第10話 貴女は私が守ります 

 私を指差してるんだから召使いって私の事だよね。

 とうとうそこまで落ちてしまったか。


「で、私に勝ったら二度とフェリスさんには手は出さないと誓うわ。  どうかしら?」


  上から目線なのが気になるけど、決闘で決着をつけようという話だな。

  本来なら応える義務はない。

  でも度重なる侮辱に私の我慢も限界に来ていた。


「では私が勝ったらフェリス様への謝罪、食べ物を粗末に扱わない事を約束して下さいね」

「え、食べ物? まぁいいわ。 で、私が勝ったら貴女が私の下僕になりなさい!」


  意気揚々と私を指差したという事は、私が下僕になるということか。

 何処までも優位に立ちたいんだな。

 ここまで来ると流石に呆れてしまう。


「いいですよ」

「「「「え?」」」」


 見事な程に全員の声が揃った。

 でも私は気にせずそのまま続ける。


「で、下僕って一体どのくらいの期間やればいいんです?」

「え、えっと……、そうね、一ヶ月……いえ、半年よ!!」

「わかりました」

「え?! 本当に出来るんですの?!」

「半年なんてあっという間でしょう。  問題ありません」


  すると今度はどよめきが起きた。

  七年も下僕生活だったんだから半年なんてあっという間だ。

  それに下僕と言っても、相手は由緒正しき貴族。

 きっと荷物持ちとか使いっ走りにされる程度だ。

  失敗したからと言って半殺しにされる事はきっとない。

  なので全く問題なし。

  するとピーッと始業開始十分前知らせる笛が鳴った。


「セロの分際で私を馬鹿にして……。 余裕なのも今の内よ!!」


 こめかみに青筋を立てながら、リリアナ様は側についてた二人を引き連れて立ち去った。

 あれだけ好き勝手言っといて、まだ足りなかったみたいだ。

  けどようやく一段落つき、フッと肩の力が抜けた。


「ごめんなさい!」


 声に驚いて振り返ると、フェリス様が私に向かって頭を下げていた。


「本当にごめんなさい!  ロゼまで巻き込んじゃって……」

「私が勝手に決めた事なので謝らないで下さい!  それに私の方こそフェリス様に謝らなきゃいけなかったんです! 昨日は申し訳ありません!!」


 私が頭を下げたのを見たフェリス様は、フルフルと小さく首を横に振った。


「ロゼは何も悪くない。 あれは私が無知だったせいだから怒られて当然だよ」

「ですが……」

「私を助けに来てくれて本当にありがとう」


 フェリス様は大きな薄紫の瞳に涙を滲ませながら微笑んだ。

 そして潰されたケーキに視線を落とした。


「あのケーキね、本当はロゼに食べてほしくて買ってきたの。 昨日どれも美味しそうに食べてたから、これも好きかなって……」

 

 そんなにも私の事を思ってくれてたなんて。

  私は潰れてしまったケーキを拾い上げ、口に一口入れた。

  昨日食べたのとは違って、爽やかなレモンの香りがするフルーツ入りのパウンドケーキだ。


「だめ!汚いから!」


 フェリス様は私の手から急いでケーキの包みを取り上げた。


「でも私の為にわざわざ用意してくれたものを粗末にするなんて出来ません」

「じゃあ明日同じの買ってくるからこれは食べないで!」


 別にゴミ箱から拾ってきた訳じゃないのに、と言いかけたけど、これ以上フェリス様を困らせるのも不本意だ。


「この味も好きです。 今度はフェリス様と一緒に食べたいです」


 するとフェリス様の顔にパアッと笑顔の花が咲いた。

 本当に可愛い人だ。

 こんなかわいい人を放っておくなんて、やっぱり閣下はどうかしてる。

 あんな噂がたつのも仕方ないと思う。


「それはそうと、本当に大丈夫なの? リリアナは剣術も魔法も騎士見習いの中ではトップだよ?  それなのに……」


  フェリス様の言う通り、リリアナ様は舞うように剣を振るい、靭やかな動きで相手を翻弄させる。

  上手いと言うか、厄介な相手ではある。


「それでも大丈夫ですよ」


 私は胸に手を当て、フェリス様に騎士の礼をした。


「フェリス様がまた悲しい思いをしないよう、必ずリリアナ様に勝ってみせますので待っててくださいね」

「え? あ、はい……。 よろしくお願いします……」


 するとフェリス様の顔がみるみる内にリンゴのように赤くなっていく。


「フェリス様?」

「恥ずかしいから今来ちゃ駄目!!」


 心配になって手を伸ばしたけど、何故か接近禁止令を出されてしまった。

 もしかして拾って食べたのが良くなかったのかな。

  自分の意地汚さに反省しつつ、私はリリアナ様の攻略方法を探ることにした。


 ◇◇◇◇


「セロさん、よろしくお願いしますわ」

「ロゼです。わざと間違えないでください」

「あらやだごめんなさい」


 さっき迄の顔つきとは打って変わって、オホホと上品に口元を隠して笑う。

 表と裏でこんなに落差があるなんて、やっぱり貴族って怖い。


「今回は演習は真剣を使っての演習なので、魔法の使用は厳禁だ。 怪我のないよう心してかかれ!」


 教官の説明にホッと胸をなでおろす。

 魔法まで使われたらさすがに私も手加減出来るか分からない。


「そして人道に則って剣を振るうように」


 ……最後の一言はきっと私に向けた言葉だな。

 人を化け物みたいに言わないで欲しい。

 まぁ前科はあるし一応心に留めておこう。

 

「ロゼさん、もうよろしいかしら?」

「はい、よろしくお願いします」

「言っておくけど、手加減は出来ないと思うのでご容赦なさって」

「わかりました」


 私が返事を返した途端、リリアナ様は剣を構え一直線に向かってきた。


 ガキィンッ!!


 剣と剣とがぶつかり合い、耳を劈くような音が響き渡る。

 演習なんだからここまで激しくやり合う必要なんてないんだけど、過去に私が男三人をふっ飛ばした噂を聞いていたんだろう。

 先手を打って勝とうという魂胆か。


「私の一撃を受け止めるなんてなかなかやるじゃない」

「ありがとうございます」


 剣を弾き距離を取ると、リリアナ様はフフフと不敵に笑った。

 噂になるだけあって、瞬発力、身体能力、剣筋もルバート様とは比べ物にならない程に洗練されてる。

 でも閣下と比べたらなんて事は無い。


「まだまだ行きますわよ!!」


 その後もリリアナ様からの攻撃は絶え間なく続く。

 私も負けずと反撃のタイミングを見計らって受け流していった。

 そうして何度も打ち合っていると、余裕を見せていたリリアナ様の表情がどんどん険しくなってきた。


「ふん、セロのくせにホント生意気ね。 この場に一緒に立ってるのが腹立たしいわ。   入団したくてキアノス様に身売りでもしたの?」


 ようやく手を止めたかと思ったら、今度は聞き捨てならない台詞を口にした。


「閣下はそんなくだらない人選をする方ではありません」

「だとしても、魔法も使えないセロなんか連れてくるなんてやっぱり理解できませんわ。 

もしかしたらキアノス様も貴女と同じだからかしら」

「……どういう意味です?」

「キアノス様も『魔力なしセロ』なんじゃないかってことよ」


 カッと全身の血が滾り、瞬時にリリアナ様の喉元に剣を突きつけた。


「ヒッ……!」 

「フェリス様だけでなく閣下まで侮辱するなら容赦しません」

「あ、あら……ようやく本気でやり合う気になりました?」

「はい、謝るなら今ですよ」

「誰がセロなんかに」


 するとリリアナ様はポツリと何かを呟いた。

 次の瞬間ボォッ!と発火音と共に沸き起こった炎が、私を振り払おうと襲いかかった。


「熱っっ!!」


 咄嗟に飛び退いたけど左胸元を焼かれてしまった。

 よく見ると、剣が炎に飲み込まれたかのように煌々と赤く燃えている。

 炎タイプの魔法剣だ。


「魔法の使用は禁止の筈です!」

「セロにやられるよりマシよ!!」

 

 炎はリリアナ様の咆哮と共に膨れ上がり、怒涛の剣戟を繰り出す。

 あんなに疲弊していたのにまだこんな力があったんだ。


「このまま私に凌駕されなさい!!」


 威力を増したリリアナ様の剣戟はかなり危険だ。

 けれど炎を纏った分だけ重くなったのか、速度がかなり落ちてる。

 魔法剣の扱いにはまだ不慣れみたいで、剣筋もわかりやすくなっていた。

 やるなら今だ。


「ハァ!!」


 今度は私から剣戟をぶつけていく。

 炎を斬るように素早く打ち込んでいけば、リリアナ様は火力を弱め防御するしかない。

 けれどリリアナ様は攻撃を受け止める度、間近に迫る炎に顔を歪めた。

 もしかしたら制御出来なくなってるのかもしれない。


 このままではリリアナ様が危険だ。 

 私は手を止め、咄嗟に焼けた制服を破き、リリアナ様の剣に被せ炎の勢いを止めた。

 そして思い切り蹴り上げ、リリアナ様の手から剣を弾き飛ばした。


「キャアッ!!」


 煌々と燃えていた剣はリリアナ様の手から離れた途端に元の剣に戻り、数メートル先にガシャン、と落ちた。

 それを握っていたリリアナ様も勢いよく地面へ倒れ込んだ。


「うぅ……」

 

 何とか意識はあるようだ。

 私は剣を地面に刺し、息を吐いた。

 気づくと胸元がスースーする。

 よく見ると白シャツの左上部が大きく焼け、他にも火の粉を被って穴が開いてた。

 替えの制服、持ってきてたかな。

 すると決着がついたのを見て、フェリス様がこっちへ向かって駆けてくる。


「ロゼ!!」


 そして来るなり私の首にギュッとしがみついた。


「すっごくカッコよかった! ロゼは私の王子様だよ!!」

「お役に立てて光栄です」


 『王子様』という言葉に照れつつも、弾むような声を聞いて私は再びホッと胸を撫で下ろした。


「でも無茶しすぎだよ! これ着てジッとしてて!」


 直ぐ様フェリス様はバサッと制服の上着を私にかけ、そのまま地面に座らせた。

 そして焼けた胸元に手をかざした。

 回復魔法をかけてるのか、痛みがどんどん引いていく。

 そしてとても温かい。

 優しいフェリス様の魔法だからかな。


「君がロゼ・アルバートだね?」


 するといつの間にか、フェリス様の背後に白金の髪の男が立っていた。

 魔法に気を取られていたからか、何の気配も感じなかったので心底驚いた。

 思わず剣がないか探してしまった。

 

「そんなに警戒しないで。 怪しい者じゃないから」


 そう言って男は翠色の瞳を細め私達に微笑みかけた。

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