOVEのタレントアバターは、どれもグラビアアイドル並みにプロポーションがいい。R18なイラストも、ウチが一番少なかった。というか、あるのか? 探したことさえないが。

 

 ロリキャラの大食いVもいるが、一人くらいである。

 その子はウチより小さくて、細い。


 やはりウチのような中途半端なスタイルのアバターが、一番ウケが悪そう。


「細身はそれで需要がある」と、コメントで返される。


『どうやろ? あぶLOVEの箱ガチ恋勢には、需要ないって。細い子が見たかったら、あぶLOVEには来んでしょ……え、作ってんの!?』


 むつみちゃんが、カンペをよこしてきた。


『みなさん、聞いてや。水着差分、一応作ってあるらしい。3Dはさすがにないけど、イラストで発表するって。せやけど肌色分は、あんまり期待せんとって、って。まあ、ええんとちゃうかなと』


 翌日、しらすママが水着のイラストを発表する。


 フリルで胸のなさをカバーしているものの、背中はパックリと割れていた。

 リスナーは、大盛り上がり。

 

 直後、「徐 行の水着差分ができる」というのがニュースになった。それがバズって、二〇万どころか三〇万を突破してしまっている。

 

 なんでやねん、と。


 しかしこのバズは、「ハッカむしヨケに楽曲提供してもらうV」という話題性があってのことだろう。

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