第29話 氷下魚から始まる物語

 「ぶはぁ、やっぱ人生、このときのために生きてるようなもんよねぇ!」

 グビグビと音を立てて缶ビールを飲んでいた柏木さん、テンプレのような見事なセリフが出ましたね。


「ぶはぁ、悪魔的だー!」

あら、飛鳥馬さんもテンプレで返してきましたか。第一ラウンドは引き分けですな。


「そういえば、何でこの部屋のドア開けっぱなしにしてるんですか?匂いとかですか?」

素朴な疑問はその場で解消しておかないとね。


「ドア? あぁ、だって、今日は柏木さん居るからね。」

「わたしでも、一応気を使ってもらってるんだよ。ほら、すっぴんでも女子は女子だからねー。」


まだ理解できてないオレの表情を見て、飛鳥馬さんが続けてくれた。

「変な誤解が起きたり、本人が不安になったりしたらつまらないからね。ホテルでマッサージお願いしたりした時、異性のスタッフだと、こんな風にドア開けておくんだってさ。ドア開けとくだけで全て解決、バッチリでしょ。ま、安全な基地の中だから出来る技だけどね。」


なるほど、流石気遣いの飛鳥馬さん。こういう細かいジェントルさも恰好良いよね。


柏木さんは既に2本目の缶ビールを開けている。

飛鳥馬さんはビールでスタートダッシュした後は、本命の地酒に行くらしい。

満面の笑みで一升瓶からコップに地酒を注いでいる。


オレはまずは、昼飯でお気に入りになったとうきびクッキー。甘さ控えめでしっとりしてて美味しいのよ、これ。


飛鳥馬さんがテーブルの上にラップを広げて、そこに氷下魚の干物を置いた。

一升瓶を持つと、瓶の底で氷下魚を潰し始める。すると、氷下魚の身と骨が分離した。なるほど、この魚はこうやって食べるんだ。


飛鳥馬さんは、身の部分を取って、更に皮を剥いで、パクッと食いついた。


「んー。魚の旨味がギュッとつまってる。口の中がオホーツク海だよもう。そして、今ここで・・。」

そう言うと、地酒をグビッと飲んだ。

「くわー、あうね、これ。絶品だよ、バッチリ、もうこれ、くぁwせdrftgyふじこl」

あ、とうとう壊れた。


飛鳥馬さんが壊れる程美味いなら、食べてみたいよね。オレも身の部分を取って、皮を剥いで、と。パクっ。

「うお、すごい濃厚な味。想像よりしっとりした食感。これは美味しいですね。」


続いて柏木さんも氷下魚チャレンジ。

「うわ、氷下魚おいしいー。初めて食べたー。これ知らなかったのは人生半分損してたかも。」


「結構うまいでしょ。東京じゃめったに見かけないもんね、これ。私ね、大学が東北だったんで、よく食べたんだよね。ここでは出来ないけど、昔はストーブの上で軽くあっためてさ。するとね、脂がでるのかな、もっとしっとりしてね、七味ふったマヨネーズにディップしたりしてね。東北だから冬、寒いのよ。光熱費節約も兼ねてね、週末は順番に誰かの家にあつまって飯食って泊って。で、ストーブの上で鍋やりながら、氷下魚をあっためて、やっすいペットボトルの焼酎飲みながらね。極貧学生生活だったけど、楽しかったよ。」


「へー、飛鳥馬さんの東北の大学ってどこ?わたしは横浜。横浜経済大学。実家が神奈川県だからね。でも、卒業前にこっちの世界きちゃったから、卒業してないけど。」


「柏木さんって、横経だったんだ。私は東北外語大学。卒業してプロゲーマーになってからこっちに来たんだよね。そういえば、下田君って、まだ高校生だったよね。」


「はい、オレは山梨県立高校2年です。でも学校にプリズンの尾長峰所長が来て、大学院卒業相当の証明書が発行されるって言われて・・。」


「あぁ、こっちの世界では、私も東京中央大学大学院の卒業証明書を貰ってるよ。たしか、柏木さんも、っていうか、うちのチーム全員東中大の院卒ってことになってるるよ。」


「そうなんですか。でも何だか実感わかないです、東中大の院卒って言われても。実際県立高校の高校生だったんで。」


「まぁ、そうだよね。下田君、まだこっちきて数か月だもんね。私はもう5年を超えたんで、もういい加減慣れた、というか諦めたと言うか、受け入れてるよ。案外悪くない暮らしだしね。ちょっといろんな制限が厳しいけどね。」


「わたしも3年目。慣れちゃったかな。確かに不便なところはあるけど、困る程のことは無いしね、なんたって、一応、エリート中のエリートでVIP扱いされてるしね。横経出たって、大手企業に就職できるか微妙なレベルだし。今の生活に満足してるよ。問題は、彼ぴが出来ないことだね、選択肢が少なすぎるっていうか、無いと同じだからね。」


「下田君は彼女持ちって噂だけど、私も馬場さんも本郷さんも独身なんですけどね、一応。それにプリズン勤務の職員って結構エリートクラスでしょ。だめなの?」


「もういちど繰り返しますね。選択肢が無いと同じでーす。」


「ハイハイ。すみませんねー。姫様に見合う男がおりませんで。」


3人でケラケラ笑いながらくだらない話をする。

これが宅飲みかぁ。今でも十分楽しいんだけど、酒飲んでたらもっと楽しいのかな?

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