第18話 コラボ開始

 ウチらは、さっそくコラボ配信を始めた。


 ウチら二人の前には、ダミーヘッドくんが。


「どうもだぞ。トークソフト【あずキング】の声も担当している、壬生みぶ ペーターゼンだぞ」


 ダミヘに、ぺーちゃんが語りかける。

 

「どうもオモムロ アンです」


 やりづらい!


 今日のライブテーマは、ASMRだ。

 ウチがぺーちゃんに、ASMRのコツを教わる体である。


 壬生ペーターゼンは、ASMRの収益だけでこの屋敷を建てた。


 実は壬生ペーターゼンことシノさんは、元声優である。

 いわゆる「エロゲ声優」であり、ASMRはむしろ本業なのだ。今でこそやらないが、エッチなセリフなどもあった。

 

 いわばここは、「ASMR御殿」とも呼ばれている。

 しかもこの一帯は、お金持ちばかりが住む。


 しかし、やりづらい。

 アバターは女装美少年なのに、演じているのは美魔女という。


 このアンバランスさが、また魅力的だ。


「これから、ASMR講習を行います」


「は、はい。イヒヒイ」


 ウチは、思わずニヤけてしまった。


「どうしたんだい?」


「いや、ちょっと近くでささやかれて、耳がくすぐったくなった」


「そう? お姉さん、気持ちよくなっちゃった」


「はぁう!」


 これや! この声になら、みんなやられてしまう。


 

 とはいえ実際に相手をすると、調子が狂う。

 どう接していいのか、たまにわからなくなるのだ。


「緊張なさってるのか? 肩の力を抜いていいぜ」


「せやけど、興奮しちゃって」


 間近に億を稼いだASMR神がいると思うと、自分が食われてしまうような気分になる。


 ぺーちゃんが優しい手つきで、木のお椀に入ったシェービングクリームをかき混ぜた。

 それだけで、こっちが眠くなる。

 緊張して眠れなかったのもあるが、実に心地よい。


「あなたが寝てどうする?」


「おっとっと、ゴメンなさい」


 ウチは慌てて、ヨダレを拭く。


「やってみてください」


 ぺーちゃんに促されて、ウチもやってみる。


 うまいこと、ぺーちゃんのような音が出ない。

 混ぜるのが早すぎるのか、若干うるさいような。

 角度を調節したり、更に大きく円を描いたりしてみた。


「そうですそうです。相手の耳を心地よくさせるイメージで」

 

 グダグダになりながら、どうにかASMR講習を終える。


 終了後、お茶を淹れてもらった。


「リアンさん、お疲れさまでした」


「はああ。シノさん、こっちがゾクゾクした!」


 仕事が終わったんで、お互い本名で呼び合う。


「でもこのASMRに特化したスタジオ、いいでしょ?」


「いい! これなら、車も通らんし!」


 ASMRにおいて気をつけるべきは、騒音だ。

 車の音や、歩く音に神経を注ぐ。

 高級なマイクで行うと、他人の生活音すらまともに入ってしまう。

 

 それこそ、特殊なスタジオを借りる必要があるのだ。

 スタジオですら、隣の部屋でやっているホラー実況の悲鳴が入ってしまったりしたらしい。

 

「だから、ずっとスタジオが欲しかったのですぅ。自分だけの」


「賃貸やと、勝手に改造したら怒られますしねー」


 無断でASMR用にDIYをすると、大家に怒られる。

 Vなら、誰もが通る道だ。

 

「シノちゃんといえば、ASMR声優って声もあるしね」


 しらすママが話に入り込んだ。


「今日ママは、なんのために来たん? まさか、ウチの授業参観とか言わんやろ?」


「『何しに来たん?』は、ちょっと悲しすぎるわ、リアンちゃん! 取材よ取材っ! ママだってことにかこつけて、勝手に来たわけじゃないから。ちゃんと許可、取ってます」


 そういえばウチがここに来る前、シノさんの車に乗ってたもんな。


「スポーツカーを扱う、マンガの取材でね。身近な所有者が、ぺーちゃんしかいなかったのよ」


 主人公が一九八〇年代にタイムスリップして、当時人気だったスポーツカーを乗り回す話らしい。

 

「ワイスピみたいな感じ?」


「そうそう。あれを、法改正とかがなかった時代でぶっ飛ばす感じ」


 いいなあ。当時の車を、当時の状態でかっ飛ばすのか。


「それより、ローンよ。シノさんは、大丈夫なの?」


「繰り上げ返済も、考えたんですがぁ。いいかなぁ、って」


「いいの? シノさんは、結婚の予定もないでしょ?」


「そうなんですが、なにがあるかわからないので」


 病気で、お金が必要になるかもしれない。

 

「手元に現金は、残しておきたいんですよねぇ」


 また、繰り上げ返済を繰り返すと、かえって手数料がかかるという。


「計算してみたんですがぁ、繰り上げ返済しても、一〇〇万くらいしか違わなくて」


 払う元本は同じなので、結局は意味がないそうだ。

 税金などを考慮しても、ローンは通常通り払ったほうがお得らしい。


「資産も、家だけじゃないですからねぇ」


「シノさんは、いわゆるビジネスオーナーの部類に入るもんね」


 むつみちゃんが、「クワドラントですね」と付け加えた。


 クワドランドとは、「ESBI」とも呼ばれる。

 

 E:Employee (労働者)

 S:Self employee (自営業者)

 B:Business owner (ビジネスオーナー)

 I:Investor (投資家)


 の、頭文字を取ったものだ。


 労働者は、時間を売って意思決定権はない。

 自営業者は意思決定権はあるが、自力で稼ぐ必要がある。

 ビジネスオーナーは、仕組みも意思決定権も同時持ちだ。

 投資家もほぼ同じだが、自分で仕組みを作らない。

 

ウチは自力で稼いでいるので、「自営業者」に入る。


 E層とS層は、労働によって対価を得て、B層とI層は、権利で収入を得るのだ。


「本来ならシノさんは、自分で活動しなくてもいいのよね」


「はい。一応はぁ」


 シノさんはV活以外に、いろいろな事業を展開している。

 不動産や中古車売買の他に、お店の店舗も貸しているのだ。


 だが、すべての事業に直接携わっているわけじゃない。

 

 自分が動かなくても、周りが動いてくれる。


「Vで活動する以外の事業は、すべて自動的にやってもらっていますぅ」

 

 投資家やビジネスオーナーとしてやっていけてても、いつ稼げなくなるかわからない。

 そのため、シノさんは労働も行っているという。


「この家も、実は古いお屋敷を買ったものなんですよぉ」


「そういえば、古いですよね? 壁にツタまで生えてるし」


 以前住んでいた人が高齢で、手放したいと言われたのだ。

 洋館での暮らしに憧れていたシノさんは、我先にと志願した。


「それでも、あれこれこだわりすぎちゃっててぇ。防音設備なども欲しくなっちゃって。気がつくと、天文学的な改装費に」


 なるほど。シノさんのローンは、改装費が大半だったのか。


「まあ、持ってるアパートの家賃で、どうにか払えている感じですかねぇ」

 

「そっちも、どうなるかわかりませんものね」


「はいい。出ていかれたら、どうしようもなくなっちゃう」


 さりげなく、すごいワードが出てきたけど。


「シノさんはご自身のアパートを、前の事務所に所属しているVさんに貸しているんですよ」


 そんなことまでしているのか。


「管理人さんは、こちらのメイドさんから一人雇ってるんですけどね。所有権は、私にあるんですよ」


 管理人さんが見てくれているため、シノさんが管理しなくても済んでいるらしい。


「どないして、そんなお金を手に入れましたん? やっぱり株ですか?」


「それがですねぇ。仮想通貨なんですよ」


 とあるネット番組の企画で、シノさんは数百円だけ買った仮想通貨を買ったとか。

 まだVTuberなんて言葉ができていない、シノさんが人気声優だった頃の話だ。


「ベストタイミングで売れまして」


「うわあ。やっぱり当たるとすごいんや、仮想通貨って」


「とんでもない! 絶対やめたほうがいいです。私は売ったと言うより、手放しんたんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る