第二章 メンヘラ、投資を学ぶ

第6話 メンヘラ、料理する

 午前一〇時、むつみちゃんがウチの家に来た。


「リアンさん、お部屋は片付いたんで……おお」


 ウチの部屋に上がった瞬間、むつみちゃんが絶句する。


 あれから数日が経ち、どうにか部屋はあらかた整理できた。

 ゴミ類は、むつみちゃんがいなくても捨てていっている。

 むつみちゃんの指導がなかったら、ここまではできていない。

 ガラスケースの中で溢れているフィギュアも、ピカピカだ。


 だが、ウチの部屋は未だモノに溢れている。

 玄関脇に、大量の通販段ボールが。

 というか、さらに増えていた。


「ごめーん。移籍前に『ほしいも』やってたの忘れてた」


『ほしいも』とは、「欲しいものリスト」のことである。

 通販サイトの「欲しいものリスト」をSNS上にさらし、リスナーに買ってもらうのだ。


「ウチ、誕生日やってんよ。それで、みんな送ってきてくれて」

 

「おめでとうございます。非常食以外は、なんとかしましょう。あと、私物で買っていた不用品から、手放すといいです」


 ほしいものと言っておきながら、「もらいものをフリマサイトへポイ」なんて、よっぽど業の深い輩じゃないとしない。


「さすがに、ケーキなどの生モノはありませんね」


「せやねん。保存がきかんようなヤツとか、忘れるとヤバいやつは、頼んでない」

 

「では、ほしいもリストは部屋の隅にどけておいて、今日はフリマサイトなども活用して、部屋の中の品を手放していきましょう」


「よっしゃ。おっけー」


 ウチは、配信をスタートさせる。


「朝からお昼は、片付け配信をしましょう。夜から、『ほしいも』の開封の流れで」


「オッケー」

 

 愛宕アタゴ リアンから、オモムロ アンに切り替わた。

 

オモムロ アンでーす。今日は、不用品を捨てていきます」


 まずは、カラカラの化粧品類を捨てる。

 こう見ると、「どこに行ったかわからなくなったから、買い直している」品物がやたら多いとわかった。

 化粧品は、鏡台オンリーでまとめる。洗面所には、洗顔系しか置かない。


 あと、文房具なども最小限に押さえる。

 インク切れのボールペンがやたら出てきた。


「好きな文房具だけを、チョイスしてください」


 利便性が高くても、普段遣いしなければ意味がない。

 愛着のある品々に囲まれたほうが、気分もアガる。

 

「こういう細かいものを整理・整頓することで、物がどこにあるのか把握できるようになります」


「たしかに」


 ずいぶんと、機能性も上がった。


 文房具類はテーブルの小さいボックスに、まとめておく。リモコン類と一緒に。それ以上は買わない。

 

「洋服系はどうしよう?」


 おそらく洋服類が、一番場所を取っている。


「そちらは、フリマで売りましょう」


「今から整理する?」


「やめておきましょう。撮影をしちゃうと素性がバレるので、配信の裏で行いましょうか」


「せやな」


洋服類は、配信外で処分することに。後で捨てるのと、フリマで売れそうなやつで分けておこっと。


「次は、冷蔵庫の中ですね。ほしいもに、要冷蔵の品は本当にないんですね?」


「ないない。そういうのは、自分で買うようにしてる」


「お気をつけください。アイスをもらって、大惨事になったVもいますので」


 うわあ。ウチはようやらん。


 冷蔵庫の中は、期限切れのものはない。あるならあるだけ、食べてしまうからだ。


「デリと冷食に、頼っている感じですね」


「せやね。生モノは基本的に買うことはないかな。いつ外出するかわからんから」


 ウチは、気分で外食やデリで、食事をする。

 アバウトな食生活なので、料理は基本的にやらない。

 

 ただし、使わない調味料で溢れていた。

 ほとんどが、料理についてくるものだ。


「では、この調味料類を使い切る気持ちで、お昼を作りましょう」


「やったぜ」


「作るのは、アンさんですので」


 教えてあげるから、作ってみろとのこと。


「ゴハンを、凍らせているんですね」


「せやねん。むつみちゃんに教わってな、こうやって保存してるねんよ」


「では、解凍します」


 他に、気まぐれで買ったギョーザの皮が出てきた。

 以前にギョーザパーティ配信をして、ほったらかしていた分だろう。


「アカン。乾燥してる」


「揚げちゃえば、いいんですよ。お昼はチャーハンと、春巻きを作りましょう」


 冷蔵庫やパントリーの中だけで、むつみちゃんがレシピを考案する。


「やったぜ。さっそく作ろうや。お腹すいた」


「そうですね。料理も同時に配信しましょう」


 撮影をしてもらいながら、春巻きを作っていく。


 野菜を細かく刻んで、春巻き用とチャーハン用に分ける。

 

 冷凍じゃない春巻きなんて、いつ以来だろう?


「あんまり上手じゃなくて、ごめんやで」


 手際が悪くて、リスナーがイライラしていないだろうか。

 

「自炊なんて、ズボラメシでいいです」


 ガッツリお料理大好きっ子なら、そちら方面の配信をするという。

 しかし、自分が食べる分はそんなにこだわりがないなら、ムリをする必要はないと。


「ふむふむ」


 フライパンを不器用に振りながら、うちはうなずく。

 

 自炊は「できるようになっておいたほうがいい」程度で、必須スキルではないらしい。

 なにもかもがんばりすぎると、必ず人はバテてしまうからだとか。


 ムリなことは、基本人に任せる。

 これが、資産増加の基本だという。


「投資だってそうです。『自分が何かをしている間に、お金にも働いてもらう』っていう概念が基本ですからね」


 ファンドで運用してもらって、資産を増やしていく。

 この感覚を養うため、人を使うのも手なんだとか。


 投資をしていると、段々と複利で資産が膨らんでいき、バイト一人を雇う年収分まで貯まっていくという。

 信じられないが。


「そういえば、お金持ちは時間を買う、っていうよな?」 

 

「本格的な料理も作りたかったら作っていいですけど、外食がメインとお聞きしました。そっちの楽しみも、ありますからね。あまり料理に、時間を割きたくないタイプなのかも、と思います」


「せやね。作ってもらうほうが好きかな」

 

 となると、ウチはお料理の時間を買っているわけだ。

 

「お料理、できましたね」

 

 春巻きとチャーハンが、完成した。


 ビールを出して、むつみちゃんと乾杯をする。

 ちなみに、むつみちゃんはお酒を飲まない。


「運転してきたん?」


「違います。飲めないんです」


 むつみちゃんは、アルコールがダメなんだとか。


「そっか。ほなウチだけ」


 くーっ! ひと仕事終えた後のビールの、なんてうまいこと!


「リスナーも、楽しそうですね」


 ウチのリスナーは、ウチが酒を飲む配信を楽しみにしている。


「余ったギョーザのタレで、いただきます」


 春巻きは、想像以上にベチャベチャだった。餡から水が出ちゃってたか。水出しが甘かったみたい。

 チャーハンは食べた瞬間に「サクッ」と音がした。どうやら、焦がしたようである。


 ほかは、ナチョスを作ってみた。

 お菓子のトルティーヤと即席ラーメンを、レタスにまぶしてみたのだ。で、余っていたマヨネーズをドババーッと。ドレッシングは香り付けにしてみた。

 それがダメだったようで、酸っぱすぎる。


「ゴメン。ウチは超絶、料理アカン子やった」


「でも、調味料は使い切りましたよ。いい感じじゃないですか」


「せやね。けど大丈夫? にんにくチューブかなり使ったけど?」


「明日は人と会いますが、リモートなので問題ありません」


「よかったぁ。あ、でも、このチャーハン、酒に合うわ」


「発見ですね」


「せやな」

 

 ベチャベチャの春巻きと、焦げたチャーハンで、晩酌を楽しんだ。

 お料理下手くそでも、誰かと食べるランチは気分がいい。



 軽くお酒も入ったところで、一旦配信を切る。


 洋服を選別し、いらないものは捨てた。

 売れそうなものは、フリマサイトに登録をする。


「ひとまず、片付きましたね。あとは『ほしいも』の開封配信をしましょう」


「やったぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る