借金一千万のメンヘラVTuberが、五千万の借金があった女社長に指導を受けて、資産一億を手に入れるまで

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 メンヘラ、借金を背負う

第1話 人生詰んだ!

「どーも、人生徐行運転系VTuberのオモムロ アンでーす。さっそくですが、このたび、再び個人勢として生きることになりましたぁ」


 ウチは、笑顔で配信をする。


 画面にいる病的に肌が白いアバターも、終始笑顔を崩さない。


 だがウチの内心は、借金のことで頭がいっぱいだ。


『重大発表って何?』

『ワクテカ』

『妊娠でも、したんか?』


 リスナーのみんなも、いいたい放題である。


(事情はわかってるくせに……)


 ウチは、苦笑いをした。



「実は社長が、売上を持って逃げましたぁー。パチパチパチィ……はあ」


 一人で、ウチは拍手をする。

 

 リスナーの何人かはネットのニュースを読んで、事情を知っていたらしい。「本日は、お疲れ様でした」と、答えを知っているらしきコメントも流れた。


 頭にきたウチは、アルコールを煽る。


 酒もまっずい。せめて気分だけでもと、おいしいハイボールを買ってきたはずなのに。なんの味もせん。水よりまずい。

 

 からあげも、気持ちパサパサである。

 リスナーがススメてくれた、評判の店で買ってきたものだ。

 なのに、やたら脂が回っている。


「ちょっと置きすぎた?」


 リスナーからは、『冷めてもうまいし、むしろ冷ましたほうが衣が固くなって歯ごたえがいい』と、コメントをしてくれた。

 だったら、もっとおいしいはずだ。なのに、脂の味しかしない。

 他の調味料もいるのか? でも、だし醤油が染み込んでいるはずである。


 おそらくストレスで、自分の舌がおかしくなったのかも?


「ね? みんな知ってるよね? ウチの社長が、お抱えしていたVと失踪しましてん。事務所は解体されまーす。パチパチ……」


 ヤケになって、ウチはハイボールを煽る。


 アルコールを嚥下した音が、配信に流れた。

 

 せっかく配信業も軌道に乗ってきたのに、社長が部下のVに手を出して海外に逃げたのだ。

 計画倒産し、ドロンしたのである。


 ウチに残ったのは、一千万円の借金だけ。

 しかも、ウチの借金ではない。

 勝手に、社長の保証人にされていたのだ。


 これも、いわゆるサレ女か? どないなっとんじゃ。

 始めから、計画的な犯行だったとしか思えなかった。


 どおりで、他のメンバーがやめまくっていたはずである。

 

 アカン。詰んだ。

 どないしょ?


 アバター使用権利など、社長がいないとできない権利関連は取られていないので、まだマシか。

 これぞ、元個人勢の強み。


「というわけで、今日はあいさつだけということで。よろしくー」


 数分で、配信を切る。


 まっずいハイボールの缶も、カラにした。


 もう、やっていられない。

 しかし、配信は続けないと。

 なにより、リスナーがウチを求めている。

 そのありがたさだけが、ウチを支えていた。


 だけど、今後はどうなるかわからない。


 応援してくれては、もらっている。

 

 問題だらけのメンヘラ個人勢では、コラボだってムリ……ん?


「ママや」


 スマホの着信を、チェックする。


 画面には白地ベースの地雷系ファッションに身を包んだ、病的な美少女のアイコンが。その下に、「しらすママ」と文字が表示されていた。


 一概に「ママ」と言っても、本物の母親ではない。

 V界隈でママといえば、アバターを描いてくれた絵師のことを指す。


「どないしたん、しらすママ?」


 紋白もんしろ しらすは、ウチのアバター「オモムロ アン」を作ってくれた、同人イラストレーターである。

 氷河期世代であり、不況時代を筆一本でのし上がってきた。


「やっぱり、オトコ欲しくなったん?」


「いらないわよ。現実はクソって、いつも言っているじゃないの」


 

 しらすママは服の着こなしもバッチリで、美人だ。

 が、頭を二次元に置いてきている。

 同人作家は後ろ盾がないので、身なりをキチンとしているだけなのだそう。

 五〇代だが、カレシを作ったこともない。

「恋愛はコンテンツ」と、割り切っている。

 いいなと思っている人がいても、「自分みたいなブスに言い寄ってくる人物は、ゴミ以下」と見下してしまう。

 「これが本来の『蛙化現象』よ」と、教えてもらったっけ。


 

「それより、リアンちゃん。いい話があるんだけど」


 しらすママは、ウチのことを本名の「愛宕あたご リアン」と呼ぶ。電話のときに、しらす本人だと信じてもらえるようにするためだとか。


「ええ話って?」

  

「【あぶLOVE】と、コラボしない?」


「あぶLOVE!? 大手やん!」


 あぶLOVEとは、大食い女子との疑似恋愛がテーマの事務所だ。

 大食いVTuberばかりを集めて、咀嚼音ASMRを大量に出している。

 ゲーム実況などもするが、そっちはアバターを使う。

 大食い配信をする場合、基本は首から上を映さない。


「やるやる! あそこ、入りたかってん!」


 前の事務所に入った数年後に、ラブLOVEが立ち上がった。

「もっと遅めにデビューしていたらよかった!」と、めちゃ後悔したのを覚えている。

 しかし、しらすママと仕事ができることを優先し、転生はあきらめていた。

 転生するなら、しらすママと相談してからと思っていたし。


「リアンちゃん。今回の件ね。ワタシもすっごいムカついているの!」


 社長だけでなく、部下のVもグルだったらしい。

 というか、そいつは大学時代もサークラで有名だったという。


「あーあ、あいつなら、やりかねんわ。ウチも嫌いやったもん」

 

「だから、そっちはワタシたちに任せて。助っ人として専門家も大量に用意しているから、心配しないで」


「わかった」


「で、今回のコラボ内容なんだけど、あぶLOVEの公開面接よ」


「マジで!? やりたいやりたい!」


「わかったわ。さっそくアポを取るから。あちらから連絡が来たら、応対するのよ」


「うんうん!」


 直後、すぐ連絡が来た。

 二つ返事で「はい」と答え、当日を迎える。


~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 


 コラボ当日。ウチは普通の格好で【あぶLOVE】の事務所に。


 ビルに入っただけなのに、「失礼します」と、誰もいない入口に礼をしてしまった。


 管理人室にサインをして、壁の姿見で身だしなみのチェックを。

  

 しらすママから、「仕事相手と会うんだから、地雷系の服はやめとけ」と言われたので。

 知ってますー。

 ウチかて一応、社会人やった経験はある、ちゅうねん。

 ちゃんとリクルートスーツは持ってますー。


 めっちゃ緊張する。

 こんなん、化粧品会社の面接以来や。秒で「お祈り」来たけどな!


 この場に、しらすママはいない。推しの女性Vがライブをしているので、そっちを追いかけに行った。ママはそっち側のセクシャリティだが、恋愛感情はないという。ママみたいな人は、「ノンセクシャル」というらしい。


「|徐(オモムロ) |行(アン)さんですね? お話は、伺っております」


 社長秘書さんみたいなスタッフさんに、声をかけられた。

 

「あ、はい。今日はよろしくおねがいします」


 普段の配信では破天荒キャラを演じているが、こういった場ではなるべく普通に接する。

 

「スタジオで、社長がお待ちです。今は、担当のVと打ち合わせ中でして」


「構いません」


 さっそく、スタジオまで案内してもらう。


 収録場所が自宅や仮スタジオじゃなくて、持ちスタジオってところが、もう大手。


 ええなあ。もっと人を信用すればよかった。


 パンツスーツ姿の女性が、地雷系のファッションに身を包む少女と会話をしている。

 

春日かすが社長。徐 行さんが、お見えになりました」


 秘書さんに呼ばれて、パンツスーツの女性が振り返った。


「え、むつみちゃん!?」


 ウチは、その女性に見覚えがあった。

 メガネが垢抜けてて、ちょっと背が高くなった感じであるが、面影は残っている。


「ああ! やっぱり、愛宕あたご リアンさんだった! こんにちはー」


 この女性は、春日 むつみちゃんだ。


 親の借金五千万を背負わされて、中学一年で転校した子だった。

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