第25話 作曲家 ハッカむしヨケ氏

「はじめまして、愛宕あたご リアンさん。作曲家をやっております、ハッカむしヨケです」


 ワン・タンメン先輩の交際相手と、対面できた。


 音楽プロデューサーの「ハッカむしヨケ」さんは、コメントが流れるタイプの動画配信サイトが隆盛の頃、ボカロ楽曲で名を馳せた人物だ。

 10代後半の頃からボカロにのめり込み、まったくの独学で音楽に触れてきたらしい。それが今では、あぶLOVEナンバー三のワン・タンメン先輩に楽曲を提供するまでになった。


 ただ、イケメンかというと、どうだろう?

 たしかに、若々しいけど。ウチより一歳、年上なんだっけ。


「は、はじめまして、おもむろ アンの中の人です」


(……なにをしゃべったらええねん?)

 

 ウチが推してるアニメの、主題歌を作った人が、眼の前にいる。

 ただこの人のせいで、むつみちゃんが大変な目に遭っているのだ。


 どう話を切り出せばいいのか。


「とにかく、ワン先輩は無事です。ちょっと、具合が悪くなっただけだそうで」


 過剰なストレスがかかっていたので、リラックスした瞬間に疲れがドッと押し寄せたのではないかと。


 ウチがなにも咎めなかったことで、疲労を吐き出せたのではないか、とお医者さんは言っていた。

 

 感謝までされたのだが。


「あのままなんの感情も発散できず、塞ぎ込んでいたら、お腹の子どもにも影響があったかもしれなかった」と。


「ミヤちゃんの側にいてくれて、ありがとう」


 ミヤちゃん?


 ウチは、ベッドに書かれた名前を確認する。


若葉ワカバ 芽衣子メイコ』と書かれていた。


 誰だ、ミヤちゃんって? 人違い?

 

「ワン・タンメンさんの、ことです」

 

「ああ、さっきからミヤちゃんって、誰のことなんやろうって思ってたけど。ワン先輩のことやったんですね?」


 ウチらは基本、外では「別名」で呼び合っている。

「ヤマダ」とか「斎藤」とか。

 外では、誰が聞いているかわからない。そのため、本名を呼び合うことすらないのだ。

 

 ハッカむしヨケさんは、ワン先輩を本名ではなく、「ミヤ」と呼んでいるみたい。


「ワタシ、ギャルゲの声を当ててたでしょ? そのキャラクターの名前」


 ワン先輩の素性がバレそうになると、その都度キャラ名を変えて連絡を取り合っていたらしい。

   

「ワン先輩とは、やはりお仕事で?」


 二人は何度か、一緒に仕事をしている。

 そのつながりだろうか?


「いえ。同郷で、同級生です」


 なんと、高校時代から交際していたらしい。


「ほわあああ。幼馴染や!」


 病院なのに、興奮してしまいそうになった。


「違います。学区が一緒ってだけで、家が隣同士とかではないです」


「じゃあ、初恋同士とか?」


「いえ、中学当時は、お互いに別の恋人がいまして」


 同級生だって知ったのも、仕事をしてからだという。


「そうですか……って、ちゃうがな!」


 一人ノリツッコミをしてしまう。

 

 そんな話をするのが、目的ではない。


「進展はどないなコトに、なりそうですか?」


「相手方には、相当な処罰が下るようです」



 まったく、相手に反省の色がないという。

 交際相手が現れたというのに、未だ彼氏面をしているとか。

 弁護士側に暴力をふるったことで、結局は警察が介入することに。


 アカンな、これは。

 オトコのメンヘラは、需要ないっちゅうねん。

 単純に、イタイ。


 むつみちゃん側も、一切かかわらないようにするとか。



「申し訳ありません。自分たちの保身だけを考えて、まったく会社の都合などを考えていませんでした」


「むつみちゃんには、話し合ったんでしょ? むつみちゃんが納得した上の決断やったら、ウチからはなにも。ただ、ワン先輩を幸せにすることだけ考えてください。ウチがいうことや、ないけど」

 

「はい。重ね重ね、お詫び申し上げます」


 何度も、ハッカさんは頭を下げる。


「聞けば、春日かすが むつみ社長とは古くからのご友人だとか?」


「いや、最近再会したばっかりですんで。昔は、交流していましたけど」


「近々、お話したいことがあります。今日はミヤちゃんの回復を優先したいので」


「そうですね。ほな、ウチはここで」


 ウチは、二人きりにすることにした。


「近くまで、お送りします」


 ハッカさんが席を立つ。


「タクシー使うんで、大丈夫ですわ」


「泊まるなら、あとで請求して」


「ここぞとばかりに高いところ、泊まりますさかいに。遠慮します。では、また明日、様子見に来ますよってに」


 二人からのありがたい提案を、ウチは丁重にお断りした。


 

 病院の入口で、タクシーを拾った。

 駅前の、カプセルホテルに泊まる。

 銭湯が近くにある、いい感じなところに。

 ジムに通っていると、こういうところにも詳しくなっていく。

 どこで汗を流せるか、どこで寝られるか、検索をかけるクセがついていた。


 銭湯でサウナに入って、ホテルの一室に。

 

「はあああ」


 あったまった身体に、ハイボールを流し込む。

 数時間ぶりに、アルコールを補充できた。

 病院じゃ、飲めないから。


「緊張したぁ」


 あの二人のイチャイチャ空間に、ずっといられる気がしない。

 退席して、正解だろう。

 そういえば、なんにも食べてないことに気がついた。


「ラーメン食べよ」


 近くの店を検索し、乗り込む。


「はあ……」


(閉まってるやんけ! これぞ、田舎あるある!)

 

 昔はヘンピなところに住んでいたんだから、少し考えたらわかっていたものを!


 ここは都会ではない。田舎の駅前だ。

 二四時間の店がある方が、珍しい。


「でも、トラックの運ちゃん用の店があるはずや」


 こういうところは、そういう店を求めて、運ちゃんも寄ってくる。


 ガッツリしたものを、腹に入れたい。

 かなり、ストレスが溜まっている気がした。

 緊張が取れたから、ようやく胃が活性化したみたい。


「あった。開いてる!」


 こじんまりとした、屋台が見つかった。


客はホストらしき男性と、同伴の女性客しかいない。

 

「らっしゃい。なににしよか?」


 スポーツ刈りの大将が、オーダーを聞いてくる。


「日本酒! なにがある?」


「ウチだとねえ、『唐草模様』なら」


 辛口の酒だ! 欲しい!


「おお、どんぶりで!」


 デカいお椀に、大将が並々と日本酒を注ぐ。


 おでんと、砂ずりの塩焼きと一緒に、いただきます。


「くうううう! これはええ!」


「お嬢さん、いいね!」


 どんぶり日本酒をちびちびとやりながら、ズリの串焼きにかぶりつく。

 

「もう一杯、ちょうだい! あとは、ホッケ焼き」


 このまま朝まで、飲みたいくらいだ。

 しかし明日は、一旦ワン先輩のところに行ってから、帰らなければならない。


 

「家族、かぁ」



 夫婦と、子どもがいる家を、想像してみる。

 だが、ウチにはなんのビジョンも湧かなかった。

 両親が共働きで、あまり家に帰ってこなかったからだ。


 

「どうしたんだい?」


 ラーメンを作っている大将が、ウチに声をかけてきた。


「いやね、友だちの妊娠がわかって、カレシが病院まで飛んできたんですよ」


「いいね。ドラマチックだねえ。おじさん、前の女房には逃げられちまってよ。これで」


 大将が、小指を立てる。

 隣でお皿を洗っている店員が、新しい奥さんだとか。


「お客さんは、どうなんです?」


「ウチは、全然」


 大将からの質問を、笑ってはぐらかした。


 ウチはダメな自分が大好きすぎて、結婚できないだろうな。


「ごちそうさま。ねえねえ、このあとさ、もうお店よらないでこのままホテル言っちゃわない?」

 

「やっだー。ケンヤ。エローい!」


 ホストの肩を押して、女性が千鳥足のままお会計を済ませる。


 それ、ホストがやっていい発言なのか? と一瞬思った。が、あのホストはさほど若くない。女性客とも、歳が近そう。冗談を言い合える、仲なのかもしれない。

 

 姉も、あんな感じだったな。

 

 ウチには姉がいるが、ホストに狂ってしまった。


 実は、ウチはファッションメンヘラである。

 姉をサンプルに、キャラを演じているに過ぎない。

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