第6話 昇級試験
「まだ来ていない。大丈夫」
とりあえず、予定時間にはなっていない。
この町では、あさ九時に鐘が鳴ると聞いている。
そして周囲には、一緒に行くのか、多くの冒険者が集まっていた。
「おはようございます」
アシュアス達は、驚き振り返る。
背後を取られた。
気配察知や、魔力、空気の流れ。そんなものを感知して、人が背後に立てば無意識でもわかる。
村で、遊びを通して、そう訓練されていた。
それなのに、すぐ近くに立つティナさんに気が付かなかった。
それも、アシュアス、リーポス、クノープ。三人ともが気が付かなかったのである。
驚嘆。
そんなことはお構いなしに、説明が始まる。
「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをして貰います」
無表情で、そんな台詞を吐いてくる。
首がこてんとかしげられ、もう一度。
「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをして貰います」
なぜか無表情。
「いえ。それは分かったので、続きは何でしょうか? まさか仲間同士で。では無いですよね」
何かを言おうとして居たようだが、肘を曲げ、顔の横で人差し指を立てたまま固まってしまう。
「当然です。お相手は、盗賊団。王都方面の街道沿いで、悪さを行っています。ただし構成員が数百だと聞いていますので、一チーでは無理。と言うか今日、その討伐を行うメンバーとして混ぜて貰いました。町からの依頼なので、ほぼボランティアですが、他のチームは手間賃として、基本報酬が銀貨五枚出ます。あなたたちは試験なので、出ません。くっくっく。私ってばギルド職員として優秀でしょう。褒めてください」
その姿に少し驚く。
「どうしたんですか? 昨日と少し性格が変わっていません?」
「いえ。変わっていません」
ティナは眠かった。普段でも、朝は機嫌がすこぶる悪い。
それに昨日、アシュアス達と触れ合ったおかげで、少し熱きパトスが流れ出て、寝付きが悪かった。そんなことを思い返し始める。
そう、パトスとはギリシャ語の「πάθος」から派生した言葉。
情念とも呼ばれる。
感情や情熱、特に悲しみや同情を引き出す力を表す。アリストテレス倫理学において、欲情、怒り、恐怖、喜び、憎しみ、
そう。ティナ、二十一歳の心の中で、普段は眠らせている、情念。
かわいい男の子相手に、『お姉様とお呼び』などという言葉を言いたい。そんな感情が少しはみ出た。
これは普段、カウンターの中で一人。むさ苦しい冒険者相手に和やかに対応している者が心に浮かべてしまう感情。そう、職業病とも言えるだろう。
この感情は…… 若さだけでは無い。仕方が無いのだ。
ティナが何かを思い、拳を握っている姿を、ぼーっと見せられる。
なんだこれ?
アシュアス達は、そう思った。
やがて、鐘が鳴り、冒険者達が馬車に乗り込んでいく。
まだ、ティナは固まって居るので、アシュアス達はそそくさと馬車へ乗り込む。
ティナが正気に戻ったのは、皆がいなくなって五分後だった。
「あれ? 皆さんは」
聞いたわけではないが、声に出た。
近くに居た門番が反応をする。
「五分くらい前に出ましたよ」
ちょっと心を落ち着ける。
「ありがとうございます」
そう言ってギルドへと戻っていく、なにもなかったように颯爽と。
「見ない顔だね。討伐は初仕事?」
アシュアス達の横に座ったのは、この町の中堅冒険者、『安寧の守護者』と言うチームのリーダー。シュレーター。
「ええ。今日は、昇級試験で混ぜていただきました」
「ああ。君達がそうか。僕たち銀級で『安寧の守護者』と言うチームのリーダー。シュレーターだよろしく」
男ばかり、五人が手を上げる。
「あと、あそこに居る『双頭の騎士』が君達の試験を見ている。まあそうは言っても、相手を倒し、生き残れば問題ない。以外と人を殺すのは辛いからね」
「それはそうですね。よっぽどじゃなければ殺したくないですよね」
アシュアスはそう答えたが、実は幾度も経験がある。
英才教育。
それは、村人にとっては必須の勉強。
盗賊達は、弱き者を狙う。
幸い出身のドラコビラには、父達化け物が住まうので襲われる事はない。
だが、谷を越えた村では、たまに人が攫われる。
父達が、依頼を受けて、殲滅に向かうときだった。
あれは、アシュアス達が、十歳を過ぎた頃。
「おう、皆仲良く遊んでいるのか。ちょっと盗賊を退治しに行くからついてこい」
そんなノリで、連れて行かれた。
奴らのアジトは山の中にあり、攫われた商人や村人が捕まっていた。
女の人は、当然のようにおもちゃにされ、それを見せられていた男の人たちは、解放された瞬間、盗賊達を殺しに走った。
言う事を聞かないと、手足を切られ、目をえぐられ、そこに尊厳は存在しなかった。
僕は、その時持っていた力で、治せる人間は治療して回り、不意に襲ってくる盗賊は殺した。
『逃がせば、別の所でこの惨劇を繰り返す。情けをかけて逃がすという事は、盗賊。つまり人の物を盗んだり人殺しに加担。加担というのは協力をするのと同じ事だ。判ったな。反省をする事ができるなら、とっくにやめているさ。残っているのは屑だ』
そう言って、悲しそうな目で、盗賊どもを見ていた父さん。
それでも、逃がすような事はしないけどね。
話をしながらも、無表情で、斬撃をあちらこちらへ飛ばしていた。
少し向こうでは、母さんが盗賊の頭や股間を燃やしていた。
悪いことを考えたり、悪い事をするところは燃やすのだそうだ。
「燃やすと、綺麗になるのよ。これは消毒って言うらしいの」
母さんがそう教えてくれた。
成人をしたての若い冒険者。
微笑ましい目で、アシュアス達をこの時は見ていた。
だが、現場でシュレーターは、色々な鬼を見る事になる。
「こいつら、一体何者なんだ?」
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