募る思いの行先は

 執務室に着くと、アルフレッドは早々にソファへ腰掛けた。

 

 シヴェルナ王立騎士団第一軍『黒の騎士』アルフレッド・ヴィオノス。

 俺が騎士団長になった際に自ら俺の補佐官に志望した風変わりな男だが、付き合いとしては結構長い。

 口うるさいが、信頼出来る友人だ。


 そんなアルが真面目な顔で座っている。

 一体何があったんだ。

 向かいの席に腰を下ろすと、アルは待ってたと言わんばかりに口を開いた。

 

「ロゼを預かってもいいだろうか?」


「……は?」


 それ以上の言葉が出てこなかった。


 まさかとは思ったが、この二日の間でそんなに親密になったのか?

 ロゼの話しぶりからそんな気はしていたが、フェリス以外眼中に入らないアルにこんな事があり得るのか?

 いや、心変わりする程気が合ったのかもしれない。

 複雑な気分だが、ここは背中を押してやるほうが良いだろう。


「俺の許可なんて必要ないだろう。 好きにすれば良い」


「そうか! ならそうさせてもらおう」


 ……随分と嬉しそうだ。

 

 まぁロゼは小柄だし、クルクルと表情が変わる所も可愛らしいしな。

 幸せにしてやれなくても側で見守るぐらいならと考えていたが、それも必要なさそうだ。


「で、いつからだ?」


「謹慎明けからのつもりだ。 色々試してみたい事があるんでなるべく早くと考えてる」


「謹慎明け……? どういう事だ?」


「さっき演習を見に行ったら外の生徒と決闘試合をやってたんだ。 中々見応えあったぞ」


「生徒間での決闘は禁止の筈だろう。 何故止めなかった!」


「リーヴェス教官の時も思ったが、お前に似てなかなか綺麗な剣筋だったからつい魅入ってしまってな」


「……何だそれ」


 内容が気になるだろう。


「で、決闘試合になった経緯は?」


 するとアルフレッドがニヤリと笑った。


「フェリスとお前の尊厳を守る為だと」


「フェリスと……俺?」


「お前を侮辱されてかなりご立腹だったぞ。 部下の鏡だな」


 ふとロゼと打ち合いを終えた後の事を思い出した。


『これからは私が貴方を全力でお守りしますから!』


 あれは冗談ではなかったのか。

 ロゼの幸せを奪った俺にそんな資格はないのに、自分の心が揺れたのが分かった。 


「おい、耳が赤くなってるぞ」


「気の所為だろ。 とにかく話は分かった。 後日彼女の荷物も送るから、しっかり守ってやってくれ」


「おい、どこに住まわせるつもりだ」


「どこって、お前の所だろう。 一緒にいるんじゃないのか?」


「住み込みまでさせるつもりはないぞ。 怪我の具合もあるからお前の所にいるほうが何かと安心だろう」


「……おい、怪我の具合ってどういう意味だ?」


「あぁ、言ってなかったな。 例の決闘で相手が魔法剣を使ったもんだから熱傷を負ったんだ」


「セロには回復魔法が使えないんだぞ?! ちゃんと無事なんだろうな!!」


「手順を踏んで措置してもらったから問題はない。 点滴が済めばすぐ屋敷に戻れる」


「そう、か……」


「分かったなら手を離してくれ」


 指摘されて、自分がアルの胸ぐらを掴んでいた事に気付いた。


 アルから手を離し、俺は全身を預けるように椅子に座り込んだ。

 手が震え、古傷が痛み出す。

 しっかりしろ、彼女は無事なんだろう。

 彼の様に居なくなったりはしない。 


「彼女なら西棟側の医務室にいる。 そんなに心配なら顔を見に行ってこい」


「だが……」


「先遣隊の報告なら俺が聞いておく。 何ならそのまま連れて帰れ」


「……すまない」


 


 その後の事はあまり覚えていない。 

 気付けば息を切らし、アルの言っていた医務室の前に立っていた。

 焦燥感に駆られ医務室の扉を開けると、上半身に包帯を巻いたロゼがこちらに気づいて目を丸くした。


「閣下?! そんなに汗をかいてどうしたんですか?!」


 そんなの俺が聞きたい。

 だが発端は間違いなく君の所為だろう。

 反省してほしい所だ。

 だがロゼが俺を呼ぶ声を聞いて、ざわついていた胸の奥がようやく静まっていく。

 何より、一刻も早くロゼの顔が見たかったんだろう。

 

 もう少しだけ、構わないだろうか。

 

 君が無事だった事を、もっとこの手で実感したい。

 

 



 








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る