第24話 人気V、ストーカー被害
デビューして少しして以来、ワン先輩はずっとストーカー被害を受けていたらしい。
ほぼ毎日のように、いやがらせのDMが送られてくるという。
本人的には、交際相手にメールを送っているだけと思っているだけのようだ。
なので、罪悪感はゼロだったらしい。
「誰なんです、その加害者って?」
「ファンクラブの会長だった人よ」
ウチは、言葉を失う。
動悸が止まらない。
もっとも信頼していたファンが、ストーカーだったとは。
とはいえ、もっとも粘着しやすい相手なのはわかる。
それだけに、聞いていて辛い。
「どうして、ストーカーなんかに?」
「最初はその人、『スパナ』だったの」
「ああ、モデレーターやったんですね?」
モデレーターとは、コメント管理の役割を持つ人である。
アンチや荒らしの削除、配信開始の通知などを行うのだ。
スタッフと同じような役割だが、こちらは無償である。
「最初は、アンチコメントを積極的に削除してくれる人だなーと思っていたの。仕事が早くて、頼もしかったわ」
接し方も紳士的で、口調もおとなしかった。
「でもその人は、自分のコメントを読んでもらうために、他のコメントを監視していただけだったわ」
手口が巧妙で、気づくまで結構な時間がかかってしまったという。
「それ、カバード・アグレッションっていうやつですよね?」
友だちや協力者のふりをして、相手をコントロールするタイプの人間を、心理学用語でそう呼ぶ。
「アンちゃん、あなた、やけに専門的なことに、詳しいのね?」
「本好きが、友だちにいまして。むつみちゃんっていうんですけど」
「さすがね。むつみ社長が、あなたを手放さないわけだわ」
気がつけば相手は増長しており、不快なコメントも目立つように。
で、ブロックしたら反転したと。
「今回の騒動も、意図的に起こしたの。ワタシとカレシとは、真剣交際だとわかってもらうように」
印象を悪く報じてもらったのは、ファンに思い残すことのないようにとのこと。
「でも結果的に、ファンを裏切ってしまった」
「円満に、交際していますでは、アカンかったんですか?」
「『結婚しました』だったら、それでもよかったんだけど……」
Vとしての活動を優先していたため、ワン先輩は結婚を渋っていた。
「でもそのせいで、かえって事態が悪化してしまったわ。だから」
「炎上で、V活動を一旦やめることになったと」
会社に迷惑をかけてやめることで、Vとの距離を置こうと思ったという。
「ストーカー事件を大々的に報じてもらうために、こっちが提案したの」
結婚報告だと、相手が逆上しかねない。
そこで、炎上の際にストーカー被害も同時に報告してもらうことにした。「事情があったからこうなったとすれば、味方が増えるのでは」と思ったという。
「はい。思い当たるフシはあります。ワン先輩って意図的に、他の子とのコラボ避けてましたよね?」
「そうなの。孤立していると見せかけるため」
他のVにまで飛び火しないように、個人的な事情を貫いたのだ。
ずっと一人……いや二人か。少数で、ずっと戦っていらしたのか。
「せやけどむつみちゃんは、えらいことになってますやん? むつみちゃんを巻き込んだのは?」
「むつみ社長から直接、お願いされたわ。『こちらが事後処理で忙しくしていれば、ストーカーに会わないでいい口実ができる』って」
「はっはー!」
ウチは手を叩いて笑ってしまった。
いかにも、むつみちゃんらしい考え方である。
「ほんで、弁護士にドーンっと」
「ストーカーに関しては、その方がいいらしいの。絶対に、自分たちだけで会ったり、処理しようとしちゃダメだと、専門家からも言われたわ」
ストーカー対策の一環として、「弁護士を通してしか、話はできない」と、相手に思わせなければならない。
「すげえな! そこまで考えてたんや!」
「会う義理はないからと、ストーカーについては突っぱねていました」
「エゲツない! むつみちゃん強いわ。さっすがや! それでこそむつみちゃんやな!」
今頃になって、ビールの酔いが回ってきたみたいだ。
愉快で仕方がない。
「それで、ストーカーでどないなったんです?」
「今はそっちが報道の中心になっていて、相手方の個人情報とかが流出しているわ。相手の悪質なスパナ行為に不満を持っていた人が、動いていたみたい」
またVで活躍している人の中には、弁護士や現役刑務官などもいる。
そちらは、ワン先輩を養護してくれているようだ。
「それで、交際の方は大丈夫なんですか?」
「今のところは」
ロクに会えてはいないようだが、メッセや動画通話は送り合っているという。
「自分のことより、こちらを心配してくれているみたい」
「よかったです」
こちらは、おいとますることにした。
別にウチは、ワン先輩を咎めるためにここへ来たわけじゃない。
謝罪を要求するつもりもなかった。
ただ、様子を見に来ただけである。
「でも、ワン・タンメンちゃんとコラボできへんかったことが、唯一の心残りですわ」
「もしワタシが転生したら、お願いできる?」
「せや! その手がありましたね?」
転生の手続きは、ワン先輩の
ほとぼりが冷めたら、すぐに転生しようという話で決まっているそうだ。
当然だが、【あぶLOVE】への違約金は、先輩のママには関係ない。
すべて、ワン先輩とカレシが支払う。
「個人勢で転生するから、お安くしておくわね」
「いやいや。先輩はほぼトップクラスやないですか。転生しても、また稼ぎはるかと」
「大きく出たわね。今日はありがとう」
「うちの方こそ。なんやったら、お酒飲みます?」
ワン先輩といえば、「ラーメンとギョーザを、ビールと一緒に流し込む、登録者一〇〇万人耐久」配信である。
登録者が一人増える度、ギョーザを一個食べるのだ。目標人数まで、まだ千人ほど足りなかったのに。
おつまみにラーメンまですするという、狂気の配信だった。
すぐ登録者数に達成したのだが、「お腹が空いたので」と、その後も食べ続けたのである。
あのとき食べた量の記録を、他の大食いVたちは破れていない。
ワン先輩は、Vの人気はナンバースリーだ。しかし大食い選手としては、他の追随を許さない。
「ごめん。今は断酒してる。の……ううう!」
突然、ワン先輩が流しへ。
激しく嘔吐する先輩の背中を、ウチはさする。
これって、まさか……。
ウチは先輩の両親と、救急車に乗った。病院まで、付き添う。
医者からまっさきに言われたのが、「おめでとうございます」だった。
二ヶ月だという。
「よかったですね。先輩」
「うん」
ワン先輩が、ベッドで涙を流す。
「妊娠した人って、ホンマに流しで吐くんですね? 初めて見ました」
「ワタシもよ。自分がドラマみたいな経験をするなんて」
二人で、安堵しながら笑いあった。
「でも、カレシと連絡がつかないよ」
病院に行ったとは、報告をしてある。
だが、メッセが返ってこない。
なにかあったのだろうか?
結局ウチは、先輩と病院に泊まることにした。
一人にしておけない。
先輩のベッドの脇で、うたたねをしているときだった。
こちらに向かって廊下をダダダ! って走ってくる音が。
ウチはびっくりして、飛び起きた。
病室のドアが、乱暴に開けられる。
「ミヤちゃん!」
三〇代くらいの男性が、いきなり病室に入ってきた。
看護師さんに止められながらも、男性はムリヤリ入ってくる。
「よかった。無事だったんだね?」
「……あんた誰や!?」
まさか、こいつが?
「アカンで。今は安静にしとかんと!」
「ああ、すいません」
ウチが凄むと、相手はおとなしくなる。
「アンちゃん、その人が、ワタシの」
どうやら、この人がワン先輩のお相手らしい。
知らんかったし!
だってこの人、顔出しNGやねんもん!
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