公爵閣下、貴方に忠誠を誓います〜ですがややこしくなるので寵愛は不要ですよ～

君を思うと

「報告は以上です」

「ご苦労さま。　キアノス達のおかげで私は安心してここに座っていられる。 感謝するよ」

「お役に立てて光栄です」

　ここはシヴェルナ王城の謁見室。

　シヴェルナ王国の若き国王、ウィラード・ダン・シヴェルナは上質な革張りの椅子に腰掛け深い青碧の目を細めた。

「それにしても刀剣狼が園遊会付近で出るなんて驚いた。　普段警戒心が強い魔物があんな人の多い所へ出てくるとはね」

「当時はザクセンの命令で魔物の討伐に当たっていた者がいましたので、誤って刀剣狼のテリトリーに侵入したのかと思いますが」

　『確かにそうだけど……』と陛下は眉間に皺を寄せて黙ってしまった。

　国王が異変に敏感なのは決して悪い事ではない。

　ただ過敏になり過ぎては肝心な時に動けなくなってしまう。

「確かに珍しい事ではありますが、これだけで厄災の前触れと考えるのはまだ早いかと」

「そうだな……」

　そう言って陛下は大きな溜息をついて背もたれに身体を預けた。

　陛下が危惧しているのは七年前に起きた厄災の起因にもなった『魔物の暴徒化』についてだろう。

　結晶化する程に魔力で満ちた大地の上に建つシヴェルナ王国では、何十年かに一度の周期で魔力を吸収し続けた魔物が暴徒化し国を襲う。

　それまでも国を挙げて鎮圧してきたのだが、七年前はこれまでに例を見ない規模で勃発したのだ。

　しかも前の厄災から随分経っていた事もあり、平和に慣れすぎた国は対応が遅れ、主要都市の一つルドアンに壊滅的な被害を受けてしまった。

　シヴェルナは存続の危機にまで追い込まれ混沌としていた。

　それを治めたのが、年若くして王座についたウィラード陛下だった。

「きっと大丈夫ですよ。　オールナードにも本格的に入れるようになりましたし、先遣隊の活躍に期待しましょう」

「そうだね、頼んだよ」

「はい」

　魔物の巣窟と言われているオールナードも、つい最近までザクセンの領地でもあったので未だに謎が多い地域だ。

　だが今回、領地が国に戻った事で制限無く調査に向かう事が可能になった。

　ここを調べば魔物が暴徒化する原因も解明出来るかもしれない。

　同じ過ちを二度と繰り返さない為にも慎重にならなければ。

　そう言えば、あと一刻もすればオールナードへ調査に行っていた先遣隊が戻ってくる。

　執務室で帰りを待つとしよう。　

「ではそろそろ失礼致します」

　報告を終え、退室しようと立ち上がった時だ。

　陛下は目を輝かせてポン、と手を叩いた。

「そうだ、折角だし彼女にも協力してもらったらどうだい？」

　何の話だ？

「元騎士団武官ルイス・アルバートの娘がオールナードで見つかったんだろ？　聞けば長年そこで住んでいたそうじゃないか。　彼女に手伝ってもらえば何か手がかりが掴めるんじゃないか？」

　……誰だ、陛下に情報を漏らしたのは。

「おいおいそんな怖い顔をするんじゃない。　キアノスこそなんでこんな大事な話を報告してくれないんだ？」

「現状が落ち着いてからと考えていた迄です。 そもそも陛下には関係ないでしょう」

「いやいや！　これは私にとっても大事な事だ。　それに可愛い弟が必死になって彼女を救ったなんて聞いたら、聞かずにはいられないだろう！」

「私はもう陛下の臣下ですから、個人的な話をする間柄ではありませんので」

「冷たいなぁ。　昔は兄様、兄様っていつも私の後をついてきてたのに」

　嘆く陛下を見て思わず溜息が出た。

　そう、陛下は俺と血の繋がった実兄でもある。

　別に兄弟仲が悪いわけではない。

　ウィラード陛下が王座につくと、俺は王族ヴランディ公爵の養子になり陛下の臣下に下った。

　継承者問題などが勃発しないよう画策した結果だ。

　だからこれは俺なりのけじめだ。

「とにかく、仕事がありますのでそろそろ失礼致します」

　ここで切り上げないと話が長くなってしまう。

　絡んで来る陛下をあしらい、扉の取っ手を掴んだ時だ。

「アルバート家の爵位を復活させる手筈もちゃんと進めておくから、次からは彼女との進展具合も報告するんだよ」

　気付けば陛下が隣りにいて思わず後退ってしまった。

　魔法も使わずになんて素早い身のこなしだ。　

　さすがと言いたい所だが、その力をもっと別の所で発揮して貰いたい。

「失礼します！！」

　今度こそ陛下を振り払い、バタン！と勢いよく扉を閉めた。

　同時に溜息が漏れた。

　何が進展具合だ。　

　これ以上の関係を、彼女が望む訳ないだろう。

　ルカス・アルバートの愛娘、ロゼ。

　ルカスから話を聞いていたが、想像以上に腕の立つ女性だった。

　ただ自己肯定感が低く、傷つくことにも物怖じしない。

　置かれていた環境がそうさせたのだろう。

　だがその原因は俺にある。

　俺がいなければ、きっと彼女は子爵令嬢として家族と幸せに暮らしていた筈だ。　

　それを俺が奪ってしまったのだ。

　彼女が命を絶とうとした瞬間、己の罪深さを突きつけられた気がした。

　彼女をここまで追い込んだのは自分なんだと。

　だから今の俺は、彼女が爵位を取り戻すまでの足掛かりに過ぎない。

　彼女を幸せにする権利なんてあるものか。

　自嘲しつつ執務室へ向かっていると、前方から大きな男が一人、大股でこちらに歩いてくる。

　アルフレッドだ。

　アルフレッドは騎士団一の魔術師と呼ばれ、彼に扱えない魔法はないといわれている。

　通常魔力には属性があり、人はそれに応じて魔法を習得していくのだが、アルフレッドは属性関係なく魔法が使えるという希少な魔術師なのだ。

　そう、一応凄い奴ではあるのだが。

「どうした、神妙な顔して」

「お前が連れてきたセロの事で話がある」

「……ロゼの事か？」

「あぁ。　出来れば二人で話がしたいんだがいいか？」

「……あぁ」

　くだらない話、ではなさそうだ。

　この様子だと拒否権はないのだろうし、ここは大人しく話を聞こう。

　そうして俺達は執務室へと向かった。