第23話 Vタレントの実家

 ウチは、ワン・タンメンの地元まで向かった。


 新幹線なんて、何年ぶりだろう?

 地元から、東京に出てきたとき以来の気がする。


景色が、田んぼばっかりになってきた。

 だんだんと、山が深くなっていく。


 たしか、ウチの地元よりもっと南西の方だと聞いた。

 そろそろ、着く頃である。


 新幹線を下車して、さらに電車を乗り継いで、商店街のある街に到着した。


 グルメロケの取材って、こんなカンジなのかなー?

 とにかく、ワン先輩の家を探す。

 今はお昼時だ。お腹にもなにか入れたい。

 ついでなら、酒も。


「元・大スターと会うのに酒かよ」と、と思うかもしれない。

 だが、先輩に会うのだ。逆に、飲まないとやっていられない。酔っているくらいが、ちょうどいいと考えている。

 初配信でアルコールを入れた、Vもいるくらいだし。



 新幹線でも一応、酒は飲めた。

 だが、ウチは飲んでいない。

 それも、ワン先輩の店で飲むため。

 とにかく先輩の店は、絶対おいしいはず。

 このノドは、町中華の酒を欲している。


 看板からしておいしそうな店を、発見した。

 こじんまりとした佇まい、使い古された食品サンプル。

 剥がれかけている屋根からは、昭和臭がそこはかとなく漂う。

 絶対、おいしいに決まっている。

 ひとまず、客として店に入った。

 太った大将と、雰囲気のいいおばちゃんが店を切り盛りしている。

 そこに、ワン先輩らしき人の姿はない。

 出前にでも、出ているのだろうか?


 カウンターに、座らせてもらう。

 まだお昼前。人はまばらである。

 今のうちに、食べておこう。


 壁に多量のメニュー表が貼り付けられている。

 どれもそそられるが、ここはオーソドックスに。


「いらっしゃいませ。なににしましょう?」


 オバちゃんから声をかけられて、ウチはラーメンとギョーザを頼む。


「ありがとうございます」


 数分後、注文の品が来た。


「いただきます」


 ギョーザをいただく。


 パリッとした皮と、じゅわっとしたアンがビールを求め始めた。


 これは、ビールでお迎えをしなければ!


「すいません、瓶ビールを」


 メニューには、ハイボールもあった。紹興酒もある。

 だが、ここは瓶ビールだ。

 とことん昭和を、堪能する。

 よく冷えたビール瓶が、カウンターに置かれる。


「っくううううう!」

 

 長旅の疲労と、ギョーザの熱気を、ビールで解消した。

 

 ラーメンも、いかにもな中華そばである。期待を裏切らない。


 行列のできるラーメン屋では、こんなに楽しめないだろう。

 ビールでまったりするには、町中華に限る。

 

 

 さて、ガソリンも込めた。


 会うとするか、ワン先輩に。


「すいません。ウ……私は、こういうものです」


 ウチはオバちゃんに、名刺を差し出す。


「はい……はいはいはい! うかがってますよ! お父さん! お客さん!」


 カウンターの向こうにいる大将も、察したようだ。


「奥にどうぞ」


 ウチは、店の奥へと通される。


 到着したのは、会計室のようだ。

 ノートPCに、なにかをひたすら打ち込んでいる女性がいた。

 ウチが見てきた中でも、最高の美人さんである。

 すっぴんの顔で、頭にタオルを巻いていた。

 打ち込んでいるのは、店の会計表みたい。


 この女性が、ワン先輩なのか?


「どなた?」


 ようやく、うちに気づいたようだ。

 美人さんが、ノートPCから顔を上げる。


「あの、はじめまして。愛宕あたご リアンです。おもむろ アンっていうた方が、ええですかね?」


「その説は、申し訳ありません!」


 ウチが名乗ると、ワン先輩は席を立って頭を下げる。

 

「あの、座ってください」


 ウチが促して、ようやくワン先輩は着席した。



 オバちゃんが、お茶を持ってきてくれる。

 そこでウチもやっと、言葉を発した。

 

「裏方を、してはるんですね?」

 

「そうなの。経済学部を出ているから、一応簿記とかできるし」


「町中華っていうから、てっきり看板娘なんかなー? って思ってました」


「声でバレちゃうから」


 お店側の、配慮だったらしい。

 出前や注文取りなど、顔を出す作業は一切させないという。


「ウチの料理どう?」


「めっちゃおいしいです。ラーメンのスープ飲み干したの、久しぶりとちゃいますかね?」


「ありがとう。昔はさぁ、『こんな古臭い店!』って、逃げ出したんだけどね」


「当時はねえ。そうですよねぇ」


 ワン先輩の青春時代は、おしゃれな店がTVで紹介されまくっていた頃だ。

 変換期というか、昭和っぽさが淘汰されていった世代である。

 今でこそ見直され、客足も伸びているが。


「学生の頃から、手伝わなかったのよね。都会に出たくて、バイトはしていたわよ。けど、ここではやらなかったわ」


 今は素直に、ワン先輩はお店を手伝っている。両親がどんな大変だったか、思い知っているところだという。

 

「以前は、『私は同時視聴者数三〇万人いった女だぜ!』って調子に乗っていたんだけど」


 Vの活動から離れても、未だに好意的なコメントを残してくれるファンが多い。

 そのコメントに、ワン先輩は毎日励まされているという。


「今でも、遅くまでゲームやってますん?」


 ワン先輩の配信時間は、基本的に夜中だった。


「やらなくなったなぁ。仕事に響くんだよね」


 健全な生活を送ると、人は睡眠時間も変わるようである。


 日々の生活を円グラフで見せてくれた。


「こっちが今の生活ね」


 八時間の労働を行い、ちゃんと七時間の睡眠時間を確保している。

 余暇も取っているが、ゲームの時間はない。


「で、これがVの頃の生活よ」


「うわ。終わってますね」

 

 ガチで、ゲームしかやってなかった。

 風呂にも、入っていないとか。


「先輩と言ったら、ソシャゲ実況ですやん。今でも、やってはりますの?」


 配信のとき一日で七万使ったときは、見ているウチのほうが震え上がった。

 見たときから、投資をしていたので。

「Vでトップを取るには、ここまで身体を張らないといけないのか?」と、むつみちゃんに相談したくらいだ。


「今は、そんな気にはなれないわ」


「マジですか? アイドルのガチャゲーで、『コイツは俺のヨメ!』とか『〇〇ちゃんは、俺の横で寝てるよ!』とか、言うてましたやん!」

 

「みんなからもらったお金を、溶かすような気がして」


 湯水のようにお金をガチャに注ぎ込んでいた女性が、この変わり様である。


「お相手とは? まだ連絡を取り合ってますのん?」


「今、慰謝料とか損害賠償などで、相談をしているところ」


 まだお付き合いは、続けているとのこと。 

 お互い真剣に、交際しているらしい。


「でも、転生しはるんですよね?」


 転生とは、過去のアバターを破棄して、新しいアバターで再デビューすることである。

 

「一応、準備中だけどね」


 なので、お金を使わないようにしているのだとか。


「がんばってください」


「え、図々しいとは思わないの? 会社に迷惑をかけたのに、またアイドル面するつもりかよって」


「いえ。慰謝料とか考えたら、転生して稼ぎはったほうがええんかなーと」


「……そう、だね」


 町中華のバイト代だけで、会社の損失を補填できるはずがない。

 この店を売ってさえも、払いきれないだろう。

 ならば、転生して支払ったほうがいい。


「ドライね。あなた、むつみ社長の言ってた通りの子だわ」


「むつみちゃん、ウチのことも話したんですね?」


「ええ。すごくいい子だって聞いたわ。こちらが思っていた以上の子ね」


「ウチ自体は、怒っていませんので」


 転生しても、ウチは応援している。

 熱愛の相手と結婚したければ、好きにすればいい。


「でも、むつみちゃんの義理を欠いたんは、許せません」


「ええ。申し訳なく思っているわ」


 交際相手である音楽プロデューサーと、折半で慰謝料を払っているという。


「お金で解決する問題とは、思っていないけど」

 

「ひとまずは、誠意を見せたほうがええんかなって思います」


「はい。申し訳ありません。むつみさんと仕組んだこととはいえ、会社にご迷惑を」


「え……今、なんていいました?」


「あの騒動は、あたしが、むつみさんに頼んだの」


 涙を浮かべながら、ワン先輩はうつむいた。


「なにがあったんですか?」

 

「あたしは数年前から、ストーカー被害に悩まされていたの」

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