第11話 男の思惑
「いやぁ、なかなか見ごたえのある試合だったよ」
少し高めの声からして閣下より年下だろうか。
白馬が似合いそうな好青年といった風体だけど、服装は白ではなく、閣下と同じ漆黒の軍服に金竜の紋章が刺繍されている。
ということは『黒の騎士団』の関係者だ。
「エ、エメレンス様……?!」
背後から声を掛けられたフェリス様も動揺して声が上擦る。
思いがけない人物の登場に、急いで立ち上がり背筋を伸ばした。
「あぁ、フェリス嬢は治癒の続きをしてくれ。 いつまでもその格好でいたらロゼの主人が黙ってないだろうから」
「は、はい!」
フェリス様は一礼して再び私の方を向いて治癒を再開した。
エメレンス様といえば相当な魔術の使い手で、閣下の副官だった筈。
フェリス様越しにチラリと目を向けると、エメレンス様と目が合ってしまった。
「初めましてだよね。 僕は『黒の騎士団』の副団長エメレンス・アンカスター。 閣下から話を聞いて見に来たら、想像以上に凄いものが見れたよ」
「新人のロゼ・アルバートです。 この度はご足労頂きありがとうございます」
「先程の冷静な対処も流石だった。 閣下が一目置くのも分かるよ。 今度はぜひ僕とも手合わせ願いたいな」
「そんな、エメレンス様には到底敵いませんから!」
「そんなのやってみないとわからないだろ?」
「いくら剣の腕を磨いても、騎士団一の魔術師に勝てるとは思いません」
「そうか、それは残念だなぁ」
何とか引いてくれてホッとした。
笑っているけど、まるで品定めされてる様な鋭い視線に緊張してしまう。
この人、苦手かも。
「そんな怖い顔しなくても何もしないから安心して」
「!」
そんなに顔に出てたかな。
心を読まれたみたいで益々怖い。
「エメレンス様! 一体どうされましたか!」
リリアナ様の手当てを終えた教官が慌てて様子を伺いにやってきた。
するとエメレンス様の瞳が深く、鋭くなった。
「剣技演習中の魔法は原則禁止、そして過度な打ち込みも秩序を乱すから禁止しているのに、貴方は何故止めなかったんです?」
口調は優しいのに、ビリビリと空気を震わせる様なとてつもない圧を感じる。
教官も慄きタラタラと額から汗を流す。
「あ、あれはですねぇ、ロゼ・アルバートが勝手にリリアナ嬢に決闘を仕掛けたと聞きまして……」
「へぇ、僕にはリリアナ嬢から仕掛けたように見えたんだけど」
エメレンス様は、安静中だったリリアナ様の方へと視線を向けた。
それに気づいたリリアナ様は慌てて身なりを整え、目をウルウルさせてこちらを見た。
「私は止めようと何度も訴えました! ですが、ロゼさんが諦めてくれなくて……」
え、何故か私のせいになってる。
今度は責任転嫁するつもりだ。
「そうか……。 あの最初の切り込みは見事だと思って見てたんだけど、僕の勘違いだったか」
「見てくださったんですか?!」
「あぁ、規律を破ってまで勝利を得ようとした所も含めてね」
「あ……」
エメレンス様が小さく溜息をつくのを見て、リリアナ様の顔があっという間に青ざめる。
「あのままロゼが止めなければ君の命に関わる重大事故になっていた。 君は聡明だと思っていたけど非常に残念だ。 だからそれ相応の処分を受けてもらうよ」
エメレンス様はリリアナ様の前に跪くと、腰に下げてあった銀色の細いリングを外し、そのままリリアナ様の両手首にカチンと嵌めた。
青緑色の石がボタンの様に一つ埋め込まれているだけのシンプルなデザインの腕輪みたいだ。
「あの、これは一体?」
「君の魔力を封印する魔道具だよ。 着用期間は三ヶ月だ」
「三ヶ月?! それでは今度の昇進試験に参加できません!」
「それだけ君は危険な行為をしたということだ。 そして侮辱したセロと同じ立場に立ち、自分が愚かだったと反省するんだ」
騎士の称号取得の有力候補だったリリアナ様は、憧れのエメレンス様に微笑みかけられてもショックのあまり言葉が出なかった。
「どうやら最近は禁止事項を破る者が出ているみたいだし、各々で日頃の気の緩みを正すようにしてくれ」
「「「はい!!」」」
私に刃を向けてきた人間はこれで三件目。
これ以上興味本位でセロに近づくなという事だろう。
「ロゼ・アルバート」
「は、はい!」
「勿論君も決闘に応じたのだから罰はうけてもらうよ」
今回ばかりは報告書だけじゃ済みそうにない。
昇進試験が受けられないとなると、爵位を取り戻して独立する夢が遠のいてしまう。
ひんやりとした笑みを浮かべるエメレンス様を見て、私は思わず息を呑んだ。
「本来なら君も三ヶ月の謹慎処分と言いたいけど、今回は被害を最小限に食い止めた功績によって謹慎期間は一ヶ月間に短縮しよう。 いいね?」
「え? あ、はい!」
「その間しっかり座学に打ち込めるよう課題も沢山だしておくから頑張って励んでね」
「え……」
「何か?」
「いえ、何にもありません!!」
もしかして、この人は私が座学が苦手だというのに気づいててこの処分にしたんじゃ……。
「それと、これを」
するとエメレンス様は、フェリス様の代わりにと自分の上着をかけてくれた。
「男物の方がしっかり隠せるから僕のを使うと良いよ」
「で、ですが……」
「閣下伝手に返してくれればいいから」
「あ、ありがとうございます……」
「そうだ、後で執務室にも寄ってくれるかな。 課題を渡すからとりに来てほしいんだ」
「承知しました……」
そう言ってエメレンス様はにこやかにこの場を去っていた。
そしてエメレンス様の姿が見えなくなった途端、女子を中心にワッ!と騒ぎになった。
「エメレンス様をあんな間近に見られるなんてすごくラッキーじゃない?!」
「笑顔も素敵だけど、教官を睨んだ時のあの顔なんてもカッコいい!」
「やっぱり迫力が違うな。 さすが黒の騎士団だ」
そこに合わせて私へ痛い程の視線が注がれる。
皆して『なんでセロが……』と言わんばかりに。
あぁ、早くこの場から立ち去りたい。
「ロゼ、もう痛い所ない?」
「はい、もう大丈夫です」
ずっと隣にいてくれたフェリス様が、私の顔を覗き込んで私の様子を伺う。
「それにしてもエメレンス様がこんなところまで来るなんて、ロゼって有名なんだね」
「同じ有名になるんだったら、ちゃんと騎士になった時の方が良かったです」
「ロゼならきっと出来るよ。 それで、実際に本物と会ってみて何か感じた?」
「……恋心以前に、近づきたくないタイプでした」
「フフ、なら良かった」
するとフェリス様は私の腕にするりと自分の腕を絡めた。
その瞬間、今度は男子のほうからどよめきが起きた。
「な、何ですか?」
「謹慎があけたら一緒にケーキ食べよう。 私、ずっと待ってるから」
「は、はい……」
愛らしさが倍増してるような笑顔。
そして恋人同士の様な距離感にたじろいでしまうけど、まぁ笑ってくれてるから良しとしよう。
◇◇◇◇
結局替えの服は持ってきてなかったので、エメレンス様に借りた上着を着て執務室に向かう羽目になった。
育成所なので、萌黄色の制服を着た見習いが大半だ。
なので黒の制服を着ていると悪目立ちしてしまう。
替えを持ってきてなかったから自分が悪いんだけど、まるで針の
色々あってへとへとなのに、更に疲れが溜まってしまいそうだ。
ズン、と重い体を引きずりながら、執務室の扉を叩いた。
「……失礼します」
「やぁ、待ってたよ。 さぁ入って」
中から笑顔でエメレンス様が出迎えてくれた。
戸惑いつつ中に入ると、正面の執務机で作業をしているキアノス様と目が合った。
しまった。
目が合った途端、キアノス様は腕を組み物凄い剣幕でこちらを睨んでる。
これはもう話は通ってる。
間違いなく説教モードだ。
「エメレンスから話は聞いた。 また一戦交えたんだって?」
「申し訳ありません……」
「全く、君も懲りないな。 ……で、何があった?」
「フェリス様や閣下を蔑ろにするような言動が許せなかったんです」
そう正直に話したら、何故か閣下は目を丸くして私を見ていた。
「……それだけで?」
「それだけです」
すると閣下はフイと顔を背け、ガシガシと頭を掻いた。
そして隣で聞いていたエメレンス様がクスクスと笑ってる。
「友人だけでなく閣下の尊厳まで守ろうとしたんですか。 優秀な部下じゃないですか」
「……だからといって騒ぎを起こしていい理由にはならない。 中傷など聞き流しておけばいい」
「そんな! 閣下は悔しくないんですか?」
「俺は騎士団を統率する立場だ。 全ての者が俺を慕っている訳ではない事位理解している。 君が気に病む事は一切ない」
閣下の冷めた視線が針の様に胸を刺す。
この人は敵意も嘲りも中傷も、全て受け止めてここに立っているんだ。
見習いの私なんかが出る幕じゃない。
「まぁまぁ、閣下の事を思ってやった事ですし、ロゼもそんな暗い顔しないで。 今課題を用意するから少し待ってて」
「よろしくお願いします」
エメレンス様は私の肩をポンと叩き、備え付けの書斎室へと向かった。
静寂の中、閣下と二人きりになってしまってかなり気まずい。
「で、何故君がその制服を着ている?」
口を開いたと思ったら、何の脈略のない話をはじめた。
「服が焼けてしまったのでエメレンス様が貸してくださったんです」
「服が焼けた?!」
「はい」
「それを早く言え!」
すると閣下は突然自分の着ていた上着を脱ぎ、それを私に差し出した。
「俺のを着てろ」
「え、でもエメレンス様のがありますから……」
「それは俺から返しておく。 それとも君は俺の屋敷に他の男の服を持ち込むつもりか?」
「え? ……わ、わかりました」
頷いたものの、よくわからない言い分だ。
でもこの様子だと大人しく従うしかないみたいだ。
私はエメレンス様の上着を渡すと、閣下の上着に再び袖を通した。
閣下のはエメレンス様のよりも大きくて、自分と同じ石鹸の匂いがする。
何だろう。
緊張してるのか、ドキドキと脈動が早くなってくる。
「今日は一緒に屋敷に戻るぞ」
「え、でも閣下はお仕事があるのでは……」
「すぐに終わらせる。 ユーリを呼ぶからそこで待ってろ」
閣下は私の返事を待たずに、執務机に置いてあった書類の束に目を通し始めた。
眉を寄せてまで仕事をするなら、私のことなんて放っておけばいいのに。
複雑な思いを抱えながら、私は一人用のソファに腰掛け時間が過ぎるのを待った。
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