第二章:衝羽根朝顔(ペチュニア)②
夏だから日は長いけど、早めに見つけたいところだ。
「あ、あれじゃない?」
「あそこから探すの…?」
ぼくはおずおずと煌華に聞く。
「行くしかないじゃんね」
ため息をつきながら二人で商店街に足を踏み入れた。そこから一時間、商店街の中を探したり人に聞いたりするも収穫はほとんどなく、二人でコロッケを食べながら歩いていた。
「
煌華はコロッケを齧りながら言う。
「ほこひひふんはほうへ?」
ぼくはコロッケを頬張りながら言う。
「うーん、何処にいるんだろうねぇ…」
煌華はコロッケの最後の一口を食べて、ふぅ…と息をつく。
「は、ははははん」
「え?田中さん?」
ぼくは少し先に田中さんがいるのを指差して煌華に言う。
「ほっほほれはへほはふふぁへはっへへ」
「うん、待ってるからゆっくり食べな」
ぼくはコロッケの最後の一口を口に詰めて飲み込む。
「田中さん、敏子おばさんと仲良さそうだったし、梔さんのことも知ってるかも!聞きに行こ!」
商店街は人が多いので、ぼくは煌華の手を引いて歩く。
「ちょ、
「うん〜?この方がはぐれなくていいでしょ?昔、煌華がやってくれたじゃん」
そのまま田中さんのとこまで歩いていくと、田中さんもぼく達に気づいたように声を掛けてくれた。
「あ、さっきのえぇと、維久くん。こんなところで奇遇ですねぇ。そっちの子はさっきのお友達かな」
「あ、えと、そうです。煌華。親友なんです」
田中さんはうんうんと頷いて煌華に挨拶をする。
「あの、田中さん。梔さんって分かりますか?」
ぼくの問いに、田中さんは笑いながら
「あぁ、梔さん。知ってますよ。鈴木さんと梔さん夫婦と4人でお茶するくらい仲良くて…」
「あのっ、どこにいるか知りませんか?」
煌華もぼくに続いて聞く。
「梔さんなら、さっき、古本屋で見ましたよ。奥さんの方が綺麗なオレンジのワンピースを着てて、きっと旦那さんのプレゼントですねぇ〜」
「あ、ありがとうございます!煌華!聞いた?古本屋!」
「古本屋ってどの辺にありますか??」
煌華は落ち着いた声で田中さんに聞く。
「すぐそこです。ほら、そこのカフェの横にある」
ぼくは田中さんにお礼を言うと、煌華の手を取って古本屋の方へ行く。煌華も田中さんに会釈をして、少し早歩きで着いてくる。
古本屋の中に入ろうとした時、ちょうどオレンジのワンピースを着た綺麗な女性と、優しそうな顔の男性が出てきた。燈華が施設を出る時に一度見たことがある。
「煌華、今のって」
「オレンジのワンピースで、見覚えのある顔…」
「やっぱりそうだよね?!」
「はやくいかなきゃっ…て、煌華?ねぇ、なんで止まってんの?見失っちゃうよ?」
「あ、えと…」
「煌華?」
「あ、えっ?あっ!追いかけなきゃ見失う!」
やっぱり変だ。だけど、今は。
「維久?早く!」
「うん」
煌華の声でぼくも煌華についていくように走り出す。
「あっ」
「あのっ」
ぼくが声をかけるより先に、煌華が梔さんに声を掛けた。
「えぇと、私たちかしら…?」
梔さんはこちらに顔を向けると首を傾げながら言った。
「えと、梔さんですよね。ぼく、維久って言います。で、こっちは…」
「煌華です。あの、えと、燈華の双子の妹の…」
梔さんの奥さんは、少し目を見開くと、少し悲しそうな笑顔で「そう…」と言った。そして旦那さんと目を合わせる。旦那さんの方は優しい笑顔で
「遠いとこ会いに来てくれたんだね。私たちはこれから家に帰るとこなんだが、あれだ。良かったら家でゆっくり話さないかい?」
とぼく達を家に招いた。
「「お邪魔します」」
二人で声を揃えて家にあがり、靴を揃える。梔さん夫婦は「そこに座っておいて」と言うと、2人で麦茶と和菓子を持ってきてくれた。
「維久くんと、煌華ちゃんだったかしら。遠くからわざわざありがとう」
「いえ!突然お邪魔しちゃってすみません!」
煌華は言う。
「あの、ぼく達、燈華に会いたくて…」
ぼくの言葉に、二人は先程と同様に驚いた表情をする。そして二人は煌華の方をちらりと見て「燈華、今は家に居ないんだけど、2人とお話がしたくて家に呼んでしまったよ。施設にいる時の燈華のこと、聞きたくてね」微笑んだ。
「梔さ…あ、えと……」
「あぁ、自己紹介してなかったわね。私は梔 カスミ、こっちが旦那の
カスミさんは丁寧に自己紹介をすると何かに気がついたように「あら?」と言った。
「煌華ちゃんの、その、頭の髪飾り…ダイヤモンドリリーね。私が大好きな花なのよ。この人が海外へ留学した時に空港でくれてね」
カスミさんは桔梗さんの顔を見ながら笑う。
「よくそんな昔のことを覚えているね。なんだか恥ずかしいよ」
「うふふ。私は嬉しかったのよ。確か、花言葉が……『また会う日を楽しみに』素敵よね」
ぼくと煌華は二人で顔を見合わせる。
「素敵な思い出ですね!」
ぼくはカスミさんと桔梗さんに向かい、微笑みながら言う。
「えぇ、とっても良い思い出なの」
「あ、施設にいる時の燈華の話でしたっけ?」
ぼくが思い出したように聞く。
「もし良かったら、聞かせてくれない?あの子とっても明るくていい子だったから、昔からなの?」
煌華の瞳が少し揺れたような気がしたが、一度瞬きをするとそんな事なかったように、煌華は笑顔で答える。
「昔から明るくて頼りになる兄なんです!いつも私の味方でいてくれて、泣き虫な維久にも優しい」
煌華はぼくの方を見ながら意地悪に笑う。
「泣き虫って、昔のことでしょ!」
「そ〜かなぁ?」
ぼくと煌華のやり取りを見ながら梔さんたちは笑う。
「テイは…あ、燈華は、たまーにイタズラするけど、人がほんとに嫌がることはしない良い奴なんですよ!燈華に誘われて煌華のお菓子盗んだり…」
煌華はバッとぼくの方を見る。
「え?!あんた達そんなことしてたの?!小学生の時お菓子がよく無くなってたのは、そういうことだったのね…?!」
あ、やべ。バラしちゃった。
「ごめんってぇ、怒んないで?ね?」
ぼくは反省の意を込めて、両手を合わせながら謝る。
「ま、まぁ、小学生の時の話だし、別にいいけどね!」
煌華はそっぽを向きながら言う。
「二人とも仲がよろしいのね!わざわざ会いに来てくれるってことは、燈華ともとっても仲が良かったのね。嬉しいわ」
煌華は梔さんの方を向いて「こっちに来てからの燈華はどんな感じだったんですか?」と聞く。
桔梗さんはにこにこしながら答える。
「よくうちの手伝いをしてくれてね。学校でもすぐ友だちを作って、町の人達とも仲良くて、太陽みたいな子だったよ」
梔さんたちの喋り方に少し違和感を覚える。
「煌華ちゃん、燈華を引き取る時に双子の君と離れ離れにしてしまったことは申し訳ないと思っている。すまなかった。」
梔さんたちは二人で頭を下げる。
「え、ちょ、顔上げてください!そんなこと気にしないで、私は燈華が幸せならそれでいいんですっ」
カスミさんは少し泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう。燈華に似て優しい子たちね」
ぼくは嫌な予感がした。でも、それが何か分からなくて、ふと思ったことを言う。部屋の時計はいつの間にか十八時半を指していた。
「テイは、いつ帰ってくるんですか?」
『テイは、いつ帰ってくるんですか?』と言うぼくの言葉に、その場にいた全員が黙った。ぼくは何か不味いことを言っただろうか?カスミさんは困惑した表情を浮かべながら、震える声で狼狽えている。
「あ、えぇと、燈華ね、うん、燈華は、すぐ帰って…くると…」
桔梗さんは深呼吸をするとカスミさんの肩を持って、ぼく達を見据える。怖い。なんだか、この場から逃げ出してしまいたいような感覚になった。助けを求めるように煌華の方を見る。しかし、煌華は何かを悟ったような悲しい表情で畳を見ていた。なんだよ。ぼくだけが、何も知らないのか。
「燈華はね」
桔梗さんの言葉に心臓が跳ねる。煩いくらいにドキドキと耳元で心臓がなっている。嫌な音だ。聞きたくない。
「亡くなったよ。半年前に」
よく聞こえなかった。
今、桔梗さんはなんて言った?
亡くなったよ。半年前に…?
半年前に?何が?
燈華が?なんだって?
「なにいっt…」
みんな畳を見つめ黙っている。…いや、いやいやいや、そんなわけない。何かの聞き間違えだ。
『燈華、今は家に居ないんだけど』
『あの子とっても明るくていい子だったから』
『燈華ともとっても仲が良かったのね』
『こっちに来てからの燈華はどんな感じだったんですか?』
『太陽みたいな子だった』
なんでみんな過去形で話してたんだよ。
今もでしょ?今もテイは、テイはイザの命呼執であんな笑顔で……あれ、でもここ最近のイザの思い出に、あれ。今まで感じたあの違和感の正体なんて知りたくない。待って、待って、待って。ぼくは手に持っていたイザの命呼執を勢いよく開く。いるはず、いるはず、絶対…。ページを捲っていく。
しかし
「あ、れ……?」
あるページからパタリとテイが映らなくなった。わしゃわしゃとイザを撫でているテイ。途端に視界がぐにゃりと歪む。いやいやいやいや、そんなわけない、テイが、人一倍明るくて、優しい燈華が、死ぬわけない。えぇと、だから、えと、なんだっけ。何考えてたんだっけ、何しに来たんだっけな。あ、そういえば高校で生徒会に入ったんだってテイに言いたかったんだよね。そう、テイに会いに来たんだから、テイに会わないと帰れないじゃん。そういえばお昼に食べたエビフライ美味しかったな。
目がおかしいな。なにこれ、涙?あぁ、そっか泣いてたんだった。なんで?
その時隣からドンッという振動が体に響いた。
「あぇ…?」
見ると煌華がぼくに抱きついている。煌華は、泣いている。煌華を見てから梔さんたちの方へ視線を向けると、二人とも泣いている。
あぁ、そっかテイは───。
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