暴かれてしまった想い 2
「ロゼ……?」
唇に触れた柔らかな感触と、身動いだ閣下に気づいてようやく我に返った。
まだハッキリと焦点の合ってない青い瞳に心臓がひっくり返りそうになる。
バレた? バレたのかな?!
もう、私ってば何やってるんだ!
途端に全身が熱くなり、私は急いで飛び退いた。
「……どうしてここに?」
「閣下こそどうしたんですか?! こんな所で飲んで……」
「いや、ずっと書斎に籠もってたから何か食べようと思ってな。 だがユーリも料理長もいないし……。 とりあえずエールだけでもと思って飲んだら、いつの間にか眠ってしまったみたいだ」
寝起きの閣下は、口調も纏う雰囲気も甘さが二割増しだ。
幸い私がキスしたことにも気付いてないみたい。
そうとわかると動悸がようやく落ち着いて、頭もどんどん冴えてきた。
自覚して早々に閣下に手を出すなんてはしたない。
そもそも手を出して良い相手でもない。
バレたら大変な事になるし、これは何としても隠し通そう。
「じゃ、じゃあ早く戻って支度をして下さい! お待たせするのは良くないですから!」
「何の話だ」
「閣下を労う為に国中の美女が集まってるんじゃないですか? 早く行かないと皆さんお待ちかねですよ!」
「ちょっと待て、そんな話聞いたことがないぞ」
「でもアルフレッド様が……」
「……」
あ、眉間に皺が寄った。
もしかして、アルフレッド様の嘘だったの?
「接待の予定はない。 君こそ誰かと前夜祭に行くんじゃないのか?」
「ちょっと気分が乗らなくて、私もずっと部屋に籠もってました」
「大丈夫なのか?」
「大した事ありませんから」
「まぁそれなら良いが……」
悩み事があって、とは言えなかった。
なんせ今回はエメレンス様が関わってる。
そんなの閣下が知ったらややこしくなる。
とりあえずこの場を誤魔化そうと曖昧に笑った。
「お互い屋敷にいたのか。 もっと早く気づけば連れていけたのにな」
「え?」
すると閣下は椅子から立ち上がり、飲みかけのエールを手に取った。
「用事がないなら一緒に来るか?」
「え? どこにですか?」
「今回は特等席に招待しよう。 何か飲み物を持ってついて来てくれ」
その表情がいつもより柔らかくてドキドキしてしまった。
きっとお酒の影響なんだろうけど、こんな閣下に出くわす事なんてなかなかない。
しっかり目に焼き付けておこう。
でも特等席って今から行ける場所なのかな。
とりあえず言われた通り、保冷庫にあった果実水を片手に閣下の後を追った。
◇◇◇◇
案内されて着いたそこは、屋敷内にある町が見えるバルコニーだった。
とっくに夜は更けてるのに、遠方で煌々と輝いてるのが見える。
もしかしてあれが前夜祭の光なのかな。
「凄くきれいです……」
「丁度街も盛り上がってる頃だろうな」
パチンと懐中時計の蓋を閉め、閣下も街の方に目をやった。
閣下と夜にこうして同じ光景を見てる事に、何だか胸がドキドキしてきた。
「あれが始まるまで少し時間がある。 それまでゆっくり飲むか」
「あれ?」
「まぁ見てからのお楽しみだ」
そう言って閣下はエールを一口飲んだ。
こうやって見てると閣下ってやっぱり大人だな。
私はエールを飲んだことがないので果実水でお付き合いだ。
こうして二人きりの飲み会がはじまった。
「本当は町に連れていってやれればよかったんだが、今年はここで我慢してくれ」
「いいえ! 元々行く予定もなかったですから、今こうして雰囲気が味わえてすごく嬉しいです!」
「なら良かった」
声、かけようとしてくれてたんだ。
アルフレッド様の思い違いじゃなかったと分かって頬が緩む。
どうしよう。
嬉しくて再び身体の熱が上がっていく。
さっきは大胆な事してしまったし、きっと感情の振り幅も大きくなってる。
呼吸を整えないと、心臓の音が閣下に聞こえてしまいそうだ。
「ホラ、始まった」
閣下の声で再び街の方に目をやると、さっきまでの風景が少しずつ変わっていく。
私は思わず息を呑んだ。
「すごい……街の光が、飛んでいく……!」
堪らずバルコニーの手摺に身を乗り出した。
白く輝く町の中からポツ、ポツとオレンジ色の小さな光が、夜空を目指してゆっくり浮かび上がる。
幻想的な光景に胸がドキドキしてきた。
すると閣下も私のすぐ右隣りへとやってきて遠くを見つめる。
「七年前の厄災後から国の復興を願ってランタンを飛ばすようになったんだ。 それがいつからか一年の無事を祝い、明日からの平穏を祈るものになっている」
「綺麗です……」
「間近でみるとまた違った雰囲気になるぞ」
「見たことあるんですか?」
「数年前に一度だけだ。 後はずっと仕事だから毎年ここから眺めてる」
「……エールを飲みながらお一人で?」
「あぁ。 一年平和に過ごせた労いだ」
暗い中で話す閣下の声は、普段よりも穏やかだった。
この光景は、閣下達騎士団が必死に守ってきた平和の証。
来年は私もそれを労える一人になれるといいな。
するとふと隣りから視線を感じ何かと思ったら、閣下と目が合った。
途端に閣下は少し頬を緩めた。
「な、何でしょうか……」
「今年は君がいるから感慨深いな、と」
「私、ですか」
「七年越しだからな。 ようやくあの厄災に区切りがつけられそうだ。 ありがとう」
「そんなの私の方がお礼をいう立場であって……」
「いや、あの時の後悔を君が受け入れてくれたお陰だ」
そう言って閣下は私の頭を優しく撫でた。
その眼差しも優しいから、勘違いしてしまいそうになる。
私を『部下』じゃなくて『一人の人間』として見てくれてるんじゃないかって。
でも公爵という身分の閣下と、平民のセロとがそれ以上の関係になっちゃいけない。
頭では分かっているけど、尽く優しくしてくれるからどうしても気持ちが揺らいでしまう。
いや、きっともう手遅れだ。
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