第2話 町に、厄災達の子供がやって来た

「ここだね」

 大きな町でもないし、立派な城郭もない。

 狼除け程度に、二メートルほどの壁はある。

 入町の銅貨一枚を払い、中へと入る。

 

 町の入り口。そのすぐ近くに、目的の建物はあった。

 石造りの三階建て。


「行くわよ」

 リーポスが、ためらいもなくドアを開く。

 内開きのドアは、丁度ドアを開こうとした冒険者、コークを吹っ飛ばす。


 魔物除けなのか、かなり無骨な両開きドアのため、力を込め勢いよく開けてしまった。そのためだろう。ゴンとものすごい音がした。

「「「あっ」」」

 相手は、三メートルほど転がったが、リーポスは一瞥をするだけ。


「――まあいいわ。カウンターは、あっちかしら?」

 そう言って、すたすたと歩き始める。


「ちょっと待てや。ガキども」

 頭を抑えなながら、コークが立ち上がる。

 さすが冒険者。タフである。


「人を突き飛ばしておいて、そのままかよ。詫びぐらい入れろや」

 一気にまくし立てる。


 だが、リーポスはシルティアさんの娘。

「詫び? ぼーっと出入り口で立っている方が悪いわ。気配察知くらいしなさいよ」

 こんな感じである。


「なにぃ」

 少々のことには動じず、リーポスは通常運転。

 お母さんのシルティアさんと、反応が一緒だ。


 頭を抱えて怒っている彼は、チーム漆黒の兵団所属。

 兵団と言いながら、全員で五人だけらしい。


 結成から五年。

 年も二十歳を越えて、体が出来上がったコークと十五歳の女の子リーポスでは、体つきも身長も違う。


 上から見下ろすコークだが、リーポスのあるところで視線が止まる。

 母親譲りのある部分。

 まだ発育途中だが、その片鱗はある。


「おう。なにやってんだ。討伐に行くぜ」

 兵団のメンバーで、チーム代表のイリオがコークに声をかける。


「このガキが、いきなりドアを開けて。こっちは怪我をしたのに一言もないんだよ」

「ふーん」

 そう言って、リーポスや後ろにひかえる、アシュアス達をざっと見る。


「ガキじゃねえか。嬢ちゃん幾つだ?」

「なによ。幾つだって良いでしょ」

 そう言い放つ彼女から、目線がアシュアスに移る。


「ふーん。おまえは?」

「十五だよ」

 素直にアシュアスは答える。


 視線はズレないまま、イリオの手が、リーポスの胸に向かう。

「「「あっ」」」


 村でよく見た光景。

 最近では見なくなったが、昔はふらっと立ち寄った旅人が、酒場で酔ってシルティアさんに向かって同じようなことをした。


 当然手が触れる前に、相手の顔は強制的に横に向けられる。

 右の、平手ではなく拳。

 イリオという男は、強制的にその場でクルクルと時計回りに三回転し、ぱったりと倒れた。


「ふん。ドスケベやろうが」

 凜とした姿で立ち。相手を虫けらのように見下ろすリーポス。

 呆然とする、漆黒の兵団のチームメイト。

 きっと彼らには、何が起こったのか、見えなかったのだろう。


 まあ。俺らにすれば、いつものこと。


「あっちね。行きましょう」

 なにもなかったように、カウンターへと向かう。



「いっ。いらっしゃいませ。総合案内ティナです」


 驚いてはいたようだが、この女性。

 肩までの髪の毛。ブルーの瞳。

 少しほんわかした感じだが、強者感が出ている。

 受付だから、多少の体術は学んでいるのだろう。

 隙が無い。


「登録をお願いします。それと、探し人が一人」

「探し人? ご依頼ですか」

「そんな大層な事じゃなくて、クレッグって言う冒険者さんを探しているんです」

 ティナさんは、こてんと首をかしげて、右手の人差し指を顎の横へ。


「あざといわ」

 ぼそっと、リーポスがつぶやく。


「それって…… 少し、お待ちください」

 カウンターを離れて、奥へと行ってしまう。


 入り口の方では、まだイリオという男は目が覚めていないようで、名前を呼びながらチームメイトだろうけれど、女の人がびしびしと頬を叩いている。

 すんごく、顔が腫れ上がっているけど大丈夫か?


「俺に客? ガキだぁ?」

 ティナさんと共に、奥からやって来た男の人。

「多分ですが。この方が思い当たる、クレッグという冒険者。うちのギルドマスターとなっております」

 身長は百八十センチくらいの、ひげ面のオッサンが立っていた。

 この世界、普通の男の人は百六十センチ台。

 なので、大男だ。


 そして、この人も隙が無い。

 鍛え上がった体。

 革の胸当てを装備して、腰の後ろに短めの剣を吊るしている。


「父と母から、手紙を預かっています。ヘルキニアの町へ来たら、あなたを頼れと」

 そう言って、手紙を渡す。


「父と母? 頼れだぁ」

 手紙を引っくり返し、裏を見た瞬間に、ビクッとして固まる。


「――暗黒の魔道士。それに、バーサーカーのヴァレン。あの二人が結婚? しかも子供? お前がそうなのか?」

 目を見開いたままで、こちらを上から下まで見回す。


「ぼく、アシュアスと申します。よろしくお願いいたします。クレッグさんが早く見つかって良かったです」

 とまあ、ご挨拶をしたのだが、反応がおかしい。


「ああっ? 世話をしたことはあっても、世話された記憶は…… 多少しか無いぞ。確かに基礎は習ったが、飲みに連れて行かれて、酔い潰され。すべての払いは俺がしたんだ」

 眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔で、そう言ってくる。


 そんなことを言われても、あての無い町。

「それは、困ったなぁ。当てにしていたんですが」

 とりあえず、上目遣いにチラ見をしながら言ってみる。


「そう言われてもな」

「あっ。私も手紙があるんだった。はい。うちの母からです」

 リーポスが、手紙のことを思いだしたようだ。


「うちの母だぁ?」

 怪訝そうに、手紙の裏を見る。

 そして、再び固まるクレッグさん。


「おじょうちゃん。シルティアの姉さんが母親だって? 年は幾つだ」

「十五だけど」

 珍しく素直に答える。


 するとクレッグさん。

 何やら目が泳ぎ、指折り数える。

 生唾を、飲み込むそぶりがわかる。


 恐る恐る、手紙を開けて中を読む。

 だが、いぶかしげな表情は変わらない。


「お嬢ちゃん。その、お父さんはいるのかい?」

「ええ。普通の村人ですけれど」

 そう言うと、なんだか複雑そうな顔になる。

 いや、少しなっとくした感じ?


「そうか。まあいい。金は俺が出すから、安楽亭を教えてやってくれ」

 横にいるティナさんにそう言って、無造作にリーポスの頭に手が向かう。


 当然だが、掌がはじかれる。

「がっ。頭をなでるくらい良いだろう」

 痛かったようだ。


「駄目です」

 動じず、睨み付ける。

「そうか」

 そう言って、とぼとぼと、奥へ行ってしまった。


「えーそれでは、登録をしましょうか」

 なぜかすごく明るく。ティナさんが仕切り始める。


 そしてギルドで、ギルドマスターの隠し子騒動が持ち上がる。


 マスターは、数年前に結婚している。

 奥さんの耳に話が届くのは、いつの日か?

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