いってらっしゃい

幻想タカキ

本編

「今日で卒業かぁ。あんま思うことなかったけど、いざ来てみると寂しく感じるよ」


 3月。学生達が己の学校から卒業し、新しい道へと歩み出す。そういう月だ。

 少なくとも、ハクはそう思っていた。


「ふーん、そっか。誰も知らないけど、実は泣き虫だもんねぇ、ハクは」


 哀愁を漂わせるハクに、クロミはからかうように笑った。


「て言うんだろう、お前は。もう泣かないって、18なんだからよ」


 懐かしいものだと、ハクは昔の自分を思い出す。

 とにかく泣いていたというのは覚えている。叩かれたり一人ぼっちになったりすると、訳もわからず泣いてしまう。小学二年生まで続いていたせいで、泣き虫と馬鹿にされるのは自然な話だった。そんな時によく引っ張ってくれたのが、日和であった。励ましてもくれて、時には厳しいことも言ってくれる日和のお蔭もあり、泣き虫癖は改善されたとハクは思っていた。


――それ以降、最後に泣いたのは一年前だけだ。


 ハクは少しだけ躊躇いながら、クロミの方を真っ直ぐと見始める。

 そして、今まで隠していたことを言い放った。


「俺、地方の大学に行くんだ」

「……そうなんだ」

「隠してて、悪かった。言い訳だけど、タイミングがなかったんだ」

「仕方ないよ。忙しかったんだもんね。それで合格なら、文句は言わないよ」

「ごめんな、ほんとに。酷い幼馴染だよな、俺って」


 ハクは苦笑する。

 しかし言いにくい理由もあったのだ。彼が行こうとしている場所は、クロミが興味を持っていた植物についての研究をするための大学であった。

 どうしてクロミが興味を持ったのか、なぜ知りたいのかを知るために。

 故郷を離れるのは、専念するためであった。クロミのいる場所にいたら集中できない自信が、ハクにはあったからだ。


「実は俺、お前のことが好きだったんだ」


 とはいえ、その気持ちを胸にしまっておくのは失礼だと思った。

 故にハクは今日この日、今まで隠していた気持ちをさらけ出すと決めていたのだ。 しばらく戻るつもりはないと、決心していたから。


「うん、知ってる。何年幼馴染やってると思ってるの?」

「まぁ、分かりやすいから、多分気づかれてたよな。あー、恥ずかし」


 再び苦笑してしまう。

 泣き癖は治ったものの、ポーカーフェイスだけは上手くなることはできなかった。「その方が可愛いよ」とクロミには言われたが、それで毎回ババ抜きで負ける人の気持ちも考えて欲しかった。

 今となっては、そんな自分も好きではあるのだが。

 それから数分が経ち、ハクは荷物を持って立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。あんまりうるさくし過ぎると、色んな奴が起きちまいそうだからな」

「……そうね。特に右の方なんか全っ然。夜中なんて特にうるさいんだから」

「じゃあな、クロミ」


 そう言うと、ハクは『彼女の墓』を後にした。


『もう、ちゃんと彼女作りなさいよ。じゃないと、いつまで成仏できないんだから』


 クロミは重い病気にかかっていた。それも、もう長くは持たないと言われたほどの。

 ハクの前では治る病気だと嘘をついた。それがクロミがハクについた、最初で最後の嘘であり、結果的に彼女自身の手で彼を泣かせることとなってしまった。

 神の悪戯か、クロミは何故か自分の墓の前で目覚めた……幽霊として。

 故にハクは気づいていないし、クロミの言葉が届いているわけでもなかった。それでも彼女は、ハクの話を一つ一つしっかりと返していたのだ。少しでも、元気になって欲しいと思ったから。

 そして――


『私も大好きだよ、ハク……いってらっしゃい!!』


 その時だった。


「――ぁ」


 思わず振り返る。

 何かが聞こえた気がした。長く聞くことはなかった、そして長く聞きなれた声が、聞こえた気がした。

 しかし、目に映るのはさっきと変わらないクロミの墓だけである。

 幻聴だろう。お化けや幽霊なんていないと言ったのは、他ならぬクロミなのだから。

 けどもし、彼女が化けて現れてきたら、きっと今回は厳しく言う筈だ。いつまでもメソメソするな、と。


「……ふっ、まさかな」


 所詮は妄想の話。だがそれでも、今のハクには十分な激励だったのだ。

 再びクロミの墓を背にする。

 そして、これからの未来へ向かって――


「ああ、いってくる!」


 新しい道を歩み出したのであった。

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