第4話 メンヘラ、部屋を片付ける
食後、むつみちゃんはタクシーを呼んだ。
ウチを同席させて、ウチの家に向かう。
「ムリムリ! アカンって、むつみちゃん! ホンマ今日はアカン!」
ウチの家は、部屋が散らかっているなんてレベルではない。
ネコがイタズラしたのかってほど、ひどい有り様だ。
「アカンから、片付けるんです。リアンさん」
むつみちゃんは、引き下がらない。
「事務所移籍してからの撮影一発目は、片付け配信です」
堂々と、むつみちゃんがウチのチャンネルを乗っ取っていた。
「ちょっと! サムネまでできてるし!」
片付け配信を予告するサムネイルが、Youtubeにアップされている。
しらすママが、張り切ってサムネを用意してくれたらしい。
「片付けなんて、投資に意味があるん?」
「おおありです。特にモノの整理は、節約につながるんですよ」
「そうやっけ?」
「はい。人はモノに囲まれすぎると、正確な判断が難しくなります。モノに思考が支配されてしまうんです」
モノを大量に持っていると、そのモノを直すスペースも必要になる。
だがスペースが空くと、またモノで埋めたくなる習性があるのだ。
「これで、無限ループの完成です。お金持ちになる第一歩は、自分に必要な品物を、自分でちゃんと把握しているかどうかなんです」
「そう簡単に行くんかな?」
「いかなくていいんです。片付けは、少しずつキレイになっていけばいいので」
一日でダーッとやってしまおうとするから、片付け下手くそ勢は挫折するのだという。
少しずつモノを減らしていき、キレイにしていく。
「せやけど、ウチの部屋を見たら、心が折れてしまうかも」
「折れても、また修繕すればいいので」
メンタル、つよつよすぎぃ!
「あと、今日はゲストの方もお呼びしています」
「ゲストが? むつみちゃん自身が、司会を回せせへんの?」
元V界隈トップレベルの、タレントだったのに?
「社長のわたしが出しゃばると、『タレントをえこひいきしている!』と、思われてしまうので」
ゲストの名前を聞いて、ウチはすこし安心する。
あいつなら、大丈夫だ。
ウチたちは、マンションに到着した。
「ほな、空けるで」
キーを回し、扉を開ける。
「おお、これはまた、片付け甲斐のある部屋ですね」
むつみちゃんは、ちっともドン引きなんてしなかった。
状況を冷静に、分析している。
どのゴミをどうすればいいのか、頭で整理できているかのよう。
「慣れてるんやね?」
「他のVの子は、生ゴミが産卵していました」
「散乱じゃなくて?」
「はい。散乱もしていましたが、産卵も。あの茶色い物体が」
うわああ。
「ほな、片付けを」
「お待ちを。その前に配信をしないと」
そうだった。この惨状を自力で片付けるのが、今回の配信テーマだったっけ。
「スマホだけでいいです。撮影はわたしがしますので、リアンさんは、片付けに専念してください」
「OKOK。おおきに」
「では時間なので、始めます」
むつみちゃんの合図で、撮影が始まった。
「どうも~。人生徐行運転系VTuberの、
ドンキで買った馬マスクで顔を覆い、ウチは部屋を手で指し示す。
「ごらんください」
ウチの腕に合わせて、むつみちゃんがスマホを移動させていく。
「この段ボールの山! 今から、このあたりを片付けていこうと、思います」
部屋の中なので、比較的おとなしめのテンションで話す。
「今日はね、ウチのお友だちも参加しているので。どうぞ」
ウチが言うと、むつみちゃんが自分のスマホを用意した。
「いえーい。毎度ー。たこ焼き屋の【
デフォルメされたタコのアバターが、スマホ画面でフヨフヨと浮いている。
この子は元々、あぶLOVE所属のタレントさんだ。
ウチが事務所を移籍してもなお、交流してくれるらしい。
「今日から同期やからな。よろしゅうに」
「いえーい。よろー。アンちゃん、ようやくお片付けをする決心がついたんだ?」
カイナが、ウチに声を掛ける。
「せやねん。事務所を移籍したやん? やっぱりさ、心機一転せんと」
「だよねー。アタシがオフでそっちの部屋に行ったときさー。もう足の踏み場がないなんてレベルじゃなかったもんね。『どこでゴハン食べるの?』って」
「泊まりに来たけど、日帰りしたんよね」
鼻をつまみながら。
「そうそう! こんなところで寝たら、ゴミに犯される! って思った」
「ひどい!」
「でも、それくらいヤバイよ。あんたの家は」
「だから、今後は人も呼べるような家にしますさかい」
「お願いしますねー」
むつみちゃんが、カイナが映っているスマホをシューズラックに。
「こちらの配信は、こちらでも見られますか?」
小さい声で、むつみちゃんがカイナと話し合う。
「目線もうちょっと、上のほうがいいかな? お願いできますか、社長?」
「はい。やってみます」
むつみちゃんが、脚立を用意する。
「うわ。脚立を置く場所さえ確保できない」
「はいはい。片付けますよ」
ポイポイポイと、玄関の外に段ボールを放り出す。通路を塞がないように、ちゃんとビニールヒモでくくって、と。
その後、玄関脇のメタルラックにスマホを吊るすことに。
これで、あちらもウチの光景が配信できる。
「玄関からして、靴がエグいよね?」
「せやねん。靴が溢れてる」
玄関周りを片付けようとしたとき、カイナが「待った」をかけた。
「とにかくさ、アンちゃん。とにかく、地面を見えるようにして。生活動線と、寝床を確保しよう! このままじゃ、いつまで経っても身体が休まらないからさ」
ひとまず玄関は段ボールだけ片付けて、シューズやヒール類は後日整理せよとのこと。
たしかに、靴だけで一日仕事になってしまう。
「任せなさい」
ウチは、お着替えの服を洗濯機に放り込んでいく。
「あのさー。寝床に下着放置とか、意味わからんわ」
「たしかにな。アンタの家に入ったとき、ウチの部屋とはまるで違ってたよな!」
多古 カイナの家は、こことは違ってめちゃ片付いている。
まあ、オトコと同居しているからなのだが。
「ところで、なんで標準語なん? 同じ堺市民やんけ?」
カイナとは、学校こそ違うが同い年だ。
ウチが南区の、団地住まいである。むつみちゃんはウチのいた団地の下にある、分譲に住んでいた。
カイナは「屋台のたこ焼き屋の看板娘」という設定なのに、お金持ちが住む西区・浜寺出身だ。お嬢様ムーブを時々するので、キャラに合わなくて炎上する。
「そりゃあアンタ、リスナーの混乱を防ぐためやん」
関西弁で、反論された。
「前にアタシの配信でさー、アンタとBL論争したときあったやん。それでリスナーからクレーム来たんよ。『どっちがしゃべってるか、わからん』って」
「はいはい。切り抜きで、えらい言われたよな」
手を動かしながら、カイナの話を聞く。
「あんたは実家に、部屋を片付けなさいって言われた?」
「言われたよ」
またカイナが、標準語に戻る。
「しつけが厳しかったからね。アタシの家は。だからその反動で、V活をやってるんだけど」
三姉妹の次女で、カイナだけが定職につかなかった。
姉が銀行員で、妹が先生だったか。
とはいえ、カイナが干物に近いのは、オトコのせいではない。
カイナのカレシはしっかり者で、カイナのアシスタントをやりつつ家事もこなし、食事も用意してくれる。特に飼い犬の世話は、プロ級らしい。
カイナは元々が、だらしないのだ。
とはいえカイナは夜型人間なので、単に生活リズムが人と違うだけ。
日常生活に支障が出るレベルの、だらしなさはない。
「おっ。地面が見えてき……ぎゃああああ!」
地面が見えた瞬間、ウチの青紫の下着が出てきた。
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