第2話 貴方に忠誠を誓います


 男は着ていた外套を脱いで私の肩にかけると、背後から差し出された鞘入りの剣を私に見せた。


「この剣は君のものだな?」


 まさに私が昨日置き忘れていった長剣だ。

 柄にはちゃんと父の名が刻まれている。


「……私のです。 拾って下さりありがとうございます」 

「礼を云うのはこちらの方だ。 今までよく生きていてくれた。 もう心配はいらない」


 すると拘束されているザクセン男爵の方へと視線をやると、刀剣狼を倒した時のような恐ろしい殺気を放った。


「七年も欺くとはなかなかやるじゃないか。 どういう手筈なのか洗い浚い話してもらおうか」

「ヒ、……ヒィィィッ!!」


 今にも公開処刑が始まりそうな雰囲気にオロオロしていると、三十程かと思われる男がスッと私の横にやって来た。

 そして長めの黒髪を揺らして優しく微笑んだ。


「怖がらせてしまって申し訳ありません。 私はユーリ・ベルガモント、貴女を保護しに参りました」

「保護って、貴方方は一体……」

「キアノス・ヴランディ公爵閣下率いる、シヴェルナ王立騎士団第一軍『黒の騎士』です」

「く、黒の騎士……?」

「はい。 それはさておき、閣下は大変気が立っておられます。 身体に障りますので私共と先に馬車へ向かいましょう」 

「でも……」 

「ザクセン男爵の身柄は確保しました。 これで貴女は晴れて自由の身です。 我々の屋敷に行って、これまでの経緯と貴女の今後についてお話ししましょう」

「私、ここから出られるんですか……?!」

「はい」


 こうして数奇な出会いと共に、七年という長い長い監禁生活は幕を閉じ、見知らぬ男の手によって人生に再び色を取り戻すのだった。 


◇◇◇◇



 あれから数時間程経った頃。

 ザクセン男爵の屋敷を出た私はそのまま想像を絶するような豪邸へと招かれ、客人用の部屋に備え付けてあった鏡の前に立っていた。


「あの、これは一体……」

「……」


 一人は五十代、もう一人は二十歳前後といった感じだろうか。

 黒のワンピースにエプロン姿なのできっとこの屋敷の使用人の筈。

 けど私が話しかけても二人からは返事は返ってこない。

 ただ黙々と私にドレスを着せていく。

 私がセロだと知って無視しているのか、それとも別の理由なのか。

 ただ何もわからないままでいるのは落ち着かない。

 とりあえず会話ができるまでこっちから行くしかない。


「あの、公爵様……キアノス様は、どの様な方なのですか?」


 着替え終わった私の赤い髪に櫛をとおしていた年上の女性の方が、ようやく重い口を開いた。


「ヴランディ家は代々王に仕える由緒ある公爵家の一つ。 その当主がキアノス様でして、騎士団『黒の騎士』の現団長でございます」

「そ、そんな凄い方なんですか?」

「……ご存知なかったのですか?」

「何年もまともに会話した事がなかったので……」


 そう話すと、二人の手がピタリと止まった。

 どうしたのかと思ったけど、再び身支度を再開した二人の手つきはさっきよりも少し優しい気がする。

 もしかしたら少し気を許してもらえたのかな。


「いかがでございましょう」

「わぁ……」


 私は立ち鏡の前でクルリと回って自分の装いを確認した。

 流石は公爵家の使用人。

 この短時間で見窄らしかった私を子爵令嬢と呼べるレベルにまで整えてくれた。

 ドレスだって私の体型や髪、瞳の色に合わせて選んでくれたに違いない。

 それは繊細なビーズ刺繍が施されてたデザインで、凹凸の少ない私の身体を見事に隠し大人の女性らしく見せてくれる。


「こんな素敵なドレス初めてです! ありがとうございます!」

「いえ、私共は当然の事をしたまでです」


 今度はすぐに返事を返してくれた。

 それが何よりも嬉しくてつい口元が緩んでしまった。

 するとコンコン、と扉をノックする音に続いてユーリ様が部屋に戻って来られた。


「ロゼ様、閣下がお戻りになりましたよ」

「は、はい…!」


 私が深呼吸を繰り返していると、まもなくして白シャツ姿のキアノス様が現れた。

 黒の軍服もかっこよかったけど、ラフな姿も眩しい位に素敵だ。 

 はた、とキアノス様と目が合うと、私は一歩下がって淑女の礼をした。


「改めまして、ロゼ・アルバートと申します。 キアノス公爵様、この度は命を救って頂きありがとうございました」


 すると『あぁ』と呟くだけでフイと視線を逸らされてしまった。 

 知ってる中ではこれが一番だと思ってたんだけど、もしかして無礼があったかな。

 すると隣にいたユーリ様がコソッと私に耳打ちした。


「大丈夫ですよ。 ずっと男所帯だったので女性との接し方が分からないだけですから」


 確かによく見たら頬も少し赤い気がする。

 何だかこっちまで恥ずかしくなって私も俯いてしまった。


「とりあえず腰掛けてくれ。 今後の話をしようか」

「はいっ」


 キアノス様に促され向かいの椅子に腰掛けた。

 今後の話って一体何だろう。

 まさかザクセン男爵の親族だからってあれこれ尋問されるのかな。

 後ろめたいことは何も無いけど、こればかりはわからない。

 私は顔を引き攣らせながら、キアノス様が口を開くのを待った。


「始めにザクセン男爵の件だが、彼は監禁、横領の罪で爵位剥奪となった。 他にも裏取引の仲介役も担っていたらしくてな。 余罪追加で夫人と共に投獄、当分出てこれないから安心してくれ」

「はい……」

「どうした、心でも痛むか?」

「いえ、事実を知って少々戸惑っているだけです」

「そうか。 どうやらザクセンはアルバート家の財産に手をつけ、アルバート子爵位の消失を狙っていたらしい。 だが安心してくれ。 今は爵位停止になってる」

「爵位停止……?」

「爵位の継承も消失も出来ない状態だという事だ。 本来当主が死亡した際に子どもが居ればその者に継承権が発生するんだが、君が行方をくらました事で権利者不在ということになっている」

「では今の私は貴族ではないということですよね?」

「書面上はそういう事になるな」


 まぁ魔力なしセロだから爵位があっても世間の目はきっと大して変わらないだろうけど、爵位は父が掴んだ大事な称号。

 出来るなら手放したくない。


「このまま放置すれば爵位は消失。 だが爵位があれば、君の努力次第で今後の人生も変えることが出来る。 もし君に爵位を取り戻す意思があるなら暫くヴランディ家で君を預かろうと思うんだがどうだ?」

「それは有り難いお話ですが、何もそこまでして頂く必要は……」

「魔力を持っているならまだしも、セロの君が何の後ろ盾も無しに爵位を取り戻すのは至難の業だ。 それに、ここに居れば俺が君を守ってやれる」


 真面目な顔して『君を守る』なんて言うからドキンと心臓が大きく跳ねた。

 本人は無自覚みたいだから困ってしまう。

 でもやっぱり身内でもない見ず知らずの人にそこまでしてもらうのは気が引ける。

 しかも私は魔力をもたないセロだ。

 セロを匿ったとバレたらヴランディ家の名を汚す事になりかねない。


「これは君の父君への恩返しだと思ってくれれば良い。 だからそんなに恐縮しないでくれ」

「え?」

「実は俺に剣を教えてくれたのがルカス殿なんだ」

「えぇ?!」


  意外な事実を聞いて思わず大きな声が出てしまった。

 だからあの太刀筋に見覚えがあったんだ。

 確かに昔、騎士団にいたと聞いた事がある。

 父も魔法を使うより剣で魔物を倒す性格だったし、年齢的にも教育側になっていてもおかしくない。


「ルカス殿が亡くなってからこれまで、君の事をずっと探していたんだ。 だからあの園遊会でルカス殿の面影がある君に会えて本当に驚いたよ」


 しかもキアノス様もあの遊宴会に来ていたんだ。

 でも軍装で行くなんて、余程社交界に興味がないらしい。

 何はともあれ、偶然が重なって私はここにいる。

 これは何かの啓示かもしれない。


「キアノス様、停止している爵位はどうしたら復活できるのです? セロの私でも継承は可能なのですか?」

「出生届が出ていればセロであっても継承は可能だ。 ただ君の場合は行方不明だった期間が長すぎた。 継承権を得るには最低でも二年はかかるだろう」

「二年、ですか」

 

 思っていた以上に時間がかかるんだな。

 それまでこの豪華な屋敷に居候するなんて気が引ける。


「あの、その二年を短縮出来るような方法は無いですか?」

「あるとすれば、継承するにふさわしい功績をあげる事だな。 ようは爵位を得るのと同様で、うまくいけば二年もかからずに済むだろう」

「功績……」


  どの程度で継承権を得られるのかはわからないけど、できることなら早く自立したい。

 なら選ぶ道は一つだ。

 私は椅子から立ち上がりキアノス様の前まで進み出ると、淑女ではなく騎士の礼をした。


「公爵様、貴方に忠誠を誓います。 どうか私を貴方をお守りする騎士にして頂けないでしょうか」


 するとその場にいた全員がまるで豆鉄砲を食らった様な顔をした。

 『なんておかしな事を言い出すんだ』 口にしなくても皆が揃って思ってるはず。

 中でも一番表情が崩れていたのはキアノス様だ。


「忠誠を誓うというのは一体……」

「その言葉通りです。 救われたこの命をもって貴方をお守りしたいのです。 駄目でしょうか?」

「ちょっと待て。 魔力をもたない君には危険すぎる」

「魔力がなければ騎士になれない、という事ですか?」

「……」


 キアノス様は言葉を詰まらせた。

 私はそのまま言葉を続ける。


「魔力がないからこそ生きるために鍛錬を積んできたのです。 それに騎士になれば、功績を上げる機会が自ずと増える筈です」

「それで命を落とせば意味がないだろう」

「それは承知の上です」


 昨日までの私に命なんてあったようでなかった。

 だから命が惜しいと言って、待つだけのお姫様にはなるつもりはない。

 父が築いた名誉だもの、自分の力で取り返したい。

 キアノス様は眉根を寄せて考え込んでいたけど、溜息をついた後ようやく顔を上げた。


「分かった。 あの刀剣狼を相手に出来る位だ、検討しよう」

「ありがとうございます!」

「但し、その前に試験を受けてもらう」

「試験、ですか?」

「あぁ、魔力がない君に騎士の素質があるのかどうかを見せてもらう」

 

 さっきまでの静かな雰囲気から一変して、今にも襲って来そうな気迫に思わずゴクリと息を呑んだ。

 確かに生意気なことを言ったかもしれない。

 でもこれで負けたら納得いくし、自分の力量を見せるいい機会だ。

 私達は敷地内の訓練場へと移動した。

 実技試験ということで、私はドレスから軍服に着替え簡易の甲冑を身につける。

 やっぱりドレスよりこっちの方がしっくり来る。

 それにしても屋敷の敷地内にこんなにも広い訓練場があるなんて、流石は公爵家。

 なんでも閣下が存分に剣を振るえるように整地したらしい。

 確かにこれぐらいないと、剣を振るった時の余波が屋敷まで届いてしまいそうだ。


「魔法の使用は一切禁止、判定は俺に両手を使わせる、または終了まで立っていられたら君の勝ちだ。 制限時間は五分とする」


 そう言ってキアノス様はユーリ様に手渡された剣を取り剣先を私に向けた。

 いやちょっと待って。

 キアノス様が相手だなんて聞いてないですよ?!


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