第3話 一千万稼ごう企画

 詳しく聞くため、ランチも一緒に取ることに。


 社長だからか、結構な場所に連れて行ってくれた。


 エスカルゴなんて、サイゼで食べるくらいだ。


 スープパスタも、そこそこうまい。


 大食い系だから、おいしいお店もよく知っているんだろうか。


「いつも、こんなん食べるのん?」


「いえ。いつもは手作りのお弁当です。あとは激安のビュッフェとか」


「そうなんや。節約しているんやね」


 というか、節制が染み付いていて、今更成金のようにお金を使えないという。


「投資には、種銭が必要です。節約して余剰資金を貯めて、投資に回すんです。気が遠くなるような作業でした」


 コツコツと資産を積み上げて、気がつけば億を超える資金が出来上がったという。


 夢みたいな話だ。


「せやったら、どうしてウチなんかにごちそうしてくれるん?」


「わたしの、リアンさんへの信頼の証です」


 しょぼいランチに連れて行こうものなら、ウチが幻滅するだろうと、むつみちゃんは読み取ったのだ。

 この程度しか、期待していないのだと。


「『昔なじみの相手だから、安い店に連れて行っても許してくれるだろう』なんて、甘い考えではいけません。こういうのは、初手で相手の心を掴むのが大事です。気心がしれている相手でも、ビジネスですから。安いチェーン店で構わないなんてことは、ありえないんです」


「デートみたいやね」


「まあ、そう考えていただければ」


 お腹も満たしたところで、本題に。


「ウチにやってもらいたいのは、資産運用やて?」


「はい」


「大食いのほうやなくて?」


「そうです」


 ならば、ありがたい。

 

 大食いはできなくはなかった。なんなら、「激辛カップ焼きそばを三つ食べろ」と言われてもやってやる。

 ウチはそうやって、スーパーチャットを稼いできたのだ。


 しかし、六キロ食べてくれと言われたら、できそうにない。

 一日かけて完食程度なら可能ではあるが、数日で手が吐きダコだらけになるだろう。


「このたび、わたしたち【あぶLOVE】は、大食いアイドル以外に、投資系アイドルも売り込む予定です」


 もちろん投資以外にも、歌枠やゲーム実況をやる。オリジナルソングなども、作ってくれるという。

 前の事務所もそう言って人を集めていたが、今は反社にケツの毛まで抜かれた。悪い女にひっかかった、報いである。


「今回の面接も、それが目的でした。投資に意欲的な方を集めようと」

 

「せやけど、なんでウチやったん?」

  

「金融資産の知識があるのは、あなただけでしたので」

 

 むつみちゃんの教えてくれた本を、読み漁ったりはしていたけど。


「たしか、投資でマイナスを取らんようにするには、資産を一五年長期保有せんとあかんねやろ?」


 投資信託を一年間だけ保有して売却すると、約六〇%プラスになるか、約四〇%のマイナスになるかになる。

 だが、一五年保有し続けておけば、結果的に必ずプラスになるという法則だ。


「よく、覚えていますね」


「それは覚えてるねん」


 ウチがむつみちゃんと離れ離れになって、もう一五年になるから。

 今は共に二八歳。もうすぐ、ウチもむつみちゃんも三〇である。


「せやけど、あれだけの会社を二〇代のうちに作ったんや。一五年もかかってへんのとちゃうのん?」


「鋭いですね。もちろんです」


 Vで活動するかたわら、むつみちゃんはありとあらゆる投資に手を出したそうだ。


「さすがに、FXや仮想通貨、先物取引などには手を出していませんが」


 もっともよかったのは、個別株投資だったという。

 だが、これは運が良かったに過ぎないと、むつみちゃんは自己分析した。


「学んだことを、即実行できるって、むつみちゃんはすごいな」

  

「勉強を続けてらっしゃるだけでも、すごいんですよ」

 

 他のVの子は、教えてもロクに覚えられなかったらしい。


「できない子も含めて、投資のよさと、恐ろしさを伝えていけたらと思っています」


「……ウチは、アカンて」


「そう言わずに」

 

「本を読むんと、本で得た知識を実践するんは、違うんよ」


 お金があるとき、ウチはあるだけ使ってしまう。

 

 むつみちゃんのおかげで、「リボはアカン!」って知識は一応あった。

 しかし、それだけ。

「よう自分では借金せんかったわ」と、自分でも思う。

 毎日カツカツだ。


「勉強だけやったら、してたよ。けど、勉強しかしてへんのよ。実行には至ってないねん」

 

「わかっています。そういう人だからこそ、参考になると思いました」

 

「ウソやん。今更ムリやって。お金なんて貯まらんし」


 ウチの貯金残高、いくらだっただろう?


 これでギャラが入らなかったら、マイナスになるところだった。


「わたしがレクチャーしますので、リアンさんを貯まる体質にします」


「ホンマに?」


「ホンマにです」


 むつみちゃんは、自信満々だ。 

 

「というか、あなたにはアッパーマス層をも目指せる才能があります」


「……ウチが、アッパーカット?」


 ウチは格闘ゲームのキャラクターをマネて、天に向かってアッパーをカマす。

 

「格ゲーの技ではありません。アッパーマス層。お金持ちの入口と呼ばれている階層のことです」


 所持している金融資産によって、人はクラスに分かれているという。

 三千万以下がマス層と呼ばれ、最も人口が多い。


 アッパーマス層は、三~五千万台。


 それ以上は準富裕層と、富裕層に別れるのだとか。


「とにかく、あなたにはアッパーマス層に到達してもらい、お金に困らない生活を目指していただきましょう」


「それ、なんやったっけ? 三千万円があったら、少しずつ切り崩しても資産が減らんってやつ。なんていうんやったか……?」


「【四%ルール】ですね?」


「それや!」


 四%ルールとは、セミリタイアの代名詞である。

 大体の資産は株式で運用すると年利は約四%つく、と言われている。

「その年利分だけを取り崩せば、資産を失わずに永久機関が完成する」

 という理論だ。


 ただこのルールは、ほとんどは「一億円がある」ケースを指す。

 一億の四%なら年間三〇〇万も取り崩せるため、仕事をしなくてもいいよね、と。


 しかし、一億を稼ぐのは難しい。

 二〇年間で資産一億円を達成するには、毎月一〇万円を年一二%のリターンで運用する必要がある。

 毎月一〇万も用意するのは、大変だ。年のリターンが一二%ってのも、現実的ではない。

 

 そこで、三千万あれば、年利五%で運用すれば、四%……つまり一二〇から一三〇万前後を取り崩しても資産が増えていく。「足りない分は、週三日のバイトをして生活しようぜ」という謳い文句が、近年Youtube内でささやかれている。


「その四%ルールを活用して、セミリタイアを目指していただこうかと」


 むつみちゃんは、ウチにその三千万円を稼ごう、と言っているのだ。


「ムリって言ったら?」


「特に強制はしません。ですが、わたしとの縁は切れるかと」


 個人勢に逆戻りってわけか。それはそれで、詰むやんけ。


 なにより、むつみちゃんが信じてくれているんだ。

 この信頼を、裏切るわけにはいかない。

 せっかく一緒に仕事ができるんだ。

 このチャンスを、逃したくない。


「やる! せやから、やりかた教えて!」


「ありがとうございます。リアンさん! デザートも遠慮せず、どうぞ食べてください」


「おおきに!」


 ウチは追加オーダーをして、ホットケーキを平らげる。

 ああ、うまい! ただのホットケーキやのに、ティラミス食ってるみたいだ。


「なんでデザート食べたいってわかったん?」


「ずっとテーブルの脇に立ててあるメニューを見ていらしたので」


 よく見ているなあ。

 観察眼の鋭さが、むつみちゃんの武器なんだろう。


「大食いでも、やっていけそうですね」


「ムリムリ。それはムリ」


 ホットケーキ六皿なんて、大食い選手だったら前菜だろう。


「大食いはムリやけど、投資やったらなんとかなりそう」


「よろしくおねがいします」

 

 かくしてウチは、借金一千万を完済してもらった代わりに、一千万稼ぐことを約束させられた。


「まずは生活の改善から、参りましょう。おうちに上がらせていただけますか?」


 なん……だと?

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