第39話 うまみの舞

 飛鳥馬さんと柏木さんが最初のコップに口を付ける。


「くはぁ。」

「ぷしゅー。」


酒豪族、ご満悦な表情だ。


柏木さんがカニみそ豆腐に箸を伸ばした。


「うまみの舞、来ますよ。」

オレは橋田さんに声をかけた。


「くぅぅ、美味しい!」

柏木さんの両手両足バタバタが始まった。


「これがうまみの舞ですか。なんか見てるだけで幸せになれますよね。」

「ね、楽しい人達でしょ。」

「私が知ってる酔っぱらいは、同僚達なんで、力自慢体育会系なんですよね。だから、酒が入ると雑というか、乱暴になるというか、ちょっと暴れるというか、勢いが凄いというか、もちろん意味なく暴れたりはしないんですけど、すぐ腕相撲が始まったり、雄たけびをあげたりし始めるので・・。私がお酒強くないのも理由のひとつではあるんですけど、どっちかって言うと、このノリが好きになれなくて飲み会参加しないんですよね。」

なるほど、確かに体育会のノリだとそんな感じになるのかな。ましてストレス解消で酒飲んでるってのもあるだろうし。ウチの酒豪族は、ストレス解消ではなく、酒を愛してる感じだから、ちょっと違うのかもしれないな。

「オレはまだ未成年で酒飲まないし、この2人しか見たことないんで、これが普通だと思ってたけど、ちょっと特殊なのかもしれないですね。とにかくこの人たちは楽しいですよ。話が止まらない感じですかね。まぁ、職業的にも研究員なんで、体育会系のノリではないですね。ただ、たいていオレがからかわれるんで、ちょっとムカつきますけど、ま、相手は酔っぱらいなんで気にしませんけど。あれ?でも、それならどうして今日は参加したんですか?」


「そうですね。悪い意味じゃないので、気を悪くしないで下さいね。エリートな人達の飲み会ってどんななんだろうって興味が湧いたんです。腕相撲したり、叫ばない飲み会ってどんな感じなんだろうって。」


「あ、腕相撲も、叫びもしないですけど、子供の雑談みたいな感じですよ。たぶん想像してるのと全然違うかと・・」


そこへ柏木さんがメニューを渡してきた。

「ねーねー、下田くんたち、何頼む?わたしはねー、次はビール行くんで、小エビのから揚げと、じゃがバター頼んでね。」


「はい、了解です。 橋田さん、何します?」

「私、海藻サラダとシシャモ食べます。」

「なるほど、オレはなにしようかな、手作りコロッケよさそうだな。あ、飛鳥馬さん、何か頼みますか?」

「イカの塩辛あるかな?」

「んー、あ、ありますよ。」

「じゃ、イカ塩辛お願い。」


引き戸を開けて声をかける。

「すみませーん、オーダーお願いしまーす。」

「ハイ、よろこんでー。」


直ぐにスタッグがやってきた。

「小エビのから揚げ、じゃがバター、海鮮サラダ、シシャモ、手作りコロッケとイカの塩辛お願いします。」

「生ビールもお願いしまーす。」

「私は『北の蔵山岳』をもう一杯下さい。」


次の飲み物を確保したところでようやく酒豪族が落ち着きを取り戻し始めたようで、飛鳥馬さんと柏木さんがつぶ貝の旨煮の取り出し作業に着手し始めた。

最初に柏木さんが綺麗に取り出した爪楊枝を高く掲げた。

「綺麗に取れましたー。」

「あ、あれ?」

飛鳥馬さんは、しっぽが切れてしまった。

「あー、最後の苦いところが美味しいのに。もう一回挑戦。」

飛鳥馬さんがつぶ貝をもう一つ取って爪楊枝でほじってる。


「あ、そうだ。飛鳥馬さん、ストップ。みんなでつぶ貝取り出しゲームしよ! はい、みんなつぶ貝持って。せーので取り始めるのね。」


柏木さんがオレと橋田さんにつぶ貝を渡して、自分も一個持った。

橋田さんは柏木さんのハイテンションに押され気味なようだ。そりゃ知的な飲み会みたいなのをイメージしてたんだろうから、イメージとは違うよね。


「じゃ、いくよー、せーの、ハイスタート!」

柏木さんはマイペースで進行中だ。


ヤバイ、焦るとしっぽの所が折れちゃいそうだぞ。

じっくり、素早く。


「ハイ、取れましたー。イチぬけー。」

柏木さん、意外と手先器用系だったんだな。

「私も取れました!」

橋田さんも爪楊枝を高く掲げてた。


やべ、飛鳥馬さんと一騎打ちだ。お、取れた!

「オレも終わり!」


「はい、飛鳥馬さん負け―。じゃーね、昨日は初恋の話だったから、今日は、初めてのデートの話! はい、スタート。」

「はぁ?なんでそっち系ばっかりなの。柏木さんの趣味の部屋みたいになっちゃってるよ、もー。」

「はい、負けた人は文句言わないー。」

「そうね、初めてのデートね、いつかな? 初めて女の子と2人で出かけたのは中学の時で、塾の夏期講習の帰りにゲームセンター行ったんだよね。別に深夜って訳じゃなかったけど、中学生だからさ、夜女子と2人で外に居るっていうのが罪悪感があって、それがかえってワクワクしたっけな。こんな話じゃだめ?」


「うーん、ギリギリセーフ。でも、相手の名前は? 好きだった?」

「横芝ナツキちゃんだったね。異性として好きかって言われたらそれは無かったかな。」

「ん?それはなんで?他に好きな子いたから?」

む、流石柏木さん、するどい突っ込み。

「え?ま、まぁ、気になる子は居た、かな?」

「はい、それは誰ですかー。みんな聞きたいよねー。」

柏木さんがオレと橋田さんを見る。

「聞きたいです!」

あれ?橋田さん、いつの間にかノリノリになってるぞ。

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