公爵閣下、貴方に忠誠を誓います〜ですが話がややこしくなるので寵愛は不要ですよ〜
夢屋
第1話 その出会いが運命を変える
――幼い頃、絵本で読んだお姫様は誰からも愛される美しい女の子だった。
そのお姫様は魔法が使えて、ケガをした動物達を治してあげる優しい人。
そこに通りがかった王子様がお姫様に一目惚れして、二人は結ばれるのだ。
でもそれは絵本の中の話であって、現実では有り得ない。
そう、私には縁のない物語。
お姫様になれない私は、せめてそのお姫様を守れる人になりたいと思った。
そう、目指すはお姫様を守る勇敢な騎士。
だからその夢を叶える為に、今日も剣を振るい生きていくのだ――
ここは魔術大国シヴェルナの辺境にあるオールナード。
その領地内にある小さな広場で、今日もサグセン男爵主催の遊宴会が開かれていた。
遊宴会は貴族たちの社交の場。
立派な腹肉を蓄えた男性や息を呑む程にきらびやかなドレスを纏った婦人達が、豪華な食事を囲み談笑していた。
そして私、ロゼ・アルバートもその参加者だ。
といってもこの会場を囲む森の中で魔物討伐をする側だけど。
華やかな世界、それは私にはもう縁のない話。
これでも子爵令嬢だけど、訳あって今は見る影もない。
着ているものも昔父が着ていた軍服を手直した物だから、ボロボロに擦り切れて色もすっかり落ちてる。
赤やピンク、レースといったドレスとは程遠い。
賑わう声を聞きながら樹の根元に腰掛けてると、木陰で楽しそうに話す男女が目に入った。
二人は時にうっとりと見つめ合い、今にも恋が始まりそうな雰囲気だったので、くるりと背を向けてその場をやり過ごした。
今日は狼種や小動物系の魔物を三十頭程討伐し終えた。
ここの所頻繁に遊宴会を開いているから日に日に数が多くなってきてる。
討伐する方の身にもなって欲しい。
……なんて私が言える立場ではないけれど。
ここシヴェルナ王国の民は、多かれ少なかれ魔力を持って生まれてくる。
けれど稀に『
実は私もその一人。
昔はセロの方が多かったらしいけど、今では魔法が使える人が殆どだ。
それを『進化』と捉える者も多く『セロは進化しそびれた落ちこぼれ』と差別を受けるようになっていた。
それでも私はまだ恵まれていた方だった。
両親はセロである私に、魔法がなくても生きていける様にと色々教えてくれていた。
けれど七年前、両親の死後伯父のザクセン男爵に引き取られた事で不遇な扱いを受けるようになった。
その一つがこの領地内の魔物討伐だった。
背中に背負った鞘から剣を抜き、血糊を拭いていく。
私の身の丈ほどある長剣は、生前父が愛用していたとあってとても重い。
けれどこの七年ですっかり私の手に馴染んでしまった。
この剣と父から倣った剣術のおかげで娼館行きを免れているのだから、今日も頑張らなきゃだ。
そう意気込みながら手入れを済まし、剣を鞘に納めた時だ。
森の奥から何やら獣の雄叫びが聞こえ、私は直ぐにそこに向かって駆け出した。
辿り着いた場所はシンと静まり返った森の奥深く。
息を殺して様子を伺っていると、普段は見かけない珍しい魔物が彷徨いていた。
血色に染めた瞳をギラつかせた犬型の魔物、
熊程の大きな身体に鉤爪の様に発達した大きな足爪。
何より恐ろしいのは鋭い刃の様なその毛並みだ。
まさに全身から剣が生えているような風貌で、危険種の中でもかなり上位のランクになる。
とはいえ、ここで見逃せば広場まで来る可能性もあり得る。
仕方ない。
気付かれないようそうっと鞘から剣を抜いた。
するとどこからかパキン、と木の枝が折れる音が聞こえ、刀剣狼がこちらを振り向いた。
気付かれた!
刀剣狼は剣を持った私目掛けて一直線に突っ込んできた。
――――ギャリンッ!!
私の剣と刀剣狼の額の刃が激しくぶつかりあい、耳を劈くような音が響く。
刀剣狼に押されて踏み締めてた地面が軽く抉れた。
でもこの程度でやられる訳にはいかない。
私は刀剣狼の攻撃を弾き、そこで出来た隙間を狙って剣を大きく振り上げた。
「はぁっっっ!!」
勢いよく顎を叩かれた刀剣狼は後方へと勢いよく吹き飛んでいった。
その隙に大木の裏へと再び身を隠す。
手に視線を落とすと、さっきの反動でビリビリと痺れてる。
まるで鋼を殴ったみたいだった。
私にもっと力があったら、魔法が使えたらあっという間に倒せるのに。
けど剣を交えてしまった以上諦めたら殺される。
まだ夢半ばなのにやられるものか。
刀剣狼が背を向けた所を狙い、痺れる手に力を込めた時だ。
「?!」
背後からいきなり口を塞がれ羽交い締めにされた。
驚いて振り返ると、深淵の様な紺青の瞳と目が合った。
切れ長の瞳に端正な顔立ち、いわゆる美丈夫という類の男だ。
そんな造形美が直ぐ目の前にあるもんだから違う意味で声を上げそうになったけど、口を塞がれていたので上げずに済んだ。
男はシーッと口元に指を立てて、私にこの場に留まるように無言で促した。
私を囮にする、ということではなさそうなので、ここは大人しく頷いておく。
すると男は一瞬だけ口元を緩め、剣を抜いた。
何を始めるのかと思ったら、男はものすごい速さで背を向けていた刀剣狼へと駆けていく。
男に気づいた刀剣狼は、振り払おうと棍棒の様な剣の尾を撓らせた。
あんなものに当たったら一瞬で肉片になってしまう。
けれど男は既の所でひらりと身を躱し、そのまま剣を振り下ろした。
バキィン!
なんとたったの一振りで、尾についていた剣を何本も折ってしまったのだ。
刀剣狼の強さは全身に生えた剣もさながら、その硬度にもある。
なのに、魔法も使わずに折ってしまうなんて信じられない。
一体何者なんだろう。
激しい小競り合いを続けた末、半分以上剣を折られた刀剣狼はこれまでで一番大きな咆哮を上げ男に噛みつこうとした時だ。
男から湧き立った只ならぬ殺気にゾッと背筋が凍えた。
それは刀剣狼も同じだったみたいだ。
一瞬怯んだその隙に、男は静かに一刀を振り下ろした。
見たことのある太刀筋に目が釘付けになる。
次の瞬間、刀剣狼の首がズルリと身体から外れグシャリと地に落ちた。
そしてシン、と森の中が再び静寂に包まれる。
死体の側で佇む長身の男は、よく見ると全身漆黒の軍装に、金の竜が描かれた紋章を胸元につけていた。
父が昔着ていたのとよく似てる。
もしかして――。
剣を納めた男は再び私に近づき、目の前で膝をつきジィッと私の様子を伺う。
全身を絡め取られそうな眼差しに思わずコクンと息を呑んだ。
「あの刀剣狼相手によく生きていたな。怪我はないか?」
男は手袋を外し、私の頬に触れようとした時だ。
「閣下!何処ですか?!返事をして下さい!」
人の声で我に返った私は、直ぐ様立ち上がり男に背を向け森の中へと駆け出した。
そう、ザクセン男爵から外部の者との接触を禁止されていたんだった。
見つかっても喋ってはいけない、自分の事を話してはいけないとキツく言われていたのだ。
「おい!待ってくれ!!」
後ろ髪引かれつつも、私はとにかく森の中を駆け回った。
幸いこの森は複雑で、一度迷えばなかなか出られない。
なので追ってくることは出来ない筈だ。
暫く走った後、人の気配がないのを確認してストンと地面に腰を下ろした。
目を閉じたらさっきの場面が鮮明に蘇ってくる。
あんなに見事な首落としを見たのはいつぶりだろう。
確かあれは、父と魔物討伐に行った時で……。
その時、自分の背中が軽いことに気がついた。
「しまった!剣を忘れてきてる!!」
いつも以上に早く走れたのはそういうことだったのか。
あの長剣はかなり重いし古びているから売ってもきっと値は付かない。
だからそのまま置いていくと思っていたけど、戻った頃には剣は何処にも見当たらなかった。
「明日からどうしよう……」
アレがなければ討伐も出来ない。
それ以上に、父との思い出を無くしてしまったショックの方が大きかった。
これでもう夢も終わりだ。
もうすぐ日が暮れ、森が闇に飲まれていく。
それは私の心にも別け隔てなく、暗い影を落としていくのだった。
◇◇◇◇◇
「剣を無くしただと?! 一体何をやってるんだ!!」
屋敷に戻った頃にはもう夜も更けていた。
煌々と輝くシャンデリアの下で、ザクセン男爵はバシン!っと肉厚の手で私の頬を勢いよく弾いた。
「腕が立つから生かしておいたが、剣がないなら用済みだ。 明日にでも娼館に行ってもらう」
「日が昇ればまた探してきます! ですからもう少し待って下さい!」
額を床に付けてもザクセン男爵は聞く耳を持たない。
「でも良いんですのぉ? この子はあのルカス子爵の娘でしょう、生きてるって誰かに知られたら色々と勘ぐられるんじゃなぁい?」
面倒事は避けたいと言わんばかりに、同じ部屋にいたザクセン夫人が口を挟んだ。
「あの厄災からもう七年も経ってるんだ。 アルバート家のことなんざ誰も覚えちゃいねえよ。 それに売るならちゃんと足の付かない所に売るさ」
「それもそうねぇ。 そもそもセロの言う事なんか誰も耳は貸さないだろうしねぇ」
扇子で口元を隠しても、いやらしく笑う表情までは隠せない。
ザクセン男爵は私の伯父、そして父ルカスの兄だ。
七年前に病気がちだった母を看取った後、出征していた父も戦死したと通知があった。
そうして孤児になった私を引き取りに来たのが、それまで疎遠だったザクセンだった。
理由は自分よりも爵位の高い弟ルカスへの逆恨み。
娘の私を利用し、アルバート家への復讐を企てたのだ。
「そうそう、お前達の財産も全て有効活用してやったから有り難く思え。 なぁに、社会貢献だと思えば幸せだろう」
ガハハと嘲笑う声に耐えきれなくなった私は、護身用の短剣を抜きザクセン男爵の背後から首へと突きつけた。
「ヒィッ!!」
「もう沢山だ! 貴方を殺して私も死んでやる!」
「い、良いのか?! そんな事すれば
「うっ……」
一瞬躊躇った隙をつかれた。
ザクセン男爵は私の腕を掴み、折檻仕様の雷魔法をかけた。
「やっぱりアレは取り上げておいて正解だったな。 優しいお前にはよく効く薬だ」
「ほらほら、そんな所で寝てたら目障りよ。 さっさと部屋へ戻りなさい」
ザクセン男爵は身体が痺れて蹲る私の肩を蹴飛ばし、夫人はその横を高笑いしながらすり抜けて部屋を出ていった。
静かになった部屋で、私は涙で濡れていく床に何度も拳を叩きつける。
悔しい、悔しい、悔しい。
もうどうすることも出来ないのかな。
「お願い……、誰か助けて……」
今夜も誰にも届くことのない願いを呟いた。
◇◇◇◇
ドカ、ドカ、ドカッと床を揺らすような靴音に驚いて身体を起こした。
窓の方を見ると朝日が差し込んでいる。
しまった、あのまま寝てしまったんだ。
「その様な娘はここにはおりません!! どうかお引き取りを!!」
珍しく扉の向こうでザクセン男爵が何やら喚いている。
何事だろう。
するとバン!!と勢いよく部屋の扉が開き、黒装束の集団が部屋に入ってきた。
よく見ると、全員昨日会った人と同じ格好だ。
ザッと彼らが道を開けるように並ぶと、その間をコツ、コツとゆっくりとした足取りで長身の男が入ってきた。
「貴方は……」
「ここにいたのか。 やっと見つけた」
なんと昨日助けてくれた紺青の瞳の男が、口元を僅かに綻ばせて私の前に跪いたのだ。
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