第五章 メンヘラ、炎上した先輩に会いに行く

第22話 大先輩が、熱愛炎上!?

 投資目標金額・五〇〇万に到達し、スタジオをもらった。

 この間のシノさんとのお泊りは、貸しスタジオの相談をしてもらうためである。

 

 他にも、しらすママに新衣装の要望を出してあった。

 

 一千万を達成し、新衣装のお披露目となる。


 スタッフ受けもよかったので、さぞリスナーも盛り上がると思っていた。

 

 しかし、報道があった時間帯に、ウチの同時接続者数がみるみる減っていったのである。それこそ千単位で。


 ある報道によって、ウチの新衣装お披露目企画は、話題にすら登らず……。



 

『あぶLOVEナンバー三【ワン・タンメン】、電撃引退。事務所と契約解除』の報道が、ニュースサイトのトップページを飾っている。



 

 ウチはこの話題を、ヨフーニュースで知った。


『あぶLOVE創設以来、初期メンバーとして事務所を引っ張ってきたリーダー的存在と、ゲーム実況者兼音楽プロデューサーとの熱愛が発覚した』


 週刊誌のサイトによると、焼肉屋から二人が腕を組んで歩いているところを目撃されたと書いてある。

 どうもこのプロデューサーを追いかけていた取材班によって、相手がVのタレントだとわかったらしい。


『この報道を受けて、ワン・タンメンさんは活動を休止。あぶLOVE運営事務所も、彼女との契約を解除した』

 

 Vでさえ、そういう報道番組で取り上げられる時代かー。




 予約していた美容院に入る。


 ウチの髪を担当してくれる男性美容師が、腰をくねくねさせながらウチを席へ誘導した。

 

 新衣装に向けて、ウチも髪型を変えようと思っていたのだ。

 しかし、虚無感に襲われている。


愛宕あたごさんは、VTuberって知ってる?」


 腰をくねくねさせながら、美容師さんが聞いてきた。


「いや、名前だけしか」


 彼は、ウチがVだとは知らない。


「この間に里帰りしたら、弟がやけ酒してて。どうしたの? って聞いたら、推しが熱愛でクビになったって」


 その名前が、ワン・タンメンだった。


「あたしネットとか全然うといから、わかんなかったんだけど。人気なんだってね?」


「まあ、らしい、です、ね」


 歯切れ悪く、ウチは答える。


「音楽プロデューサーの名前も、ネットでしか知らなかったんだけど。弟の見ている、アニメの主題歌を作った人だったわ。ああ、この人なら知ってるわ! って、やっと話題に入ってこれたのよ」


「そ、そうですか」

 

「VTuberって、モテるのかしら? 元の顔はかわいいのかしらね?」


 焼肉パーティのときは、顔を出していなかった。


 同じ時間に、ワン・タンメンはその音楽家と飲みに行っていたのである。そこを報じられてしまった。

 ウチらとゴハンを食べていたら、ああはならなかった?


「あの二人、いつから付き合っていたのかしら?」


「知らなかった、ですね」


「そりゃあそうよね? 関係者じゃないもんね!」


 美容師さんから突っ込まれて、ウチは「しまった」と思った。

「わからないですね」が正解だろう。「知らなかった」では、彼女と親しかったと言っているようなものではないか。


「どうしたの、愛宕さん? いつもは、うるさいくらいしゃべるのに。いかにも大阪のオバちゃん! ってカンジで」


 オバちゃんて……。


「季節の変わり目でしょ? ノドの調子が悪いねんよ」


「そう? 透き通った声で、あたし好きよ。あなたの声」


「ありがとうございます」


「あなたがVだって言ったら、信じるわよ。あたし」


「ホンマ? そんなくらい?」


「ええ。デビューしたら、教えてちょうだいね」


 仕上げに髪を洗ってもらって、ウチは美容院を出た。


 いつもなら、外へ飲みに行く流れである。

 

 ちょっと今日は、やめておこう。

 気分が荒れている。なにをしでかすか、わからない。


 リカーハウスで強い酒を買って、宅飲みに決めた。


 ネガティブなニュースで、ネット内が賑わっている。


「エゴサはほどほどに」って言われていたが、止まらない。


 なにかの間違いであってくれ、と、何度も願った。

 しかし、報道は事実のようである。

 

[一〇億を稼ぎ出すほどの人気アイドルだったのに、ニュース一つでクビって……]


 掲示板やSNSのコメントも、賛否分かれていた。


「推しはアイドルなんだから、熱愛は自粛すべき」

「アイドルは、トイレにも行ってはいけない」

「恋愛は自由じゃん。なにが悪いのかが、わからない」

「この二人は報道に負けず、良好な関係を気づいて欲しい」


 ネットを探りながら、ウチはきつい酒をストレートで煽る。


「ああああ!」


 満たされない!


 そもそもワン・タンメンさんとは、会ったこともなかった。

 いつも忙しく、コラボどころか企画でさえ会うことが難しい。

 当時は同期とよく絡んでいたそうだが、後輩思いの優しい方だったという。


 会いたかったなあ。


「よっす。元気?」


「カイナ!」


 顔出し通話できるメッセアプリで、カイナが話しかけてきた。


「元気そうじゃないね」


「うーん。ちょっと沈んでるかな?」


「やろうな。あんた、新衣装のお披露目やったのに、見事に潰されたもんな」


 関西弁で、カイナが話しかけてくる。


「それ言わんとってぇ」


 酒瓶を抱きしめながら、ウチはスマホの前でうなだれた。


「はああ。カイナは、会ったことあるんよね?」


「そうだね。いい人だったよ。裏で熱愛している人には、見えなかったけど」


 カイナが、難しい顔をする。


「どないしたん?」


「いやさ、オトコの気配はしてたんだよ。既婚者のカン……だったんだけどさ。的中してほしくは、なかったんだよなあ」


 そういえば、カイナはワン・タンメンさんの話をしようとすると、すぐにはぐらかしていたのだ。


「事情は知らんかったんよね?」


「うん。発覚したのも、メールの誤爆だしね」


 そう。音楽プロデューサーはあろうことか、ゲーム実況中に相手へメッセを送っていた。

 メールをコメント欄に、誤爆したのである。

 

「そりゃバレるって!」


「だろ? あの誤爆もさあ、『コイツは自分のものだぜ』アピールだったんじゃないか、って周囲から邪推もされてる」

 

 ひどいな。

 それは言ってあげるなよ、と。


「悔しい?」


「全然」


「おっ? 意外」


「しょうがないやん。相手はトップやもん。ネタにされるもんやし」


 戸惑いがあったのは、確かだ。

 しかし、ウチもプロである。

 上には上がいるんだと、思い知った。


「ウチは現実を、受け止めているところやねんよ」


「慰めに来たのは、場違いだった?」


「いや。うれしい。ありがとうな」


 報道の対応に追われているのか、むつみちゃんも最近はウチの家に来ない。

 せっかく、新しい家を見せたかったのに。

 そんな悶々としていたときに、カイナが電話してきてくれた。

 

 カイナがいてくれなかったら、ウチはずっとネットの言葉に踊らされて、よりネガティブに沼っていただろう。


 あと一歩のところで、カイナはウチを引き上げてくれたのだ。


「おおきに。カイナ」


「いえいえ。なんにもできなくて、ゴメンな」


「ええって! 声かけてくれただけでも、うれしいから」


「もしさ、ワン先輩に会いたくなったら、ここに行きな」

 

 メッセアプリから、メールを添付してくれた。住所が書かれてある。


 というか、グルメサイト?


「なんなん、この店? 町中華やんね?」


 中国地方にある、町中華のようだが。

 

「それね、ワンさんの実家。ワンさんは、そこでお手伝いをしているよ」


 グルメサイトで高評価をもらうくらいの、人気店らしい。

 報道陣には、まだ実家までは発覚していないという。


「一応、先方には許可もらってるから。相手も、アンタにお詫びしたいんだって」


「ええのに」

 

「今のうちに、行きなさいって。しれっと転生しはるやろうから。そしたら、また忙しくしはるで、あの人は」


 カイナが、かなりエゲツない発言をする。

 そんな軽口さえ許す、心の広い方なんだろう。


「わかった。会いに行って見るさかい」


「話を聞いておいで」

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