第29話 下落局面

「おおおおお……」


 テーブルに置いたノートPCの画面を見て、ウチはうなだれていた。


「アンさん、どうなさいました? 顔出しNG水着グラビア、好評じゃないですか」


「ちゃうねん、株価を見てよ、これ」


 ありとあらゆる商品お株価が、軒並み下がってきた。

 全世界レベルで、景気が冷え込んでいるせいだ。


 基本、「インデックスファンドに気絶投資がいい」と、されている。

 あとは、ほったらかせと。とにかく積み立て投資設定したら、放置ゲーの一択である。


 とはいえ、気になるっちゃ気になる。


 ついつい、株の値動きを見てしまう。見ても仕方ないのに。


 行儀悪く、ウチは食卓でノートPCを広げていた。

 

「気になりますか?」


 隣でトンテキを食べているむつみちゃんが、ウチの様子を覗き込む。

 

「やっぱしなあ」


 別に金額が落ち込むことに、抵抗はない。

 株の値動きなんて、いつかは下落相場が来るのだ。


 下落時に、投資の種銭があるかどうか。

 値段が下がっているときに、できれば仕込みたい。


「なまじ株をやってるとさあ、『今がチャンスなんとちゃうか?』って思ってしまうんよ」


 ウチが気にしているのは、投資タイミングである。


 積立投資枠は、そのまま積立設定を継続しているので、影響はない。

 淡々と、設定通り動いてくれる。


 問題は、手動設定でも投資できる状態のときだ。


「どないしょうか」と、考えてしまう。


 ヘタにぶち込んで、また値下がりしたらと思うと、手が動かない。


「非課税制度が、今は本格的に始まってるやん。そのタイミングで下落ってなあ」


「狼狽売りという、現象ですね」


 株価が下落すると、気が弱い人は「今、株を持っていると損なのでは?」と、現金に変える。

 その心理を「狼狽売り」という。

 投資の上で、もっとも避けたい状態だ。


 FIREを目指す人は、一時期相場が荒れて、自身の計画も揺らいだ。「もうアカン」「FIREやめます」といった発言が、SNSに溢れていた。

 

 今もその状態である。


 戦争や、それによる物資不足、円安など、下がる要因は、数しれない。


「いいことを教えましょう。とある投資指導チャンネルに、こういう質問が来たんです」


 日本政府が、『株式投資非課税制度』を導入した際のことだ。

『こんな制度が導入されたら、日本国民が一斉に投資するだろう。そのとき、商品の金額が爆発的に上がってしまうのではないか?』と。

 買いたくても買えなくなるのではないか、と、質問者は考えたらしい。


「そのチャンネルが調べたところ、『たとえ全日本国民の保有貯金額を投資したとしても、全世界レベルで言えば、ほんの数%しか影響しない』そうです」


 高額を投資したところで、個人が経済に影響を及ぼすなんて、ありえないと。


「個別株であれば、値動きなどは気にしたほうがいいでしょう。ですが、アンさんは個別株なんて投資してしないですよね?」


「お金は使ってないね」


 実は、ウチは個別株を持っている。


 ただし、それはキャンペーンの景品でしかない。


 海外商品に強い証券アプリの口座を開設をして、一定額を振り込んだだけである。

 特典として、全員に海外の会社の株をもらえるのだ。

 

「といっても、くじ引きやったから、狙った商品はゲットできんかったけど」


「ああ、私が紹介したサイトですね?」


「そうそう。あれから、まったく手はつけてないよ」


「正解です。なかったものとして、ホールドしておくのが正解でしょう」


「せやけど、狼狽売りは避けたいね」


「はい。どうしてそうなるかというと、投資しすぎなんですよね」


「投資にも、やりすぎがあるん?」


「はい。リスクのとりすぎといえばいいでしょうね。以前、生活防衛資金という話はしましたよね?」


 ウチは、うなずく。


 生活費の三ヶ月か半年、現金として保有しておくことだ。

 事故や入院などで働けなくなっても、そこから引き出せばいい。


「たいていのFIRE志望者は、株の配当だけで生活しようとします。ですがこういった暴落が来ると、その希望が崩れてしまうんです。結局働かないといけない、って」


 資金調達先を持っていないため、現金を少しでも持っておきたくて、狼狽売りをしてしまうのだろう。


「ですから、現実的なのはサイドFIREなんですよ」

 働いて日々の生活費を確保しつつ、老後に備えたりとか。金融資産の取り崩しは、サブスク代か水道光熱費に留めるとかだ。


「投資財産だけで生活するFIREを、否定はしません。ただ見直すべきなのは、ムリをしない働き方の方なのではないかと」


 自分のやりたいことをやる時間を確保できないなら、労働時間に問題がある。

 パワハラが辛いなら、そんな会社は論外だ。稼ぎがよくても、病んでしまう。

 

 要は「なぜやめたいのか」「仕事の問題点がどこにあるのか」を確かめてから、FIREは考えたほうがいい。

 

「アンさんは、Vをする前はどういった仕事をなさっていたので?」


「化粧品会社やなぁ。Vを始めようと思って、やめたけど」


 社会保険、福利厚生は魅力的だったが、活動の時間が取れなかった。

 なので、時間の自由がきくバイトに移行したのである。


「仕事自体は、楽しかってんよ。接客も苦じゃないし。せやけど人気すぎて、自分の時間が取られへんかったなぁ」


 お客さんのリクエストに答えてばかりで、自由はなかった。

 帰ってからも、予約してくれたお客さまの対応に追われていたっけ。


「アルバイトは、どのようなことを?」


「ドラッグストア」


「どおりで、肌がおきれいだと思っていました」


「一応、ケアは欠かしてないよ」


 コンビニの場合、なんでもしないといけない。力仕事も、ムリだ。

 そのため、化粧品を置いているドラッグストアだけに仕事先を絞った。


「化粧品の知識はあるから、食いっぱぐれたらまたそっち方面か、ドラッグストアでバイトかなーって考えてる」


「一応、ウチが潰れたときの先も考えてらっしゃるんですね?」


「ちょっと待って待って。なんでそんな話になるん?」


 不穏な話になってきたので、ウチはむつみちゃんに詰め寄った。

 

「別に、深い意味はないんですが」


「なんかウチの会社って、買収とかされそうなん?」

 

「違います。暴落時ですからね。ウチもどうなるかわからないってだけで」


 たしかに、世界的に見てもあまりいい状態ではない。


「とはいえ、経済は常に右肩上がりです。オルカンのインドへの比率も、上がっているそうですし。そういうのを自動的に調節してくれるオルカンは、やはり鉄板なんですよ」


 自分でいちいちリバランスしなくても、機械が勝手にコントロールをしてくれる。


 投資一本で食べようと思ったら、こういう機能は不安かもしれない。学びも得られないだろう。


 しかし、ウチらには他にやることがある。やりたいことも。

 そんなときに株ばかりに目が行っていたら、それこそ機会損失なのだ。 

 

 経済状況に対して、ウチにできることはない。

 黙々と、投資額を積み立てるのみ。


「それはそうと、超美麗3Dによる水着グラビア、好評ですよ」

 

 しらすママには、「おもむろ アンは、ウチと同じプロポーションで」とリクエストした。

 ちなみにグラビア内の映像は、しらすママが描いたのと同じポーズを取っている。


 ネットでは、「アンちゃんが画面から飛び出してきたみたいだ」と、絶賛されていた。


 アダルト系でも、アバターは貧乳なのに中の人が爆乳だったりする。

 それで、中身の方に人気が出てしまうケースだってあるのだ。


 ウチはイメージを大切にするので、超美麗3Dの仕事がある事務所だと見越して、そういうデザインにしてもらっている。


「ウケてよかったぁ。アバターだけでしか愛してくれへん人もおるさかい、不安やってんよ」


「そういう人は、我が社を応援しませんよ」

 

 次の配信では、そのしらすママと絡む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る