第5話 美女との遭遇

 私が一本の細枝を構えているのを見たルバート様お付きの二人は揃って笑い声を上げた。


「おいおい、ようやく観念したのか?」

「する訳ないでしょう。そちらこそ随分とお疲れじゃないですか?」

「「そんな訳ねぇだろ!」」


 その割には息も上がってるし魔力の核もさっきより小さくなってる。

 どうやら魔力にも限界があるらしい。

 それでも私を倒すのは諦めないというんだから凄い執念だ。


「で、そんな枝で俺達に何しようってんだ?」

「勿論、貴方達にひと泡ふかすんです」

「はぁ?!そんなモンさっさと燃やしてやる!」

「できるものならどうぞ」

「後悔するなよ……?」


 ずっと攻撃を避けられたのが余程癪だったんだろう。

 ニヤリと笑った彼らは同時に詠唱すると、さっきとは比べ物にならない程の大きさの炎球を作った。

 二人分の魔力とあって、それは私の身体を飲み込んでしまえる程に大きい。

 合わせ技なら確かに魔力量が少なくても大きな技が出せる。

 息ピッタリの二人だからこそ出来る技だ。

 そこまでして私を倒したい気持ちは理解できないけど、こんなに凄い魔法が見れるとは思わなかった。


「ではお互い恨みっこなしでいきましょうか」


 私は木の枝を肩に担ぐようにして構えた。


「「よっしゃ!喰らえ!!」」


 二人から放たれた炎は豪速球でこちらに向かってくる。

 でもこの程度なら問題ない。

 私は大きく深呼吸した後、細枝を思い切り振り被った。


「ハァッ!!」


 私が放った斬撃は空を裂いて炎球と衝突する。

 すると斬撃がそのまま炎球を真っ二つに割り、ドン!と大きな爆発と突風を引き起こした。 

 ようやく土煙が治まった頃には辺り一帯焼け野原と化していた。

 一撃で切れたのはちゃんと美味しいご飯を食べてしっかり眠ったからだ。

 以前の私だったらあとニ回は打ち込まなきゃ無理だった。

 やっぱり適度な食事と十分な睡眠という健康的な生活は、騎士になる為に必要不可欠らしい。


「さて、次どうします?」

「あ、あぁ……」


 全魔力を込めた炎球があっさりと切られたのが余程ショックだったんだろう。

 腰を抜かした二人はとても話せる様子ではない。

 ようやく私を倒すことを諦めてくれたみたいだ。


「なんだ今の爆発音は!って何でここら一帯焼けてんだ?!」


 ルバート様を搬送後、戻ってきた教官が、目を剥いて辺りを見回す。

 そして驚嘆した様子で私を見た。


「これ、君がやったのか?」

「はい。彼らがとびきり大きい火球を投げてきたので切りました」

「切ったって、その枝で?」

「はい」

「……君はセロだろ?」

「はい、魔法が使えないので袈裟斬りで斬りました」

「切り方を聞いてるんじゃない!魔晶石でも使ったのかと聞いている!」

「魔晶石を使う?どうやってですか?」


 確か魔力が結晶化したものだと聞いたけど、それをどうやって使うのかまでは聞いてない。

 首を傾げる私を見た教官は額に手を当てた。


「まぁセロがあんな高価なものを持ってる訳ないか。とにかくこの件については上部に報告させてもらう。君には始末書を書いてもらうから後で事務室に来るように!」

「……はい」


 喧嘩をふっかけられたのは私なのに何だか腑に落ちない。

 まぁこれで変な輩に絡まれる事も無いだろうし良しとしよう。 

 ……ん、ちょっと待って。

 上部ってまさかキアノス閣下の事だろうか。

 もしそうならちょっとまずいかもしれない。

 来て早々に揉めたなんて聞いたら怒られそうだ。 

 ……帰ったら一番に頭を下げにいこう。 

                                                                                     

 ◇◇◇◇◇◇


「その件については聞いている。何というか……まぁ、明日からはあまり目立たぬよう気をつけるように」

「……承知しました」


 訓練を終え、屋敷に戻った私はいの一番に閣下へ報告すると、案の定渋い顔をされてしまった。

 初日ということもあって、今回は厳重注意だけで済み胸を撫で下ろす。

 今後は喧嘩をふっかけられても目立たないように気をつけよう。

 そうして迎えた次の日。

 目立たぬようにと決意したけれど、今度は別の問題が出てきた。

 目を合わさない、避けられる、まるで爆発物かのように距離を置く。

 座学の時間であっても誰一人寄ってこなかった。

 集団行動、信頼関係は、騎士になるには必要不可欠なのに、あの三人のおかげで難しくなってきた。

 頭が痛い。

 一先ず彼らが復活したら、謝罪がてら私の相手になってもらおうか。


「ねぇ、ちょっと良いかな!」


 一人ぼっちで昼食を食べ終え、午後の演習に向かおうとしていた時だ。

 声を掛けられたので振り向くと、この場に似つかわしくない美少女が私に微笑みかけていた。

 鎖骨辺りまで伸びた美しい髪は照明の光を受けて星がキラキラ輝いている様に見える。

 薄紫の大きな瞳に見つめられて、私は返事も忘れて見惚れてしまった。


「いきなり話しかけちゃってごめんね、今時間ある?」

「はい……。あの、貴女は?」

「フェリス・ヘーレン。フェリスって呼んで」


 ヘーレン家といえば確かヴランディ家とも縁の深い伯爵家だった筈だ。

 『人選する時に覚えておいた方が良い』ということで、一晩で交流関係を叩き込まれたのが早速役に立った。


「あの、どういったご要件でしょう?」


 するとフェリス様はパァッと花が咲いたような笑顔で私の手をとった。


「昨日の演習、すごかったよ!」

「はい?」


 始末書まで書かされたので、褒められる箇所がどこにあるのかわからない。

 小首を傾げる私を見たフェリス様は、私の耳元に顔を近づけてコソッと囁いた。


「実はあの三人からしつこく言い寄られてたんだ。だから鼻を明かしてくれてスッキリしたよ」

「それは、良かったです……」


 小鳥の様な愛らしい声に思わず耳が熱くなる。

 何だかあの三人がしつこく言い寄るのもわかる気がする。

 照れる私に気付かぬ素振りで、フェリス様は私と並び歩き始めた。

 

「ねぇ、ロゼの剣技って誰に教わったの?もしかしてキアノス様?」

「いえ、私の父です。何故閣下が出てくるんです?」

「だってあれだけの技が出せるってキアノス様しかいないもの。だからそうなのかなって」


 そうだったんだ。

 リハビリも兼ねて、何度か手合わせをお願いしたことがあった。 

 閣下には遠く及ばないけど、確かに師は同じだから似ていると言われたらそうかも知れない。

 でも昨日の演習を見ただけで気づくなんて、どんな観察眼の持ち主なんだろう。

  

「貴女は一体……」

「その続きはお茶会でしない?私、貴女とお友達になりたいの」


 お茶会。

 ご令嬢が親交を深めるために開くらしいけど、令嬢でもない自分が誘われるなんて思ってもみなかった。

 だけど今の私と関わればフェリス様に悪影響を及ぼしかねない。


「ご遠慮します。私に関わっても良いことはないですよ」

「そんなぁ、すっごく美味しいケーキがあるから一緒に食べようと思ったのに……」


 ケーキ。

 その一言に思わずゴクリと鍔を飲んだ。

 子どもの頃に食べて以来、随分ご無沙汰だ。

 フワフワで甘いあの食べ物が口一杯に広がる時の幸福感は、今でも鮮明に覚えてる。

  

「少しだけなら……」

「ホント?!じゃあ三時に呼びに来るからここで待っててね!」


 食べ物に釣られる自分が情けない。

 やっぱり断ろうと思ったけど、フェリス様はウキウキした様子で訓練場へと向かっていった後だった。

 三時と言うことは午後の魔法演習が終わった頃だ。

 ぼっちを覚悟していた矢先に突然の友達申請。

 しかも同年代の女子とのは初めてだったので、訓練見学中もソワソワと気持ちが落ち着かなかった。


 

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