第15話 パンダとアクアパッツァ

 黒い蝶ネクタイの格式高そうなウェイターがやってきた。

「ランチはおまかせコースのみで承っておりまして、アンティパストの盛合わせ、本日のサラダ、パスタ、メインディッシュとデザートになっております。パスタは地中海産手長エビソースのペスカトーレと、イベリコ豚と名古屋コーチンのアラビアータから、メインディッシュは前沢牛の子牛のカツレツか、愛媛産鯛のアクアパッツァをお選び頂けます。」


「わたしシーフード大好きなの。手長エビのペスカトーレとアクアパッツァでお願いします。うわぁ、楽しみ。」

芦田さんって本当に楽しそうな笑顔をするんだな。


「うーん、オレもエビとアクアパッツァが気になるな。同じものにしようかな。」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」

ウェイターが下がって行った。


「わたしのうちね、お父さんもお母さんもあまりシーフードに興味がないの。だから、お店でシーフード食べるなんてチャンスあんまり無いよのね。ほら、学校の近くのファミレスだって、シーフードなんてシーフードドリアとか、エビフライとかしかないでしょ。だから、こんな素敵な店でシーフード三昧なんて、嬉しいなぁ。」


「へぇ、オレもシーフードって言われても、寿司屋くらいしか思い浮かばないかな。でも、寿司屋ってシーフードって感じじゃなくて、魚介屋だよね。」


「ふふふ。確かに寿司屋はシーフード屋って感じじゃないよね。」


そこへウェイターが料理を運んできた。

「お待たせ致しました。アンティパストの盛合わせで御座います。マグロのカルパッチョ、しらすのブルスケッタ、ホタテとアボカドのマリネ、ムール貝のワイン蒸しをご用意致しました。シーフードがお好きとお伺いしましたので、シーフード4品を盛合わせて参りました。お楽しみ頂ければと思います。」


「うわぁ、ありがとうございます。ホントに素敵! 下田クン、こんな店でお行儀悪いんだけど、ピンスタにアップしたいから写真撮って良い? 綺麗すぎるもん、これ。」


「すげー綺麗だよね、オレも写真撮っちゃお。」


「いただきまーす」

「いただきます」


続いてサラダ、これもシーフードに寄せてくれて、海藻サラダにしてくれてた。

濃厚エビ味噌とプリップリな手長エビと絶妙アルデンテのペスカトーレ、そしてお待ちかねのアクアパッツァ。そして食後にはエスプレッソと、ティラミス、パンナコッタの盛合わせ。食事はもちろん大満足だし、芦田さんと食事中ずっとたわいもない話で盛り上がれて、夢のようなひと時って感じだよ。前ネットで見たけど、くだらない話が出来る時って、お互い気を許してるんだって書いてあったな。


 ふと、芦田さんがオレに顔を近づけてきて、小声で話はじめた。

「下田クン、入口のSPさん達、コーヒーとパンだけなんだね。なんか、わたし達だけ盛り上がって食べてるのって・・。もちろん、あの人達は仕事中だって解ってるんだけど、理解はできるけどなんか納得できない感じがしちゃうよね・・」


「うん、実はオレも同じ感じがしてたんだ。恥ずかしいけど正直に言うとね、オレ、女性と二人で出かけたのなんて生まれて初めてなんだ。だから、すっごく嬉しくて、楽しくて。でも、なんだか盛り上がり切れないっていうか、罪悪感っていうのかな、いつまでも気になるっていうか、あ!島崎さんが言ってた、気になっちゃうって、これか!」


「え?島崎さん?」


「あ、同僚の人。さっき話した、プライベート感が無いとか、堅苦しいからとか、って言ってた人。その人が最初に言ったのが気を使っちゃうし、だったんだ。そうか、それって、オレ自身だけじゃなくて、相手にも気を遣わせちゃうって意味なんだ。」


「あー、なるほどね。だから、下田クンの同僚さん達って、外出しなくなっちゃったてことだね。わかりみだー。そのまんまだよね、プライベート感が無い、気を遣う、堅苦しいって。」


「だよね。ごめんね芦田さん。」


「あ、誤解しないでね。嫌だとかじゃ全然無いんだよ。逆に、こうしてまで会ってくれてること自体は嬉しいんだよ。ただ、やっぱり気を遣うっていうか、ちっとも落ち着かないよね。私生活覗かれてるみたいな、そうそう、昔のテレビでやってた、なんとかハウス的な?え?わたしタレントになった?的な?」


「オレはね、上尾動物園のパンダを思い浮かべてた。」


「あー、そうそう、わたし達、パンダ。 ふふふふ。 じゃ、折角だから残りの時間もパンダになりきりますか。 すみせん。」

ウェイターさんを呼んだ。


「はい。」


「あの、ジェラートってありませんか?」


「御座いますよ。フレーバーは、アーモンド、ラムレーズン、塩バニラがご用意できます。」


「じゃわたしアーモンドと塩バニラ下さい。下田クンも食べない?わたし、ジェラートにも目が無いの。」


「へぇ、じゃオレは塩バニラをもらおうかな。」


いいねぇ、こうして雰囲気まで気にしてくれる芦田さんって、もしかして天使なんじゃないだろうか。いや、天使に決まってる。


12時半少し前。そろそろ戻らないと外出時間が終わってしまう。

「芦田さん。今日は本当にありがとう。パンダ役をさせちゃって迷惑かけちゃったけど、出来ればまた次も、一緒にどこかへ出かけたいな。」


「わたしも楽しかったよー。それに、すっごい美味しかったー。だって、美味しい食べ物は人を幸せにするからね。もちろん、いつでも誘ってね。」
















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