第27話 さあ、やろうか。はっ、一体何が?

 獣王アンティオコ=マンチー=ジョヴァンの元に連絡が来たのは、予想よりも早く一週間後であった。


「彼ら、本当に真っ直ぐ来た様です」


 王に言われ、様子を見に行った者達は出会った後、一気に振り切られる。


 まだ到着できていない。

 後に伝えられた報告では、彼らは生い茂る木々の中を、まるで鬼ごっこでも楽しむように、縦横無尽に走り回り。とてもでは無いが、追いつけなかった。


「そのような、報告が来ております」

「そうか。それで彼らは?」

 王がそう聞くと、宰相は言いにくそうな感じで、しゃべり始める。


「王城に逗留し、今は中庭。練兵場で。その…… 兵を鍛えております」

「何でそんな事になっておる?」

 言葉と裏腹に、嬉しそうな王の顔。


「彼らはヒト族でありますから、その…… 兵がちょっかいをかけ、一瞬で倒されまして」

「それで?」

「悪いところを、指摘されて、修正中だという事です」

 腕組みをしていたが、動き始める。


「見に行くぞ」

 尖塔の一つから、中庭を見下ろす。


「ちがう。ふっと切り下ろして、すっと止めるんだ」

「リーポス、それじゃ分からないよ」

「剣は、その重みで振るうんだ。最後だけ力を込めて引き絞る。左手に力を込め、右手は添えて軌道を安定させる」

 アシュアスが説明をする。


 すかさず言った、リーポスの言葉。

「一緒じゃないか」

 周りの皆から、突っ込まれる。

「どこがぁ」


「こんなものは、振っていれば気が付く瞬間があるんだよ。そんなに細かく言ったら、そればっかり考えるから。動きが制限されて良くないと、お母さんも言っていたし」

 シルティアさんも直感型のようだ。

 まあ、そうだろうなと、皆も納得をする。


 たまに、アシュアスのお父さん。ヴァレンに習って「そうだったんだ」と言っていたリーポスだったのに、本人は忘れているようだ。


 その横では、よい子の魔法学校が開かれていた。


「はい。皆さんは身体強化を使っています」

「そんなものは……」

「使っています。干渉を行いますから、動いてみなさい。それが肉体の強さですから」

 アミルが相手を焼かないように調節を行い、魔力を放出する。


「くっこんな。体が重いのは、お前が抑える魔法を使っているんだろうが」

「いまは、魔力循環を乱しているだけです。デバフならこうします」

 アミルが何かをすると、相手は這いつくばる。


「くっ、こんな。体が重い」

 先ほどまでは、体がだるく重かった。

 ところが今度は、何かがのし掛かったような重さに変わる。


 それも、相手にしているのは班単位。

 二単位、十人ほどが地面で転がり苦しんでいる。


 そしてその脇では、盾部隊が、クノープによりシールドバッシュで吹き飛ばされていく。

 体格では、熊系獣人の方が圧倒的に大きく重い。

 それなのに、平気で五メートルほど飛ばされ転がっていく。


 中庭の練兵場で訓練しているのは、エリート達。

 一般の兵達は、外の練兵場で訓練をしている。


「あれは…… ヒト族の国はそんなに強いのか?」

「あまり国交がありませんので」

「ああ。何代か前の王が、相手を馬鹿にして怒らせ、出禁になったのだったな」


 アンティオコは考える。

 非力なものは、考え、力を効率的に使う方法でも見つけたのではないかと。

 目の前で起こっているのは、あくまでも技術的な問題だ。

 そう理解をする。


 獣人特有の力。瞬発的な気による、身体能力の爆発的上昇。

 これは、生物的特性だったはず。


「どれ、顔を出そう」

 見てしまったために、うずうずが止まらず、獣王はさっきから尻が揺れていた。猫ではないが、獲物を狙う時に無意識に出る。


 虎系獣人の特性だ。


「ちょっといきなり」

 宰相は段取りするため、走る羽目になる。


 十五分後。

「それでは、獣王アンティオコ=マンチー=ジョヴァン様と、ヒト族アシュアスの模擬戦を行う」

 この時、アンティオコは余裕をぶっこいていた。


 上から覗いていたときの動き。

 たいしたものではない。


 先ほど問いかけたとき。

 強者は誰だと聞いたら、示されたのはこの男だが、本人は分かっていなかった様子。

 強者なら、おのれの強さを知っておるはず。


 獣人達は野良試合をよくする。

 それは、獣王の決定が、戦いの結果で決められる、国柄であるためだ。

 だから子供の時から、誰が強いと言うことが、人々の指標となっており、自他共にそれを認める。

 それは、獣人国での常識。


 一方、人の国では目だつと、ろくなことがない。

 その小さな違いが両者の反応の違い。


「それでは。はじめ」

 騎士のかけ声で、試合が始まる。

 たまたま、通りがかった彼。審判にさせられた。


 あそこで、王を見かけ礼を取ったのが間違いだった。


 僅差になった時判定が面倒。

 意外と審判は面倒なのだ。


 だがそんな心配は、無用なものだった。


 ゆっくり動き始めた二人だったが、次の瞬間には王が倒れていた。


「はっ? 一体何が…… きさま魔法を使ったな?」

「いえ、普通に怪我をさせないように、拳で殴っただけですが」

 布を巻いた拳を見せる。


「そんなはずは……」


 十五分後。

 諦めず、鼻水や涙をこぼしながら、アシュアスに立ち向かう王の姿があった。

 手加減のため、気も失うこともなく。恥という生き地獄を味わい続ける王であった。

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