第4話 なめてもらっちゃ困ります
「ロゼ様、そろそろ起きて出発の準備をしましょう」
「ふぁい……」
閣下に救われて数日。
積もり積もった疲労もようやく解消できたみたいで身体もだいぶ軽い。
これも極上にふかふかなベットのお陰だ。
寝ぼけ眼でエルマーから綺麗に畳まれた服を受け取り、袖を通していく。
父のとは少しデザインは違うけど、今の萌黄色の制服は伸縮性もあって着心地もいい。
私の赤い髪とも相性が良く、まるでドレスを着た様な高揚感に満たされる。
そう、今日から騎士見習いとして訓練を受けられる事になったのだ。
「ロゼ様はドレス姿も素敵ですが、軍服姿もとってもお似合いです」
「へへ、ありがとう」
エルマーにはあの後もセロに世話役なんか必要ないと何度も伝えたけど、彼女の意思は変わらなかった。
閣下の剣戟を魔法も使わずに捌く姿にいたく感動したらしい。
「あの時のロゼ様を見ていたら私も頑張ろう!って思ったんです。ですからロゼ様がセロであっても関係ありません!」
私より二つ下の彼女にはまだ幼い弟妹がいるらしく、仕送りの為に働きに来ていた。
公爵家の使用人だからそれなりにもらえるらしいけど、家族に楽させるにはまだまだ足りないらしい。
そんな健気なエルマーに私の方が根負けしたのだった。
「新しいことを始めるって何だかワクワクしますね!」
丁寧に髪を梳いてくれるエルマーはまるで自分のことの様に喜んでいた。
確かにこうして学ぶ機会が出来てすごく嬉しい。
しかも殆どが剣術や魔法の演習に費やすと聞いて、座学に自信がなかった私としては願ったり叶ったりだ。
「よし、頑張ろう!」
気合が入るよう髪を一つに束ねてもらい、私はいよいよ外の世界への一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇◇
「これから剣技の演習を始める。二人一組になって打ち合いの準備を始めてくれ」
教官が前で教鞭を取り、いよいよ演習を開始する。
騎士見習いがまず通うのが騎士育成所。
ここで基本となる剣の扱い方や魔法の腕を磨き、街の警備や魔物討伐に参加出来る中級クラスへと進むのだ。
それにしても来て初日から剣術の演習だなんて嬉しすぎる。
ちなみに今回使う武器は、一般的に使用されているタイプの剣だ。
長年重量級の剣を使っていたから正直心許無いけど、剣を振るう速度が上がる。
これはこれで楽しみだ。
けど相手は魔物ではなく人間。
力加減は気をつけなきゃだけど、同じ騎士を目指す者同士、仲良く出来たら良いなぁ。
ついでに言うと、七年前の厄災後からはセロが騎士団に入団したという情報はない。
なのでセロがどのように捉えられるのかはわからない。
極力目立たないよう気をつけておこう。
「よう、新入りか。俺が相手してやろう」
軽く素振りをしていると、突然男性に声をかけられた。
振り返ると背後に二人を従えた巨漢が立っていた。
「貴方が私の相手になって頂けるんですか?」
「ルバートだ。さっきから見てたら頼りない素振りだと思ってな。俺が直々に指導してやるよ」
思いやりのある台詞の割にはギラついた目をしてる。
どうやら品定めを終えて私がか弱いと判断したんだろう。
上を目指すのなら早々にライバルを潰しておくのが一番いい。
それに関しては同意見だけど、この人に従うつもりは一切ない。
だって私が忠誠を誓うのはあの方だけだから。
「ルバート先輩、どうぞよろしくお願い致します」
「あぁ、まかせとけ」
ペコリと頭を下げると、ルバート様はまんざらでもない様子で剣を構えた。
「では行くぞ!」
すると息つく間もなく、こちらに向かってきた。
仮にも女相手に奇襲をかけるとはどういうことだ。
男女平等の精神はいいけど危険すぎる。
「もらったぁ!」
でも遅い。
振り下ろされた剣をサラリと避けると、持っていた木刀で彼の足を払った。
盛大にコケたルバート様を見て、後ろについていた男二人は青ざめた顔をしてる。
「大丈夫ですか?」
様子を伺うとルバート様は真っ赤な顔をして立ち上がり、剣先を私に向けた。
「あんなの剣技じゃねぇ!正々堂々とやりやがれ!」
『正々堂々』なんて貴方がいう台詞ですか。
「おりぁああっ!!」
ご所望ならやるしかない。
猪の様に突進してきたルバート様の剣を受け止め、弾こうと上へ振り上げた。
するとしっかりと剣を握っていたらしいルバート様まで持ち上がってしまい、そのまま高く高く巨体が空を舞った。
しまった、力加減を間違えたみたいだ。
いや、気をつけていたんだけど、ここまで弱いとは想定外だった。
「おい!しっかりしろ!!」
教官が慌ててルバート様に駆け寄るも、全く起きる気配がしない。
「今から自習だ!それと、君は誰ともやるんじゃないぞ!」
教官は目を回しているルバート様を肩に担ぐと、私にそう言い残して救護室へと向かった。
言われなくても大丈夫です。
さっきので私の傍から人がいなくなったのだから。
その後も周りから避けられるようになったのは言うまでもない。
◇◇◇◇
午後は魔法を使った演習。
魔法が使えない私は少し離れた所で見学することになった。
演習前に私がセロである事を教官に伝えると、それを聞いていた周囲はひどく動揺していた。
ここにいればいつかはバレる事だし、人の目を気にしていたらいつになっても爵位を取り戻すことなんてできない。
早々に目立ってしまったのは不本意だけど、ここは切り替えて集中しよう。
実は、今まで人が魔法を使う所を殆ど見たことがなかった。
父は大抵剣術で何とかしていたし、母は物心ついた頃には床に伏せてたので魔法を使っている印象が殆どない。
なのでどんな凄いものが見れるのかとワクワクしている。
拳を握り開始の合図を待っていると、さっき倒したルバート様の後ろについていた男二人が私の前に立ちはだかった。
「おい、お前がセロだというのは本当か?」
「そうですが、何か?」
すると二人はニヤリと口の端を上げて笑った。
「いくら剣が振れても魔法が使えなきゃ大した事はねぇだろ」
「そうそう、セロが魔法使いに適うわけねぇんだし」
確かに魔法が使えないのは不利だ。
防護壁を作ることも、体や武器に強化魔法もかける事も出来ない。
でもそれは一般的なセロであれば、の話。
「折角の演習の時間だ。今ここでルバート様の仇をとらせてもらうぞ」
「え、帰らぬ人になったんですか?」
「勝手に殺すな!全治三ヶ月だ!」
「そうやって調子こいてると痛い目見るぞ!」
今時の騎士団って殆どが貴族出身だと聞いてたけど、ガラが悪かったり卑怯だったり人を貶めようとする人間はいつの時代にもいるんだな。
そんなことを考えてる間に二人は詠唱を始めた。
二人の手に炎が沸き立った瞬間、思わず目が釘付けになった。
彼等の体内に核の様な球体がはっきりと見えるのだ。
それはまるで心臓が動いてるかの様にドクドクと脈を打っている。
これまで魔物ばかり相手にしてたから気づかなかったけど、もしかしたらあれが魔力なのかもしれない。
「ボーっとしてんじゃねぇ!くらえ!!」
ハッと我に返ると、すぐそこまで火球が迫っていた。
初歩の魔法と聞いていたけど、火力、スピード、コントロールがあれば大きなダメージを与えられる。
なので身体を撓らせそれを避けると、彼らに背を向け茂みへと走った。
「おいおい逃がしゃしねぇぞ!」
背後から雷球や火球、終いには水魔法まで使って追いかけてくる。
というか、こっちは武器も持ってないのに容赦ないんだな。
これは何か代わりのものを探さないと。
魔法攻撃を躱しつつ辺りを見回していると、丁度いい細身の枝が落ちていた。
私はそれを拾い、二人に向けて構えた。
さぁ、反撃開始だ。
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