第2話 むつみちゃん
ウチがむつみちゃんと出会ったのは、まだ大阪にいたころ。
中学一年で、むつみちゃんは親の仕事の都合で転校してきた。
おとなしい子で、かわいらしい。
その子はいつも、本を読んでいた。
「また春日さん、本読んでるー」
ギャル集団が、むつみちゃんをからかいに来た。本を取り上げて、クラス中に見せびらかす。
彼女たちには、むつみちゃんのようなタイプは、自分たちを見下しているように見えるのである。
むつみちゃんは、抵抗しない。黙ってうつむくだけ。
こんなことは、日常的に起きていたのだろう。
「むつみちゃん。ウチにも本、教えてや」
ウチはギャルから本を取り上げて、むつみちゃんに返す。
「ちょっとあたごん、しらけさせんなや」
「ああ、なんじゃコラ、やんのか? ウチはどんな本を読んでるんか、アドバイスを聞きたいだけなんじゃ。本を読まれへん猿は失せろや。しっしっ」
ウチは、ギャル集団を手で追い払う。
舌打ちしながら、ギャルたちは去っていく。
こういうとき、ハーフというのは強い。
今はもう普遍化されていて、大して珍しがられないんだろうけど。
「ええかな?」
むつみちゃんに本を返して、アドバイスを聞いていいかどうか尋ねる。
最初は怖がっていたけど、むつみちゃんは色々と教えてくれた。
むつみちゃんが読んでいたのは、小説などのフィクションではない。実用書ばかりだった。いわゆる、ビジネス書というやつである。投資、不動産、経営、副業などの。
親が商売をしているため、その手の技術が必要らしい。
「ビジネス書なんて、あんまり読んだことないから新鮮やね」
「覚えると、楽しいんです。小説も併用して読むと、ビジネス書もドラマとしてドンドン展開していって、より面白くなっていくんですよ」
「その領域にいけるやろか、ウチは……」
むつみちゃんは、ウチが今まで出会ったどの女の子より、不思議な雰囲気を持っていた。
「今でおすすめの副業って、なんなん?」
「Youtubeですかね?」
当時のYoutubeは、アニメやテレビ番組の違法動画で溢れかえっていた。
今と違って、ゲーム実況は別の動画サイトで栄えていたのである。
ウチもてっきり、「違法動画をアップして荒稼ぎするんかな」、「むつみちゃんのイメージと違うな」、って思っていたが。
しかし、むつみちゃんはウチとは違うものが見えていた。
「アニメ調のキャラクターに、なんか話をさせるんです。雑談とかを。二次元のキャラクターとお友だちになれた気分になる、新しい世界が来るような気がしませんか?」
「おもろそう! ええな、それ! そしたら、ウチがそのアバターになったるわ!」
「楽しい動画になりそうですね!」
しかし、むつみちゃんと夢を語り合う機会は、中学一年の冬に終わりを告げる。
むつみちゃんは、転校していったのだ。
親が、五千万の借金を抱えてしまった。
その後、ウチはなんの因果か、むつみちゃんの夢だった「アニメ調のアバターがしゃべる仕事」に就いている。
別に、狙っていたわけじゃない。
むつみちゃんの先見の明にあやかったわけでも、なかった。
社会人としてやっていけない自分を売り込むには、これしか考えつかなかったのだ。
「むつみちゃん! 元気やったんや!」
「ええ、元気です。その説は、ありがとうございました」
コラボそっちのけで、ウチはむつみちゃんと話し込んだ。
配信でも、何を話したかはよく覚えていない。
面接だといっていたが、ウチは顔パスのノリで一発採用となった。
とにかく、むつみちゃんと話がしたい。
せっかくの大手との面接だったのに、特に面白くない配信をしてしまった。
「ごめん、台無しにしてしもうた」
共演してくださったVさんにも、ウチは詫びる。
「いえいえ」と、Vさんは特に気にしている様子はない。そういえば、ウチが泣きながら面接している間、ずっと手羽先食べてたな。さすが大食い専門チャンネルだ。
「いえいえ。終始泣きっぱなしだったアンさんに、お客さんも感動なさっていました。私も思わず、感情がこみ上げてきそうになりましたよ」
むつみちゃんに、抱きしめてもらう。
ちなみに、むつみちゃんもスタッフ用のアバターを作っている。
「えらい慣れていたみたいやけど、どないしたん? あんたそんなに、人前でしゃべるキャラとちゃうかったやん!」
「実は、借金の返済として考えたアイデアが、これだったんですよ」
むつみちゃんは、なんと「V活」で借金を完済したのだった。
「ウソやん。あれ、アンタやったん?」
むつみちゃんが演じていたアバター名は、ウチも知っているほどの有名人。
「親の借金というのも、それでして」
前の事業に失敗して、二千万も借金があったらしい。
それが膨らみに膨らんで、五千万になったと。
当時はとにかくYouTuberだろうとなんだろうと、やるしかなかったという。
Vのかたわら、声優や歌手活動もこなした。
無名、しかも見たこともないアバターのみでの活動なんて、誰からも相手にされなかったという。
しかし、新型感染症が追い風になって、大躍進。
借金も、秒で返済し終えたらしい。
その後、親から独立して、自分の個人事務所を立ち上げたのである。
人気のVだったから、銀行からの信用もあった。
親が商売に向いていないと悟ったのもあるとか。
「ウチの事情は、知ってるんやね?」
「お話は、しらす先生から伺っております。大変、ひどい話だと思いました」
そこで、と、むつみちゃんは語りだす。
たしかむつみちゃんが演じていたVのアバターも、しらすママだったっけ。
なるほど。そういう縁が。
「あなたの借金は、私が肩代わりします」
「ちょっと、ええよ? ウチかてある程度の人気があるし」
ウチが言うと、むつみちゃんは首を振った。
「今のままでは、ダメです。利子を払うだけでいっぱいいっぱいで、借金は膨らむ一方。このままだと、身体を売らないといけません」
「そこまでなん!?」
よって、むつみちゃんは借金を無利子で肩代わりするという。
テーブルの上においてあったスマホが、けたたましく鳴った。
むつみちゃんが、スマホを取る。
「はい。わかりました」
スマホを切って、むつみちゃんが、ウチの方を向く。
「リアンさん。借金ですが、すでに払い終えました」
「そうなん!?」
「よって、私の下で働いてもらう時点で、リアンさんは借金を完済している状態にしてもらいました」
なんでも、ウチが前にいた社長は、シンガポールで発見されたとか。
「どうもその人物は、反社さんにもお金を借りていたらしく……」
反社がそいつに、一生タダ働きをさせるという。
ウチをハメたVの女ともども……。
「彼が活動をする度に、反社組織にお金が入るようになりました。めでたしですよ」
「せやな。ええ気味や」
「で、ですね。反社さんは、私の借金を肩代わりしてくださいました。なので、あなたのお金も元社長が払うことになります」
「それは当然やが、ええのん?」
「はい。『もっとコイツを苦しめたい』からと」
最高かよ。究極の「ざまぁ」やん。
「そのVさん、反社さんのボスの愛人だったそうで」
なるほど。
「まあ、あなたの事情はこれで解決しました」
「おおきに。で、ウチは見返りに、なにをしたら?」
「一千万円、稼いでいただきます」
「え?」
今度こそ、身体を売る姿が頭をよぎった。
「なにを想像したのかは知りませんが、ちゃんとV活で稼いでいただきます」
おお。よかった。
「あなたなら、一年もしないうちに稼げると思います。スーパーチャットの額などからして、間違いはありません」
「かなり評価してもろて、ありがたいで」
「で、稼いだお金の一〇%を、投資に回していただきます」
「はえ? 株式投資やと?」
むつみちゃんが、大食い以外の企画の提案をしてきた。
Vで活動しつつ、お金を投資で増やそうという。
「ムリムリ! スパチャかき集めたってムリやって!」
ウチは手をブンブンと振って、反論する。
「なにも労働だけで、一千万稼げとはいいませんよ。投資の力を借りるのです」
「そうなん?」
「かくいうわたしも、投資で資金を増やした口ですからね」
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