第14話 行ってきます

 「闇夜の世界を切り裂け、気高い鋭利な爪。それはNEKOの爪。ニャー!」スマホからキャラメルさんの迷曲?「朝焼けの猫魂」が流れ出す。実は、既に少し前から目が覚めていたのだが、今日の外出での色んな事、あんなことやこんなことまで妄想しながらゴロゴロしていたのだ。


身支度を整えて、早めのランチのために少し軽めの朝食をってことでハムエッグ作って、ご飯を茶碗に半分だけ食べた。後は出発の10時までソファーでスマホのゲームを、あ、このゲームは仕事じゃないゲームね。っていうか、仕事もゲームで時間つぶしもゲームって、オレの人生は9割ゲームで出来てるって感じか?


9時50分、出発の10分前に地下の通用口へ着くと、林さんが待っていた。

「おはようございます。今回初めての外出ですので、契約書には書かれているのですが、念のため注意点だけ再度お伝えしようと思います。」


「おはようございます。え、わざわざすみません、ありがとうございます。」


「下田さんは、防衛省電脳競技研究所に所属されている以上の事は開示できません。任務の内容はもちろん、待遇類、また、この研究所の場所も含めて全て国家機密事項です。情報開示してしまった場合、下田さんだけではなく、それを知ってしまった相手にも迷惑が掛かることになりますので十分ご注意ください。」


「わかりました。」


「そして、こちらが今回外出支援を担当するチームです。」

林さんの指差す先には、え? ジープ、じゃない、高機動車、だよね? で、その横に軍服姿の4名。その後ろに黒塗りのセダン、そして、スーツ姿なのに筋肉の動きがわかりそうな、強靭な肉体のSPが3名。


えぇと、ちょっと大げさじゃ・・。

「あ、し、下田です。今日はよろしくお願いします。」


全員がビシッと敬礼を返してきた。


「下田3尉、こちらへどうぞ。」

スーツチームがセダンの後部ドアを開けてくれる。


ちょっと仰々しいよね。これが島崎さんが言ってた堅苦しいってことかな?

「林さん、いろいろありがとうございました、行ってきます。」


「はい、行ってらっしゃい。楽しんできて下さいね。」

林さんだけは普段通りに手を振ってくれる。


高機動車を従えて車が動き出すと、何やら無線でやり取りが始まった。

「独小1号、お台場庁舎出発、異常なし。」

「お台場出発了解。現在レインボーブリッジ周辺に異常なし。予定通りのコースで進行せよ。」

「周辺異常なし、コース予定通り、了解!」


もしかして、この移動経路も計画済で、移動中もどこかで監視されてるんだ・・。


20分ちょっとで東銀座へ到着し、細い路地を曲がるとイタリア料理店、ルフランが見えて来た。店の前に女の子が立っている。芦田さんだ! セダンが店の前に止まってSPに挟まれながらオレがおりると芦田さんが驚いた表情でオレを見た。

「下田クン?」


「やぁ、芦田さん、久しぶり! 今日はありがとうね。さ、入ろう。」


「う、うん、久しぶり。ねぇ、ちょっと緊張するんだけど・・」


オレと芦田さんの左右に屈強なSPが3名。店の外には、この閑静な東銀座の路地裏には違和感しかない、高機動車。確かに普通じゃないよね・・。


店に入ると、奥の小部屋に案内された。そして、SPは1人が店内入口付近の席、2名が小部屋の中の小さな席に座った。


「芦田さん、本当に久しぶりだよね。改めて今日は来てくれてありがとう。」


「毎日チャットしてるけど、会うのは学校以外では初めてだよね。そうだ、ずっとグラ8勝負のお礼しなきゃって思ってたんだけど、なかなかチャンスが無くて遅くなっちゃってごめんね、これ、下田君に似合うと思うんだ。」


可愛らしい小袋から出てきたのは、レザーのネックレス。


「うわぁ、素敵だね、これ。オレなんかが付けて似合うのかな。って言うかさ、ネックレスしたこともないんだ。格好いいな、自分じゃ絶対買わないもん、すっごい嬉しい!」


姉さん、いや、母さん、いや、地球上の非リアの皆さん、聞こえますか、あなたの心に直接呼びかけています。オレはこのレザーのネックレスを付けた瞬間、非リアを卒業します。これはオレの卒業証明書なんです。そして今からは新オレなんですよ、ファン達にサインをするオレの胸元には渋く輝くレザーのネックレス。ベストジーニスト賞の授賞式で、胸元に渋く輝くレザーのネックレス。武道館でライブするオレの胸元に・・・


「下田クン?もしもーし?」


「あ、ごめん。また考え事してた・・」


「相変わらず自分の世界にはいっちゃうんだね あはは。」

うーん、芦田さんの笑顔は美しい。世界にこれ以上美しい笑顔は無いと思う。


「そういえば、下田クン、政府機関に居るんでしょ? なにしてるの?どうなの?」


「あ、うん。今は防衛省電脳競技研究所に居るんだけど、それ以上は機密事項なんで、友達にも家族にも話しちゃだめらしいんだ。」


「そーかー。でも、元気そうなのはわかるよ。きっと良い所なんだろうね。でもね、いつもこんな感じなの?」

芦田さんは窓の外の高機動車と部屋の入口に座っているSPを目で追った。


「実は、普段は施設から出られなくて、今日が初めての外出なんだ。オレの職場の同僚たちは、プライベート感が無いとか、堅苦しいから外出しないって言ってたんだ。今、ひしひしと理由を理解してる気がする。でしょ?ごめんね。」


「うん、プライベート感が無いと堅苦しいって表現した人、凄いと思う。まんまその通りだよね。でも、下田クン、最初の外出で私を食事に誘ってくれたってこと? えー嬉しいよ、それ。」


「いや、こちらこそ、来てくれて嬉しいです。ほんとマジ嬉しいです。」

あ、なんか嬉しすぎて涙出てきた・・。

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