薄明の向日葵
施設に来た時のことは正直覚えてない。そりゃ、物心つく前のことだから覚えているわけがない。だから私にとっての家族は双子の兄の
そんな時、一人の男の子がこの施設に入所してきた。あまりしゃべらない可愛い子。最初女の子かと思うくらい華奢な子だった。名前は
小学校の時は違う学校だった維久も中学からは私たちと同じ学校に通うようになり、私たち三人は学校でも一緒に過ごすようになった。学年は違うので、休み時間の度に私たちは維久が通う特別教室に行った。中学校に入ってからの維久は身長も伸び、施設に入ったころは私よりも小柄だったのにあっという間に同じくらいになった。
その頃くらいだろうか。維久を異性として意識するようになったのは。維久は周りと比べて幼く見えることも多かったが、その分純粋で誰よりも優しかった。維久の儚げで優しい目を独り占めしたいと思うようにもなった。そんな私の思いとは裏腹に維久は中学二年生になる頃には普通教室に通うようになり、ほかの人と関わることも増え、女の子にも人気が出てきた。
でも、昼休みは変わらず三人で過ごしていた。維久が楽しそうに話す姿を嬉しく思うと同時に嫉妬や少し寂しい気持ちなど余計な感情まで生まれるようになった。そういえば三人で過ごすようになって一年が経とうとしたとき、維久が話してくれた話が合った。維久はこの施設に来る前まではとても明るく、声も大きくて落ち着かないくらいの子で、周りからは「変な子」と言われていたらしい。変なのは今もそうだけど、今の維久からは想像もつかない子だったようだ。
燈華と維久は相変わらず仲良しで本当の兄弟のように見えた。
「男同士のお楽しみだ」とか言って、二人でこそこそと部屋に集まったり、週末に出かけたり。まぁ、二人で出かけた理由は私の誕生日プレゼントだったけど。燈華も同じ誕生日なのにね。
この二人はずっと一緒なんだろうな、と直感で思った。思っていたんだけど、その年の夏のことだ。燈華の新しい家族が決まった。燈華だけ、家族が決まったのだ。それを私と維久が知ったのは燈華が施設から出る前日だった。暑い暑い夏休みの初日。
どうして燈華だけなのか、どうして教えてくれなかったのか何も分からなかった。双子なのにその時だけは、何も分からなかった。でも、燈華の嬉しそうな、寂しそうな色んな感情が混ざっている表情をみたら何も言えなくなって、ただ一言「またね」という言葉を絞り出した。隣に立っている維久は泣いているんだと思った。でも維久は本人よりも嬉しそうに「よかったね」「嬉しいね」と燈華の手を握っていた。
維久は悲しくないのだろうか。寂しくないのだろうか。維久はいつもの人懐っこい笑顔をしている。
次の日の朝、燈華は誰よりも早く起きて新しい家族に連れられて施設から居なくなった。維久は変わらない。
二学期、三人で過ごす昼休みはもう来ない。そして二人で過ごす昼休みも来なかった。維久は今までと変わらない態度で接してくれるのだが、維久と二人で話すのがなんだか緊張してしまって、私から距離を取るような形になってしまった。燈華に会いに行こうか悩んだ時も何度も合った。だけど、会うのが怖くていつも行動に移せずに時間が過ぎていった。
私が高校に上がると、維久との関わりはほとんどなくなり話すのは業務報告みたいな内容だけ。相変わらず、特別仲の良い子もいないようだったが、学校生活はうまくいっているようで学校帰りに中学校の前を通ると、先生や生徒と会話している様子を見ることも多かった。
施設の職員さんから燈華のことを聞いたのも一度だけ。高校二年生の冬に一度だけ。
燈華が居なくなって変わらなかったのは維久の誰よりも優しいところと、人懐っこい笑顔だ。維久は高校も私と同じ高校に来た。高校に上がった維久は生徒会に入ってたり、身長も見上げるくらいに伸びた。生徒会として頑張っている維久を見ると、憧れのような尊敬のような感情も生まれる。
弟から異性へ、異性から憧れへ。私の気持ちもいつの間にか変わっていった。
燈華が居なくなってから三年くらい経った時、維久が
幼い頃の三人を見ていると、自然と笑顔が漏れた。二人で命呼執を捲っていくと施設から居なくなった後の燈華が写っていた。心臓が殴られたように痛くなった。これ以上見たくないと思った。怖かった。その時、維久は首を傾げてこっちを見た。私は咄嗟に笑って返事をした。
維久が「テイに会いたい」と言った。なんだか泣きたくなった。本当は燈華の住んでいる場所も知っていた。でも知らないと嘘をついた。でも、もしかしたら、会うことができたなら前みたいに戻れるかもしれないと思った。
でもでもでも…。維久に嘘をついて部屋を出て、泣きそうな頭でぐるぐると考えた。怖いけど、ここで何もしなかったら何も変わらず維久と関わることもずっとないかもしれない。会いたいけど、会いに行ったら後悔するかもしれない。現実に心が持たないかもしれない。だけど、今日維久と話して気付いた。私はまだ維久のことが好きなんだ。人間としての憧れとは違う。異性として。
こんな時にこんなことを思うのは間違っているのかもしれないが、このチャンスを逃したくないと思った。前みたいに話せる関係に戻るチャンス。つくづく最低だと思う。でも、私の中の気持ちは全部本当だから。燈華に会いたい気持ちも、維久を好きな気持ちも。
そして燈華が居なくなって三回目の夏休み、私たちは
維久が私のことを知ろうと質問してくれるのが嬉しかった。
維久が褒めてくれるのが嬉しかった。
維久が私の好きな食べ物とか覚えててくれたのが嬉しかった。
維久の私たち双子を心から好いてくれてるような態度が嬉しかった。
維久が笑う顔が好きだ。人懐っこいその笑顔が。
維久の優しく響く声が好きだ。
維久の誰よりも優しいところが好きだ。
維久の純粋な目も、長い睫毛も、細い体も、私も燈華も大切だと思ってくれているその気持ちも全部全部好きだ。
きっと、維久には届かないようなこの気持ちを、私は好きでいたいと思う。
私は維久みたいに奇麗じゃない。汚く、醜い気持ちがたくさん存在してる。でも、維久を思う気持ちだけは奇麗にしておこうと決めているのだ。
もうすぐ二人の大切な人に会うための旅もクライマックスだろう。分かっている。
もうすぐ何かが終わってしまう。
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