第3話 何故か婚約者候補に選ばれて
まさか騎士団長様が相手になるとは思わなかった。
あんな見事な首落としが出来る相手に敵う訳ない。
でも師が同じ相手とこうして手合わせできるなんて夢の様な話だ。
しかもうまくいけば騎士になれるかもしれない。
こんな絶好の機会を見逃す訳にはいかない。
「引くなら今だが?」
「絶対に引きません」
「よし、ならばこちらから行くぞ!」
キアノス様が鋭い気迫と共に正面から迫ってきた。
まるで稲妻の様な奔りに急いで剣を斜めに構えるも、金属同士の衝突で火花が散り、破裂音と同時に身体が横へと吹き飛ばされた。
片手だというのにとんでもない圧をかけられて両手が痺れる。
これで手加減してるなんて信じられない!
体勢を整えようとしてる間にも、キアノス様はさらなる追撃を仕掛けてくる。
何とか剣で防ぐも、それが精一杯で反撃する暇がない。
気を抜けばやられてしまう。
でもまだだ、まだまだ耐えろ。
必ずチャンスはあるはずだ!
「ハッ!!」
絶え間ない攻撃の末、キアノス様が仕留めにかかろうと剣を振り上げた時だ。
私は咄嗟に強く踏み込み間合いへ入り込むと、脇腹にできた隙を狙って思い切り足を振った。
バシン!!
けどやっぱりキアノス様が上手だった。
いけると思った蹴りは片手で防がれ、そのまま弾き返された。
勢いよく地面にゴロゴロと転げ、仰向けになったところで鼻先に剣先を向けられた。
「ここまでだな」
「……ありがとう、ございました」
雲が流れる青い空を見てようやく生きた心地がした。
でも気分が高揚しているのか、背中に陽の光を浴びるキアノス様が何だか神々しく見える。
負けて悔しいのに、その気持ちすら蹂躙する程にカッコいいなんてずるい。
そりゃ魔物の首をあっさり落としてしまえる人に勝てるとは思ってないけど。
やっぱり制限時間まで耐えれば良かったかな。
冷静さを掻いてしまった自分にはぁぁ、と大きな溜息をつくと、遠くからパチパチと手を叩く音が耳に入ってきた。
「いやぁ、魔法も使わずにあそこまでやるとは想定外でした。 お見事です」
ユーリ様の背後にはいつの間にか屋敷の使用人達が揃って手を叩いていたのだ。
私はキシキシ痛む身体を起こして頭を下げた。
「ありがとうございます。 でも騎士になることは……」
「いや、君の勝ちだ」
「ひゃぁっ!!」
フワリと身体が浮いたと思ったら、あの整ったキアノス様の顔がすぐ側にあった。
キアノス様が私を抱き抱えていたのだ。
「俺は咄嗟に君の蹴りを空いてる手で止めてしまった。 だからこの試験は合格だ」
「じゃあ私も騎士になれますか?!」
「あぁ、許可しよう」
「ありがとうございます!!」
「では早速屋敷に戻って身体を休めるんだ」
「はい!って……屋敷って、キアノス様の?」
「そうだ、君の居場所はこのヴランディ家になる。 これは上司からの命令だから拒否権はないぞ」
「えぇ……?!」
上手くやったつもりなのに、逆に丸め込まれてしまった。
けどいつぶりかに感じる人の体温、疲労感に加えて心地よい振動。
『ここにいていい』といわれて本当は嬉しかった。
こうなったらとことん強くなって、中傷もも全て返り討ちにしていけばいい。
私の功績も上がれば爵位も無事に継承できるし、キアノス様に恩返しも出来る。
「キアノス様、いえ閣下! これからは私が全力で貴方をお守りしますから!」
食い気味に話す私をみて閣下は暫く固まっていたけど、ぎゅっと私を引き寄せて『よろしく頼む』と返事をくれた。
なりたいのはお姫様じゃなくて、お姫様を守る騎士。
閣下は男性だからちょっと性別は逆だけど、それもありだと思う。
ようやく見えてきた展望に安堵した私は、屋敷に戻る前に閣下に身体を預け眠りについた。
◇◇◇◇◇
「討伐に行かなきゃ!!」
慌てて飛び起きると、湿気のこもった暗い部屋ではなく白い壁に囲まれた清潔感あふれる広い部屋にいた。
ここは一体何処だろう。
グルリと部屋を見回すと、同年齢かと思われる女性と目が合った。
「ロゼ様、おはようございます。 ご気分はいかがですか?」
「おかげさまで……って、ここは……」
「ロゼ様のお部屋ですよ」
「私の?! ちょっと待って、閣下やユーリ様は……」
「ユーリ様はおそらく書斎か執務室です。 キアノス様でしたら夕刻には戻るご予定ですから、もうすぐ到着かと」
「もしかして私、一日寝てた……?」
「はい。 それはもう気持ちよさそうに」
閣下を守るって言ったんだから寝てる場合じゃない。
急いでベッドから出ると、女性が慌てた様子で私を引き止めた。
「駄目ですよ! しっかり休養するようキアノス様からキツく言われておりますので!」
「キアノス、閣下に?」
「はい、ですからもう少し安静にしていてください」
それでこんなにも待遇が良いのか。
女性はベッドに腰掛けた私に水の入ったコップを差し出し、恭しく頭を下げた。
「私、ロゼ様の侍女として配属されましたエルマーでございます。 何なりとご用事を申し付けくださいませ」
「侍女って、何で私に?」
「ロゼ様はキアノス様の婚約者候補だと伺いましたので」
「婚約者候補?!」
またもや素っ頓狂な声で叫んでしまった。
「ちょっと待って、騎士団に入団できるって話は聞いたけど、閣下の婚約者候補になったなんて話、一言も聞いてないです!」
「ですが、ユーリ様がそう仰っていたので……」
犯人はユーリ様か!!
こうしちゃいられない。
私はすぐに身支度を整え、エルマーさんを振り切り部屋を飛び出した。
そして屋敷中を駆け回り、ユーリ様を探した。
広い広い屋敷の中を駆け回り迷子になって頃、丁度前から涼しい顔をしたユーリ様がやってきた。
「おや、お加減は如何です?」
「お陰様でバッチシです! ……ってそうじゃなくて、私が婚約者候補ってどういう事ですか?!」
私は無礼を承知で、ユーリ様の胸ぐらを掴み揺さぶった。
それでもユーリ様はまぁまぁとまるで子どもをあやすように私を宥める。
「魔物よりも恐ろしいと言われる閣下の気迫に負けない貴女には婚約者の素質があると思いましてね。 それに見ていると閣下の方もまんざらではなさそうですし」
「だからってセロが公爵家に嫁ぐなんて有り得ませんよ!」
「ヴランディ家は代々騎士の家系ですから、戦に長けた人間であれば多少問題ありません」
「忠誠は誓いましたが婚約者になるつもりはありません。 お断りします!」
「そこを何とかお願いします!!」
突如ユーリ様はガバっと床に膝を付けて私に頭を下げた。
「ヴランディ家はここ何代も養子をとるだけで妻を迎えておりません。 お陰で最近はあらぬ噂が立ち、養子縁組の話も敬遠されているのです。 私からしたらセロを婚約者に迎えるよりも跡継ぎが出来ない事の方が問題なんです!!」
「……あらぬ噂、ですか……」
もしかして幼い美少年ばかりを愛でるという話かな。
そういえばザクセン夫人もよく可愛らしい少年を何人も連れてきて可愛がってたな。
それが世間でのヴランディ家の評判とあったら確かに大問題だ。
だからといって頷くわけにもいかず、土下座をするユーリ様から目を逸らしたら、ガシッと両手を握られた。
「ロゼ様、このとおりです! ヴランディ家を救って下さい!」
「そんなの重すぎます! 他を当たってください!」
「そこを何とか!!」
「おい、何をやってる!」
ブンブンとユーリ様の手を振り払おうとしていると、向こうからキアノス閣下が物凄い剣幕で歩き迫ってきた。
そして私からユーリ様を引き剥がし眉根を寄せた。
「随分と親しげに話してるようだが、ちゃんと休んだのか?」
「はい!……って、一日も寝てしまって申し訳ありません」
「いや、君の場合は一日じゃ足りないぐらいだ。 気にせずしっかり休んでくれ」
休んでていいなんていい素晴らしいんだろう。
ただこの屋敷に身を置くのは気が引ける。
がんばって一日も早く何とかしなきゃだ。
「そうだ、忘れない内にこれを」
閣下は胸ポケットから白いハンカチに巻かれた包みを取り出し、手の上で布を開いた。
「見つけて下さったのですね!」
「やはり君のものか」
そこにあったのは、シンプルな台座に青緑色の石が埋め込まれたペンダント。
亡くなった母の形見をザクセン男爵に奪われ、質に取られていたのだ。
「その石は魔晶石のようだな」
「魔晶石?」
「シヴェルナの土壌に含まれる魔力が結晶化した鉱石で、そこに力を溜めたり放出するのに使われている代物だ」
「もしかしたらザクセン男爵はそれを知ってて……」
「高価なものだし可能性はあるな。 残っていて良かったな」
すると閣下は私の後ろに回り、ペンダントを私の首に付けた。
「これがあれば魔晶石からでる魔力で君を見つけられる。 ご両親に感謝せねばな」
もしかしてオールナードで逃げられた事を根に持ってるのかな。
探知機を付けられたみたいだけど、不思議と嫌じゃない。
「今度は取られないように大事にします」
「あぁ、そうしてくれ」
閣下の方を振り返った瞬間、私の脳天にピシャァン!っと稲妻が下った。
閣下が笑ってる。
頬を緩めて、紺青の瞳を細めて。
その優しい表情に腰が砕けそうになった。
カッコいい、カッコよすぎる!!
駄目だ、これは気をしっかりもたないと絆されてしまう。
私の目的は一日も早く功績を上げて爵位を取り戻すこと。
そしてこの屋敷から出て身の丈に合った生活をする事だ!
そこに婚約という選択肢はない。
「では早速明日から鍛錬積んで参ります! そして一日でも早く自立します!」
「いや、別に焦る必要は……」
「いえ、これ以上ご迷惑をおかけするのは心苦しいので!」
困惑気味の閣下に向かってビシッと敬礼し、高らかと宣言した。
申し訳ありませんが、婚約者候補は他をあたってもらおう。
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