戦いの報酬

 一体いつからいたんだろう。

 アルフレッド様は今日もまた一段と険しい表情で私を見下ろす。

 リリアナ様との打ち合いで体力も消耗してるのに、厄介な人が出てきてしまった。


 するとフェリス様は水色の瞳を鋭くして、ギュッと私を抱き込んだ。


「嫌です! 幾らアルフレッド様の命令でもロゼは渡しません!!」


 フェリス様の攻防にアルフレッド様は一瞬怯んだけど、大きな咳払いをして再び眉間に皺を寄せた。


「怪我をしてるんだろう。 医務室まで運んでやる」


 え?

 誰を?


「それなら私が魔法で治します!」


「駄目だ。 セロは体内に入った魔力がうまく消化できないとキアノスから聞いてる。 今ここで回復魔法を使えば拒絶反応で更に悪化する」


 そう言ってアルフレッド様は純黒の外套を脱いで私に被せると、そのまま私を横向きに抱き上げた。


 ひぇぇぇぇっ!


「……そんな絶望的な顔をするな」


 声にならない心の叫びに気付かれた。

 助けようとしてくれているのに大変申し訳ありません。

 

「アルフレッド様!!」


 すると背後から声が飛んできて、アルフレッド様が足を止めた。

 教官達に支えられて半身を起こしたリリアナ様が、困惑した表情でこちらを見ていた。

 でもアルフレッド様の視線は氷の様に冷やかだった。


「……リリアナ嬢、どうした?」


「何故私ではなくセロなんかを庇うのです?! その子は私を排除しようと襲ってきたのですよ?!」


「この俺が何も知らないと思ってるのか?」


 アルフレッド様の金の髪が、まるで静電気みたいにパチパチと爆ぜてるが見えた。

 リリアナ様もそれに気付いたのか、顔から血の気が引いていく。


「君には親身になってくれる友人が二人、それに教官も付いているのだから何も心配いらないだろう」


「で、ですが……」


「禁止していた魔法を使用した上に虚偽の申告。 それが相当な違反行為だという事は君は理解しているのか?」


「……っ!」


「君は何やら誤解しているようだが、キアノス閣下はセロではないし、俺も自分の意志でキアノス閣下に仕えている。 閣下を信用できない人間が騎士団にいる資格はない。 話を聞くまでもなく君は除名処分だ。 では失礼する」


 アルフレッド様は絶対零度の眼差しでリリアナ様を断罪すると、再び歩き始めた。


「あぁ……待って! 待って下さい、アルフレッド様ぁ!!」


 アルフレッド様はそれ以降泣き縋るリリアナ様に目を向ける事はなく、足早に私を運ぶ。

 そして目に涙を溜めたフェリス様も、後から追いかけてきてくれた。


 ここに居るのは私の敵ばかりじゃない。

 それが知れただけでも身体が少し楽になった気がした。



◇◇◇◇




「お、目が覚めたか」


 重い瞼を開けると、なんと隣りでアルフレッド様が座っていた。

 驚いて一瞬身体が硬直したけど、その青緑の瞳には初めて会った時の様な鋭さはなかった。


 いつの間にか腕には点滴が繋いてあって、左半身には仰々しく包帯も巻かれてる。

 いつの間にか眠ってしまったんだ。


「その熱傷は時間がかかるそうだが、ちゃんと治るらしいから心配するな」


「はい……」


「その点滴が終われば帰れる。 だからもう少し安静にしてろ」


「ありがとうございます」


 するとアルフレッド様は私に向けて頭を下げた。


「え?」


「色々と君を試す様な事をして申し訳なかった」


「そんな、突然セロが入って来たんですから当然です! 寧ろ助けて下さりありがとうございました!」


 慌ててお礼を伝えたらアルフレッド様はほんの少しだけ眉を下げた。


 そう、殆どの人がまともにセロと関わった事がないんだからセロの事を知らなくて当たり前。

 それよりも、セロだとわかってからも変わらず接してくれるのが何より嬉しい。


 目を付けられた時はどうしようかと思ったけど、案外いい人なのかもしれない。


「…………」


「…………」


「あの、フェリス様は……」


「フェリスなら君の着替えを用意しに行った」


「そうですか……」


 ということはここに居るアルフレッド様は私の看病役という事かな。

 フェリス様が戻るまで、このまま二人きりはかなり気まずい。


「そう言えば、リリアナ嬢との決闘の件だが」


 そうだ、忘れてた!


 リリアナ様からの申し出だったとは言え、挑発に乗った私にだって非はある。

  一ヶ月位演習に参加させてもらえないとか有り得るのかな。

 下手したら私も同様除名処分かも。

 私はゴクリと固唾をのんで次の台詞を待った。


「魔法剣をもつ相手によくあそこまでやったな」


「へ……」


「俺の見解でいくと、セロは弱く脆い。 それは他の者達も同様に考えていただろう。 だがそれが今回見事に覆された。 今後は更に厳しい目で見られるだろうから、これまで以上に注意しておけ」


「承知しました。 で、私への処罰は……」


「そんなものあるわけ無いだろ」


「お咎め、無しですか……」


「なんだ、罰が欲しかったのか?」


 私がブンブンと首を横に振ると、アルフレッド様は大きく溜息をついた。


「まぁ秩序を乱した事は注意しておく。 だが君は教官すら手が出せない事態を一人で治めたんだ。 後はキアノスへの忠義心を評価したまでだ」


「……」


「何だ、不服か?」


「いえ! ただ、いつも理不尽に悪者扱いされてたので、話を聞いてもらえるなんて思わなくて……」


「……キアノスが君を信頼している様だからそうした迄だ。 とにかくニ週間は自宅療養だ。 しっかり休んで治してこい」


 信頼。


 閣下とは出会ってからまだ日が浅いのに、そんな風に見えるなんて思いもしなかった。


「……どうした」


「私は命を救ってもらっただけなのに、閣下が私に信頼を寄せるなんてあり得ないのではないかと……」


「アイツは君を大事にしている。 気づいてなかったのか?」


「それは私と師匠が同じなだけで、そんな大それた話じゃありませんよ」


「違う」


 アルフレッド様は腕を組みフン、と鼻を鳴らした。


「じゃあどういう意味ですか?」


「……なんだ、無自覚か」


 さっきから含みのある物言いばかりだ。

 目上の人に失礼だと思いつつも、私は眉間に皺を寄せた。

 するとアルフレッド様はニヤリと口の端を上げた。


「君の話になると、アイツは結構表情を変えるぞ」


「それって普通の事じゃ……」


「しかめっ面はよくするが、それ以外は俺も殆ど見たことがない。 ましてや他人の事ではな」


 本当に? 

 閣下は私と会った時も騎士になる事を了承してくれた時も、僅かだけど笑ってたし。

 全く見当がつかない。


「まぁ俺が口出しする事でもないし、一度本人に聞いてみろ。 でないとアイツは一生言わないつもりだからな」


「はぁ……」


「言っとくが君の為じゃない。 フェリスと君とが少しでも一緒にいないで済むようにと思って言ったまでだ」


「はい!」


 あぁ、そういう事ですね。

 でもフェリス様が言ってた通り、アルフレッド様は優しくて、閣下の良き理解者。

 この人なら、信じられそうだ。


「まぁ、俺から言うことはそれぐらいだ。 そろそろ俺は仕事に戻るが、君はフェリスが戻って点滴が終わるまでしっかり安静にしておけ」


「はい!」


「そうだ、もう一つ」


 アルフレッド様は衝立用のカーテンに手をかけながら、もう一度私の方を振り向いた。


「調子が戻ったら俺を訪ねてこい。 以前に言った魔晶石の事で話がある」


 そうだ、閣下もアルフレッド様なら詳しいって言ってた。


「フェリスを守ってくれた件もあるし、特別に教えてやる。 では失礼する」


 そう言ってアルフレッド様は今度こそ行ってしまわれた。

 

 アルフレッド様っていい人過ぎる!

 これはしっかり療養して会いに行かなくては。

 生きることがこんなにもワクワクする事だなんて、数日前の私には想像もつかなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る