第20話『きらいにならないでね』

おかしい。


私はドラゴンとの戦いが始まってからずっと違和感を感じていた。


魔力を集めて空を割った様な収束砲、そして私の何倍も大きい爪や腕を使えば、私たちなんて簡単に蹴散らせてしまうだろうに、ドラゴンは大雑把に動き回るだけで攻撃らしい攻撃をしていなかった。


そして、何よりもおかしいのは私の中に響き続けている声だ。


『いたい、いたいよ』


まるで子供の様に、助けを求めているその声は……何故かドラゴンから聞こえていると、私には感じられるのだった。


「あぶねぇ!! エリカ! 俺の体によく捕まっていろ!!」


「エリカさん! あまり無理はしないで! ドラゴンだって生物です。戦い続ければ、いずれ好機が」


「リーザ殿! ヘイムブルの民は皆安全な場所まで避難させた。だから君も……っ! 何故ここにエリカ殿が!?」


「ガーランド様! 増援は!」


「まだだ。もう少し時間が掛かる! だが、その前にリーザ殿もエリカ殿も撤退してくれ。これ以上戦うのは危険だ!」


聞こえる。


『いたい……せーじょ。いたいの、なおしてくれる』


「っ! せーじょ。聖女?」


「どうした!? エリカ!」


『でも、ほかのが、じゃまだ。きえろ!』


聞こえてくる声に深く意識を向けていた私は、その怒りの声に意識を取り戻し、避難する様に叫んだ。


「皆さん!! 逃げて!! 攻撃が、来ます!!」


「「「!?」」」


その声が果たして間に合ったのか。分からない。


だが、ドラゴンが私たちに向けて大きな口を開いて、衝撃波の様なものを放った事で、私たちは地面を転がりながらボロボロになって動きを止めた。


私はジェイドさんに庇われて何とか無事だったけれど、左腕からはどこかで傷つけたのだろう……血が流れ続けている。


「……こんな」


『ようやく、しずかになった。せーじょ。つれてく』


そして、左腕を押さえながら呆然と見上げる私に、ドラゴンがその大きな手を伸ばしてくるのだった。


「逃げろ! エリカ」


「エリカさん!」


「エリカ殿に、触れるな!」


私の前に立ちふさがる様にガーランド様が、そしてジェイドさんとリーザ様が立ったが、ドラゴンが腕を振るうだけで吹き飛ばされ、そのまま気絶してしまったようだった。


遠くから見ても、命を落とす様な怪我ではないのは分かった。


だから私は、一度三人の事は頭から外して、ドラゴンに向き直る事にする。


もしかしたら戦わずに解決する方法があるかもしれないから。


『せーじょ』


「ドラゴンさん! あなた、私に何かお願いしたい事があるの!?」


『……っ、こえ、わかるのか?』


「やっぱり。この声はドラゴンさんの声なんだね」


『こえ、きこえた。にんげんのこえ。せーじょがいたいのを、なおしてくれた。きこえた』


「痛いのを……? もしかして、流行り病の時の事?」


『いたい、ここ、むかし、きられた』


ドラゴンが私に近づき、リーザ様が攻撃して欲しいと言った魔力核を見せてくる。


そこには今回の戦闘で付いたものではない、深い傷跡が付いていた。


とてもとても、古い傷だ。


それを見て、私はふとリーザ様の家に伝わる伝説を思い出していた。


そう。ドラゴンを討伐した伝説だ。


もしかしたら、リーザ様のご先祖様が倒したドラゴンというのが、このドラゴンさんなのでは無いだろうか。


それで深い傷を負ったドラゴンさんが山の奥へ逃げて、隠れながら傷を癒していた。


そんな中、傷をいやせる聖女の話を聞いて、傷を治して貰おうと出てきたのだ。


「という事は、今回の騒動の原因は私なのでは……?」


『せーじょ。ここ、いたい』


「……この騒動が終わったら、責任を取らないとですね。ですが、その前に、ドラゴンさん! 傷を治す事は出来ますが、一つ約束があります!」


『やくそく? なにそれ?』


「お願いごとです。傷は治すので、人を傷つけないで欲しいのです。建物も、壊さないで欲しい」


『それなら、わかった。きずがなおったら、やまにかえる』


「ありがとうございます」


私は素直に頷いてくれたドラゴンさんにお礼を言いながら、優しくドラゴンさんの魔力核に触れた。


そして癒しの魔術を使い、その傷を癒してゆく。


傷が大きいから、魔力の減りが大きいけれど、光の精霊さんに協力して貰って、周囲から魔力を集めて癒しの力に変換していった。


どれだけ時間が経っただろうか。


私はすっかり体力と気力を失い、後ろから支えてくれるドラゴンさんの手に寄りかかりながら、宝石の様に輝く核を見つめる。


「もう、大丈夫、ですか?」


『お、おぉ。いたくない。すごい。せーじょ』


「いえ。大した事はありませんよ。ではこれで、約束を」


『うん。やまにかえる。せーじょもいっしょに』


「え?」


ドラゴンさんは私の体を捕まえたまま翼を広げてそれを羽ばたかせた。


周囲に風が巻き起こり、ドラゴンさんの体はゆっくりと浮いてゆく。


「ドラゴンさん! 私は、帰らなくては!」


『せーじょ。すごい。もってかえる』


「聞いてください!」


私は必死に声を張り上げたが、ドラゴンさんは聞く耳を持たず、大空へと舞い上がった。


既に地上では酷い被害が出ているが、今の私はドラゴンさんに捕まっており、どうすることも出来ない。


だから、私は助けを求める様に、あの人の名を叫んでいた。


「――!!」


この世界に居るはずがないのに。


私を助ける為に、あの人は川に流されて命を落としたのに。


また会いたくて、私は……。


「……恵梨香!!」


こえが、聞こえる。


体力も気力も限界の中、僅かに繋がっている意識の中で、私は、その声を聞いていた。


「……恵梨香!!」


「おねえ、さん?」


川で溺れていた私を掴んでくれたあの手と同じ、優しさと温かさを持った手が、ドラゴンさんという濁流に連れていかれそうな私の手を、握っていた。


「っ! だぁ!! 恵梨香ちゃんは渡さない! 離せ!」


そして、私の体はドラゴンさんの手から離れ、空中に投げ出される。


しかし私の手を掴んでいるその人は、あの地獄の様な世界で、唯一私に光を齎してくれたあの人の手は、私を掴んだまま大空に羽ばたいていた。


「……アリス、ちゃん?」


「ふふ。間に合ったみたいだね。良かった」


背中に真っ白な天使様みたいな翼を広げて空を舞うアリスちゃんは、あの時、私の代わりに死んでしまったお姉さんと同じ表情で笑う。


「驚いた? この魔術。風の魔術を使える魔導具を使ってさ! 飛べるんだ!! 凄いでしょ! ずっと練習してたんだよね。空を飛びたかったからさ!」


『かえせ、せーじょ!』


「おっと! 捕まらないよ!」


アリスちゃんは勝気な表情で笑い、大空を自由に飛び回る。


それでも、その手に捕まっているだけの私が飛ばされないのは、風の魔術を使っているからだろう。


「まったく無茶ばっかりして。名前も、行動も、よく似ているよ!」


「にてる。って、だれに」


「昔、私が助けた女の子! 前世でさ! 川に流されて、結局助けられなかったんだ!」


「……」


「苦しかっただろうに。私も結局死んじゃって、生まれ変わったらこんな世界でさ。魔術なんて、前の世界じゃ無かった……けど! 今こうして、あの子と同じ名前で、同じ様に独りぼっちの女の子を助けられる。今度こそ!」


必死に飛び回るアリスちゃんの横顔は、その真剣な眼差しは。


大丈夫だよって私に微笑みかけるその笑顔は、お姉さんと同じものだった。


だから、私はその記憶を確かめるように、お姉さんの名前を呼ぶ。


前世で、何度も何度も、呼んだ……お姉さんの名前を。


「あー、ちゃん?」


「っ!?」


「昔、わたし、悲しい事があると、いつも川の近くにある鉄橋の下で泣いてた。でも、泣いてると、あーちゃんの名前を呼ぶとね。いつも、ヒーローみたいに来てくれるひとがいたの」


「まさか、君は本当に、恵梨香ちゃんなの? 私が助けられなかった」


「ううん! 私、助かったんだよ! あーちゃんの手が離れてから、すぐに別の人に助けてもらったの。あーちゃんが手を握っててくれたから、わたし、助かったんだって。流されなかったから。無事だったんだって、だから! わたし」


「そっか。そうだったんだ」


私は腕を引っ張られてあーちゃんに強く抱きしめられる。


「私は、確かに君を助ける事が出来ていたんだね」


「あーちゃん」


「なら、ならさ。私はまだ君と話したい事がいっぱいあるんだ。恵梨香ちゃん。だから」


「……うん」


私はあーちゃんと抱き合ったまま私の右手とあーちゃんの左手を繋ぎ直した。


そして、腕に付けていた魔術増強装置を起動させ、既に殆ど使えない光の魔術ではなく、闇の魔力を右手に集めてゆく。


「……あーちゃん」


「なぁに? 恵梨香ちゃん」


「その、きらいにならないでね」


私の言葉にあーちゃんは、大人びた笑みを浮かべながら「当然だよ」と言って笑った。それから私の使う闇の魔力を包み込むように光の魔術を使い、二つの力を合わせて巨大な矢を作り出すのだった。


そして、魔術増強装置でさらに大きく巨大に変え、ドラゴンさんに向かって解き放つ。


『っ!?』


私たちの手から放たれた矢はドラゴンさんに当たり、そのまま山まで突き進んで、山の地中深くにドラゴンさんを埋めてから、消えた。


多分傷は付いてないと思う。


でも痛い思いはしただろうから、また長い間眠っていてくれると嬉しい。


そんな思いを抱えたまま、私はあーちゃんの腕の中で意識を失うのだった。


「恵梨香ちゃん!? 恵梨香ちゃん!!」


近くで叫ぶあーちゃんの声を聞きながら、私はようやく大好きだった人に会えた喜びで、もう何の未練もないと深い眠りの中に落ちていくのだった。




目覚めが必ずしも幸せとは限らない。


私は眠り過ぎて、すっかり重くなってしまった瞼を持ち上げながら、目を覚ました。


「……ここは?」


そして見覚えのない場所に、心の中で首を傾げながら言葉を零す。


「レンゲント家の客室ですわ。ドラゴンによる被害を受けておらず、最も近く信頼できる場所がここでしたの」


「ジュリ、アーナ様」


「おはようございます。エリカさん」


私が起き上がろうとしたが、左腕に痛みが走って、そのままベッドに再び倒れそうになった。


しかし、すぐ横からメイドさんが手を差し伸べて私の体を支えてくれ、さらに背中にいくつものクッションをおいて、上半身を起こしていても大丈夫なようにしてくれる。


凄いプロの技だった。


「あり、がとうございます」


「エリカさん。まずはお礼を言いますわ。流行り病だけでなく、ドラゴンという危機から私たちを救ってくださり、ありがとうございます」


「い、いえ」


「ですが!! エリカさんのやり方には不満ばかりが残ります。ご自身の価値はもはや王族よりも高いという事を自覚していただけますよう。よろしくお願いいたします。その血の一滴は黄金よりも価値があるのですから」


「いや、あの」


「という訳で、私からのお説教はひとまずここまでにしておきましょう。私よりもエリカさんにお説教をしたい方は山ほどおりますから」


「え」


「では皆さん。順番にお願いしますわ」


ジュリアーナ様はそう言うと、部屋の扉を開いて、外から怒りに震える人々を招き入れた。


私は思わず逃げ出そうとしたけれど、体が上手く動かず逃げ出す事が出来ない。


そして、それからドラゴンさんよりも怖い人たちに、私はたっぷりお説教をされてしまうのだった。


「はい。じゃあこれで誓約書も良しと。これに懲りたらもう迷惑を掛けちゃ駄目ですよ。恵梨香お姉様」


「……はぁい」


「ま。私でお説教も終わりなので。後はゆっくりと療養していただいて、ある程度動けるようになった所で帰りましょうか」


アリスちゃんは以前と同じ様にニコニコと笑いながら、話してくれる。


それは私が闇の魔力を持っている事など気にもしてないという事の証明でもあり、あーちゃんとして接する事はないという拒絶でもあった。


それが嬉しくて、悲しい。


「……」


「聞いてますか? 恵梨香お姉様」


「……あーちゃん」


「っ」


思わず呟いてしまったその名前に、アリスちゃんは一瞬震える。


そして周囲をチラっと見たあと、私のベッドに腰を掛けて耳元で囁いた。


「それはまた二人きりの時にね。恵梨香ちゃん」


驚いて、あーちゃんを見ると、あーちゃんはあの時に見た様な悪戯っぽい笑顔を浮かべて、人差し指を口の前で立てた。


それが、とても格好良くて、私は思わずそんなあーちゃんから視線を逸らしてベッドに潜り込む。


「では、また会いましょうね。恵梨香お姉様」


私は熱くなる頬をそのままに目を強く閉じて、これからも続いていく日々に思いを馳せるのだった。

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異界冒険譚シリーズ 【エリカ編】-迷い子の行く先- とーふ @to-hu_kanata

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