第6話 其々の恋愛事情

「さぁ、存分に食べてね!」


 目の前にある三段のケーキスタンドには、美味しそうなケーキ達が早く食べてと自己主張してる。

 そして手元にはケーキを引き立てる白くて美しい食器と銀のカトラリー。

 伯爵家のお茶会ってこんなにも豪華なんだ。

 逸る気持ちを抑える為、一先ず淹れたての紅茶に口をつけた。

 

「ねぇ、単刀直入に聞いても良い?」

「はい?」

「ロゼってどうやって騎士団に入ったの?」

「どうやってって……」

「悪い意味じゃないの! 私達は剣の心得と一定の魔力量があれば入れるけど、ロゼはそうじゃないんでしょ? やっぱり剣術?」


 ワクワクと目を輝かせる表情から、ただの純粋な好奇心なんだと分かる。 

 蔑みの目で見られるのには慣れているけど、自分に興味を持ってもらってるって分かると何だか恥ずかしい。

 

「実は閣下に命を救って頂いたので、その恩返しにと思って志願したんです」

「そこであの技見せたの?」

「いえ、閣下と打ち合ってです」

「え、あの王国一の剣豪と直接?」

「はい。あの呼吸する暇もない剣戟が王国一とは……閣下はやはり凄いです!」

「うん、でも魔力無しでキアノス様に打ち込むロゼも相当凄いと思うよ……?」

「そんな、私なんかまだまだです」


 私がケーキを一口頬張ると、フェリス様も少し困惑した表情でケーキを口に運んだ。

 食べたケーキはフワフワで、中のクリームと上に乗ったイチゴとの相性も凄くいい。

 甘さも控えめで、何個でも食べれてしまいそうだ。


「あのキアノス様の剣捌きについていけるって事は、ロゼもキアノス様と同じ型の剣を使ってるのって事?」

「いえ、私のは長剣です」

「そうなの?! 見たい見たい! 今度ぜひ見せて!」

「わ、わかりました……」

「やった! ありがとう!」


 まさかお茶会で伯爵令嬢に剣が見たいとせがまれるなんて思わなかった。

 にしても普通女の人って剣に興味ないと思うのに、閣下の使ってる剣の型まで知ってるなんて珍しい。

 

「フェリス様は閣下の事よくご存知なんですね」

「実は幼馴染なの。 親同士の親交もあったからよく会いに行ってたから」

「そうなんですか?!」

「でも会いに行ったって鍛錬中だからっていつも待たされてばかりだったの。 本当に剣を振るうのが好きだったみたい」

 

 少し眉を下げたフェリス様は、またケーキを一口に切って口に運んだ。

 幼馴染ということは、フェリス様は閣下の婚約者になり得る立ち位置にいるのでは。

 幼馴染なら互いの環境にも理解があるだろうし、少なくともセロの私より世間体を心配する必要がない。 

 なんだ、私が候補になる必要なんてないじゃない。


「もしかしてフェリス様は閣下の婚約者なんですか?」


 直球過ぎる質問だったかも。

 でもフェリス様は驚きつつも、クスッと小さく笑った。


「そんな事もあったけど、キアノス様には昔からこの人だって決めた人がいるみたいなの」

「フェリス様よりも素敵な人がいるってことですか?」

「フフ、ロゼってば面白い事言うのね。 相手の名前は教えてくれないからわからないけど、あの様子だときっと今も想ってると思うわ」  


 そうか、閣下には心に決めた人がいるんだ。

 もしかしたらその人とは事情があって結婚出来ないのかもしれない。

 だから周りは閣下のお眼鏡にかなう人を見つけて、報われない恋を諦めさせようとしているのか。

 でもさすがにセロの私を婚約者候補にするなんてちょっと見境がないのでは。 

 モヤモヤと考えていると、フェリス様は身を乗り出して話しかけてきた。


「やっぱりロゼも気になる? キアノス様のお相手の事」

「え? まぁ少しは……」


 だってその人と閣下が婚約すれば私はお役御免なんだから、出来るならその人と幸せになってもらいたい。

 何ならこちらからその相手に働きかけたいぐらいだ。


「実はね、そうなのかなって思う所があるの」


 突然フェリス様が神妙な面持ちでヒソヒソと小声で話し始める。 


「まさか、閣下の想い人に心当たりがあるんですか?」

「うん。 頑なに教えてくれないから、もしかしたら禁断の恋をしてるんじゃないかなって思ってるの」

「……禁断の、恋?」

「ほら、ユーリ様とかと並ぶと絵になるじゃない? だからそっちじゃないかなと思ってるの」


 あぁ、ユーリ様が嘆く姿が一番に浮かんだ。

 これは苦笑いしか出来ない。

 さすがにユーリ様ではないだろうけど、フェリス様にすら興味がないというならその線だってあり得るのかも。 

 もしそうなら幾ら女性の婚約者候補を立ててもどうにもならないのでは。

 とりあえずケーキを食べてこのモヤモヤを飲み込もう。  

 そうしていると、またもやフェリス様が真剣な面持ちで私の顔を見ていた。


「……何かついてますか?」

「ううん、ロゼは好きな人とかいないのかな、って思ったの」


 私はケーキが逆流しそうな予感を察知し、咄嗟に口元を手で押さえた。

 そして一呼吸おいてから紅茶を飲んだ。


「さっきからなんですか……」

「ごめんね! 実は私がここに入ったのも、両親から婚約者を見つけてこいって言われてるからなの。 そりゃカッコいい人もいるけど、婚約者となると別でしょ? もしロゼにそういう人がいるなら話を聞きたいなって思って……」


 今のご令嬢って、剣や魔法を学びながら婚約者も探すのか。

 随分と平和になったんだな。


「昨日来た所なのにいる訳ないじゃないですか。 そもそも私は長い間一人でいたようなものなので、その手の話には縁はありません」

「じゃあ好きな人のタイプは?」


 ん、んんん……、食いついてくるなぁ。

 いつも生きるのに精一杯だったから考えたこともなかった。

 私は出来れば男性が良いけど、どんな性格が良くて駄目なのかはイマイチよくわからない。

 でも要求していいなら、一つだけある。


「私を大事にしてくれる人、ですかね」


 セロだから誰かのお姫様になることはあり得ない。

 とはいえ、やっぱり大事にされたい欲求はある。


「じゃあエメレンス様みたいな人かしら」

「エメレンス様? 誰ですか?」

「キアノス様の補佐をやってる人よ。 金髪で深緑の瞳、笑顔がまた素敵なの! 誰にでも優しいから特に女子から人気があるのよ」

「その方もやはり強いんですか?」

「えぇ。 因みに得意分野は魔法でね、強力な魔法を幾ら使っても魔力切れしたことないっていわれてるぐらいなの」

「へぇ……どんな方か一度見てみたいです」

「うんうん! もしかしたらロゼも惚れちゃうかもしれないね」

「いや、それはありません」


 私はフェリス様のセリフを切り捨てるようにして自分の意見を被せた。

 案の定フェリス様は目を丸くしていた。


「……ロゼ?」

「セロが魔力を持つ人と結ばれるなんて有り得ません。 恋愛なんて以ての外です」

「そんな言い方しなくてもいいじゃない。 だって誰を好きになるかはその人の自由だよ?!」

「セロにはそれが許されないんです!!」

「っ……」


 さっきまでの談笑が嘘のように、シンと静まり返った部屋に重い空気が伸し掛かる。

 花の様に笑ってたフェリス様はギュッと口を引き結び涙を滲ませていた。

 これ以上一緒に居たらもっとフェリス様を傷つけてしまいそうだ。

 私は椅子を引き、フェリス様と目を合わせない様にして頭を下げた。


「そろそろ失礼します。 美味しいケーキをありがとうございました」

「ちょ、ちょっと待って!」

「有意義な時間をありがとうございました。 それでは」

「ロゼ!!」


 私は何も聞こえない素振りで部屋を出た。

 そして楽しかったこの一時に蓋をするように扉をゆっくりと閉めた。

 

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