第28話 開幕直前

 食堂に入るとまだ誰も居なかったが、すぐに飛鳥馬さんが入ってきた。

「なんか香ばしい香りがするね。今夜はなんだろう?」

「シーフードっぽくないですか?貝が焼けてるような匂いじゃないですかね?」


2人で鼻をクンクンさせていると、柏木さんが入ってきた。

「大きいお風呂って気持ちいいねー。あ、ジロジロ見ない、風呂上がりですっぴんなんだからねー。」


食堂のスタッフが配ぜんカートを押してやってきた。

「みなさん、今日もお疲れ様でした。今夜も北海道の食材でクリームシチュー、ホタテの香草焼き、オニオンスライスとトマトのサラダ、松前漬けとお新香。デザートは牛乳プリンです。お茶とお水はここに置いておきますね。」


「玉ねぎ甘ーい。」

ベジタブル柏木は早速サラダからスタート。


「あ、良い事考えた。」

突然、飛鳥馬さんが小学生みたいなことを言い出したと思ったら、調理場の方へ行ってしまった。


「どうしたんですかね?ご飯も食べずにどっか行っちゃいましたよ。」

「んー、たぶんわたし正解言えるかも。」

「え、柏木さん、わかるんですか?」

「うん、たぶんね。さ、先食べちゃお。」


バター、チーズ、牛乳と乳製品のハーモニーが最高で、じゅわっと味が染み出る鶏肉、甘い人参、じゃがいも。そこにサクサク食感のブロッコリー。クリームシチューって実は北海道を凝縮した料理なんじゃないだろうか。食べはじめたばかりなのにごはん不足が当選確実だ。


そこへ飛鳥馬さんが弁当箱みたいな箱を手に戻って来た。

「ケース貸してもらっちゃった。あと、ラップも貰って来た。さ、食べよ、食べよ。」


そう言いながらテーブルにラップを広げて、お茶碗からご飯を半分取り出してラップに乗せると、クリームシチューとホタテの香草焼きで残った茶碗のご飯を食べ始めた。


結局飛鳥馬さんはクリームシチュー、ホタテ、サラダとご飯を半分食べただけで夕食を終えた。


「飛鳥馬さん、ダメですよね? わたしが食べちゃいましょうか?」

「そうか、柏木さん両刀使いだもんね。どうぞどうぞ。」


なにか肝心な部分のセリフが欠けたような会話だけど、目と目で通じ合ってるようだ。


柏木さんが飛鳥馬さんの牛乳プリンを取った。

「ラッキー、じゃ、いっただきまーす。」


すると飛鳥馬さんは、ラップに乗せておいたご飯に少し塩をふりかけたあと、ラップのまま丸く包んで、三角に握り始めた。


なるほど、ご飯を半分おにぎりにするのか。


続いて、弁当箱みたいなケースに松前漬けとお新香を詰め始めた。


あぁそうか。準備万端でこれから飲むって時に甘いものは食べたくなかったんだな。それを見越した両刀遣いの柏木さんが牛乳プリンをちゃっかりゲットと。

異種酒豪格闘技での技の掛け合いを見た気分だよ。


「ご馳走様でした。さ、部屋集合ね。」

松前漬けとお新香を詰めたケースと手作りおにぎりを持った飛鳥馬さんが午前中の研修後に食堂へ向かう素早い隊員の機敏な動作よりさらに素早く食堂を出て行った。


飛鳥馬さんの酒に対する情熱は、もう尊敬に値するレベルだと思う。

それに引き換えオレ、情熱は足りているか?


「飛鳥馬さん、めっちゃ気合い入ってますね。」

「うん、あの人、北海道派遣が決まった時からずっと地酒を楽しみにしてたのよね。さ、わたしたちも行きましょ。一旦部屋に戻って飲み物とツマミもって集合ね。」


ジュースとツマミの入った袋をもって飛鳥馬さんの部屋へ行くと、ドアが靴を使って開いたままの状態で固定されていた。


「お邪魔します。」


「お、どうぞ、あがって。あ、ドアはそのままにしといてね。」


部屋に上がると、ソファの前のテーブルにコップが3個並べてあった。


「ソファと座布団どっちが良い? 私は胡坐かきたいから座布団派なんだけどね。」

「オレはソファが良いです。」

「オーケー、じゃ、下田くんと柏木さんはソファーで、私は座布団、と。」


ソファーに座った。ついに、初めての人の家に遊びに来るが達成した瞬間だった。

姉さん、ここは、知らない天井、いや、壁です。

そもそも、ここは飛鳥馬さんの部屋でもなく、単なる出張先の宿舎で、たまたま飛鳥馬さんに割り当てられた部屋で、今のオレの部屋だって、知らない壁なんだけど、そういう物理的なことじゃなく、気持ちの問題ね。


「飛鳥馬さーん、お邪魔しまーす。」

あ、柏木さんも来た。


「はい、どうぞ。勝手に上がってきて。」


「はーい、ドア開けときますねー。」


そういえば、さっきからえらくドアにこだわってるな。


テーブルの上には、氷下魚の干物、干しホタテ貝柱、するめ、鮭トバ、ポテトチップじゃがバター味、とうきびクッキー、じゃがポックリ、濡れせんべいが並んだ。


飛鳥馬さんと柏木さんは缶ビール、オレはハスカップソーダを持った右手を高く上げた。


「お疲れ様!」

「おつかれー」

「お疲れ様でした!」


さぁ、開幕だ。人生初、友達の家での宅のみ、オレは未成年なんでツマミ食べ比べ会だけどね。














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