第5話 校長室

 「えー、と。本日の下田君の経緯に関しては先ほどご報告した通りで、午後の授業では予定通りに格闘ゲームのクラス内トーナメントを行いました。」


山村先生が説明を始めた所へ、授業を終えた武田先生も校長室に駆け込んできて、椅子にも座らず、立ったまま話はじめた。


「今、スト7でトーナメントをしまして、結果、下田君の優勝、更に、私も対戦しましたが、あっけなく敗れてしまいました。想定するに、高校生レベルではトップ級の記録じゃないかと思います。」


「なるほどですね。少し言い辛いのですが、単刀直入に言います。先ほど教頭先生に下田君の成績記録を見せてもらいましたが、下田君は今まで、世界レベルはもちろん、校内でも上位の得点を残したという実績が無いのです。ところが今日から突然このような得点になりました。これにはなにか理由があるのではと思って先生方にも、下田君本人にも集まって頂きました。」


校長がそう言って、全員の顔を見渡した。


「えー、担任からのコメントと致しましては、確かに彼は、どちらかと言うとクラス内でも自己主張の少ない、物静かなタイプですので、あまりプライベートや性格は見えてきませんが、変なチートを使ったりするような生徒では無いと信じております。」


なるほど、引き籠り一歩手前で友達も居ないことを、綺麗に表現すると、自己主張が少ない物静かなタイプと言うのか、流石教師は言葉を選ぶよな、よし、メモしておこう。


「そうですか。それではもう、本人に伺うしか無いですね。下田君、何かご意見は御座いませんか? 誤解の無いようにお願いしたいのですが、もちろんこれは素晴らしいことなのです。ただ、あまりにも突然で、というだけの話なんですよ。」


校長がオレの目を見を真っすぐ見て微笑みながら、ゆっくりと問いかけた。


とは言え、突然学校の授業がゲームになっていて、高得点マークしたら大騒ぎされて、校長室へ連れて来られてこんなことになってて、、と言う事実がオレにとっての全てなのだが、そんなこと言っても信じてもらえないどころか、ヤバい薬でも使ったのかと思われるだけだろうし、でも、言い訳する必要もないだろうし、そもそも辻褄が合う言い訳が思いつかないし。


考え込んでいると、校長がオレの肩に手をかけた。


「下田君、本当のことを話してもらって大丈夫ですよ。私達も、普通ではないことが起きていることは間違いないと思ってますから。どんなに必死に努力したとしても、校内ランキングにも入っていなかった高校生が世界ランキング級の得点をあげることはできませんし、もし、チートを見つけたのでしたら、それは正しく電脳スポーツ管理委員会に報告すれば良いだけで、罰せられたりしませんから、安心して下さいね。」


うーん、やっぱりチートを疑われてるようだな、ま、この世界に居ること自体がチートだと言えばチートなんだけど。もう、やけくそだ、事実を話してしまおう、どう思われても関係ないし。どうせ今朝からずっとやけくそ続きだし。


「あの、本当に正直に話して良いですか? 実は自分自身でもわけがわからくて困ってるんです。」


校長も先生たちも頷いている。


「実は、朝起きたら、カバンの中にテキストの代わりにゲームコントローラーが入ってたんです。母親に言っても、当たり前だと取り合ってもらえなくて、そのまま学校に来たら、授業がゲームで、普通にゲームしただけなのに高得点だとか、世界ランキングだとか、しまいには校長室に連れて来られました。」


「下田君、君が言っているのは、今朝起きるまで、ということは昨日までは、高校でもテキスト、教科書を使って勉強をしていた、ということかね?」


校長が問いかけてきた。


「え?えぇ。それが普通かと。」


「そうですか。もしかして君の昨日までの世界では、勉強が出来るレベルによって入学できる学校が違うのではありませんか?」


「は、はい。偏差値、ですね。」


「なるほど、実際にそういう人を見たのは初めてですが、話には聞いたことがありました。君と同じように、勉強して学校に入るという世界から来た人達が居て、皆ゲームの得点が高かった、という話を。」


「校長、その手の話って都市伝説のようなものだと思ってましたが・・」


武田先生は困ったような表情をしている。


「私も実際に遭遇したのは初めてなので、なんとも言えませんが、ただ、勉強して学校に入っていた、という人が過去に何人か居て、ゲームの得点が高かったという話と、今回、彼が同じ世界観の話をして、突然世界ランキング級の得点を出すという結果からは、そうとしか思えない、ということです。」


何だか皆は納得しかかってるけど、オレには全くチンプンカンプンのままだ。


「あの・・・。」


「あ、下田君が置いてきぼりになってしまいましたね。説明しましょう。まず、私たちの世界は、小学校では勉強をします。国語、算数、理科、社会等、生活に必要ですからね。そして、中学校から先の学校は、ゲームの得点別にレベル分けされてます。私達の高校は、大学進学率が約半分の中堅校です。もちろん、大学入学もゲームの得点で決まります。物の優劣を決めるのはゲームの得点なんです。」


納得は出来ないが、さっき芦田さんがゲームで勝負が云々は、そういうことなんだな。


まぁ、悩んだところで何にもならないだろうし、ゲームが強いことは良いことらしいから、オレにとっては都合が良いかもしれない、と思っておこうか。


「はぁ。まだよく理解できませんが、とにかくゲームが強いことは優秀ってことですか?」


「その通りです。逆にそれ以外の優劣の決め方はありません。」


校長がほっとしたような表情で答えた。


「では皆さん、現状での結論として、下田君は、今朝違う世界線から来た人で、これからはこの世界で、いや、この高校で今まで通りに生活する、ということで。 また、今までここの世界線に居た下田君がどうなったのか等を考えるのは一旦保留しておきましょう。」


全員が頷く。校長が続けた。


「そして下田君、君には少し注意点をお伝えしないといけないですね。君はゲームが強すぎます。学内での対戦は全然問題ありませんが、学外での対戦は控えた方が無難です。強すぎるゲーマーはトラブルに巻き込まれる可能性が高いからです。」


なるほど、確かにゲームで勝敗が決まるなら、強いゲーマーを抱えた側が勝つってことだもんな、それは特に悪い人たちに狙われるよな。外でのゲームは厳禁、と。あっ!


「あの。。既に対戦の話を受けてしまったんですが。。」


「はぁ? 下田、今朝学校に来てからまだ、外出てないだろ。なんの対戦が決まったんだ?」


山村先生が少し困ったような表情で聞いてきた。


「昼休みに芦田さんに頼まれて、確か実家の不動産屋で退去の件で試合だとかで・・」


「うわぁ、不動産絡みって、それヤバい系の人達の可能性もあるんだぞ、断れないのか? って、芦田の頼みじゃ断れないか、芦田は可愛いもんな。」


山村先生、わかってるじゃないか。そうだよ、オレは絶対断れないよ。やっぱりこの世界でも可愛いは正義なんだな。


「はい。絶対断れないですし、断りません。」(キッパリ)


「約束してしまったものは仕方無いですが、次からは十分気を付けた方が良いですよ。」


校長も意味深な笑いを浮かべている。


仕方ないよね、可愛いは正義、これはいつの時代も、何処の世界でも絶対定理なんだから。

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