第19話『私は、ドラゴンの下へ向かいます。殿下も、皆さんもご無事で』
ジェイドさんと一緒にヘイムブル領の方へ凄い速さで向かっていた私だったが、向かうべき目標はかなり手前から既に見えていた。
「おいおい。マジでアレに向かうのか?」
「はい。でも、危ないと思ったら引き返して貰っても」
「それで? お前も大人しく帰るのか?」
「いえ。私はそのまま向かいます」
「なら帰れる訳がねぇだろうが!! 何が何でも行くぞ! 俺から絶対に離れるなよ。お前みたいなチビで細い体じゃ、アイツが動き回るだけで粉々だ」
「……はい」
緊張で、口の中に溜まった唾を一気に飲み込む。
怖い。
怖いけれど、もっと怖いのは、大切な人達が死んでしまう事だ。
もう二度と会えない事だ。
川で私を助けてくれたあのお姉さんみたいに。
あの温かい手も、言葉も、笑顔も! 何もかも無くしてしまう事だ!!
「行きましょう」
今度こそ、守るために。
ジェイドさんと共にドラゴンへ向かっていた私は、ふとドラゴンに近い場所の森で何かが動くのを見つけた。
「ジェイドさん。あそこに向かって貰っても良いですか?」
「おう」
そして、指さした場所へ正確に降りてくれたジェイドさんにお礼を言いながら、私は先ほどの何かを見つけるべく動こうとした。
しかし、草木の間から多くの人が現れて、私たちは彼らが持つ刃物に囲まれてしまう。
すぐにジェイドさんは私を体で隠してくれたけど、向こう側からは切迫した人の声が響いていた。
「何者だ!」
「混乱に乗じて、我が国の資源でも奪いに来たか!」
「あ、あの! 私です! エリカ・デルリックです!」
「エリカ様だと?」
「いや、このお声は確かに」
「救国の聖女様だ!! 皆、武器を下ろせ!!」
何か一瞬聞きたくない名前が聞こえた気がするけど、聞かなかった事にして、私はジェイドさんに頼んで人型に戻って貰った。
そして、ジェイドさんの前に出る。
「おぉ! 本物だ。本物の聖女様だ」
「我らの危機に、来てくださったのですね」
「聖女様だ!! 殿下の所へお通ししろ!!」
そのまま騎士さん達に案内され、奥へと進むが、途中に倒れている人が気になり、謝りながら癒しの魔術を使っていくのだった。
みんな酷い火傷や、切り傷。骨折に、意識を失っている人も居た。
でも、この人たちはまだ生きている。
治せばまた無事帰る事が出来るのだ。
「まったく。まずは私の所へ来るのが常識では無いのか? エリカ嬢」
「申し訳ございません。ちょうどここに倒れている方を見つけましたので」
「話しかけているのだが、一切こっちを見ようともしないな」
「申し訳ございません。罰は後でいくらでも」
「構わん。気にするな。少し意地の悪いことを言っただけだ」
私は大分酷い火傷を負っている騎士さんの腕を取って、少しずつ癒しの魔術を使ってゆく。
「せ、いじょ……さま」
「無理に喋らないで下さい」
「おれより、アル、バートでんか、を」
ボロボロの体で、そんな事を言う騎士さんに、私は小さく頷くと後ろから話しかけてきた人を見る。
腕を骨折したのだろう。布で固定されている。
他にも擦り傷はいっぱい。
いつもサラサラと風に流れる髪は、泥にまみれ、ここまで本当にギリギリで逃げてきたのだという事がよく分かった。
しかし。
「アルバート様は後です。今は貴方の方が重要です」
「うむ。正しい判断だ」
「……でんか」
「ベレク。大人しく治療に専念せよ。それとも貴殿は何か? 国を守護するという役割を放棄するつもりか? 我らの為に最前線まで馳せ参じた聖女を護りたいとは思わんのか?」
「もうし、わけ……ございません」
「よい。貴殿の強さを私はよく知っている。ここで終わろう等と甘えた事を抜かすな。お前の忠誠がまだ必要なのだ。良いな?」
「……はい」
本当は重症な人をあまり喋らせて欲しくなかったけど、きっと必要な事だったんだと思う。
アルバート様の言葉を聞いてから、皆さん素直に治療を受けてくれるようになったから。
そして、大分時間が経ったけれど、ここに居た人たちはみんな癒す事が出来たのだった。
「助かったよ。エリカ嬢。こんな危険な場所まですまない。では王城へ……いや、イービルサイド領まで逃げてくれ。あのドラゴンは我らが確実に仕留めて見せよう」
アルバート様の言葉に騎士さん達はボロボロの姿だというのに、一切の乱れなく私に騎士の礼をしてくれた。
しかし、それを受け入れる事は出来ない。
だって私がここに来たのは護るためなのだから。
「分かりました。では行きましょうかジェイドさん」
「助かった。兄上には礼を伝えてくれ」
「いえ。それはご自分でお伝えください」
「……おい。どこへ行くつもりだ。そっちは」
「私は、ドラゴンの下へ向かいます。殿下も、皆さんもご無事で」
「待て!! エリカ!! 行くな!!」
アルバート様のお声を後ろに聞きながら、私たちはすぐ間近に見えるドラゴンへ向かって跳んでいくのだった。
騎士さん達から遠く離れ、大分間近に近づいたドラゴンであったが、近くで見ると本当に大きい。
前の世界で見た、ビルよりも大きいかもしれない。
今は地面に横たわって寝ているが、起き上がれば見上げる様な大きさになるだろう。
どうすればこの巨大な生物をどうにか出来るのだろうか。
「……流石にこのデカさはやべぇな。やっぱり逃げた方が良いんじゃねぇか」
「それは」
「私もその意見に賛成ですよ。エリカさん」
「っ!?」
「誰だ!!」
ドラゴンの視界に入らない様に、少し離れた森の大きな木に隠れていた私たちの会話に、よく知っている人の声が混じった。
「私です。リーザ・フェイデル・ヘイムブル。お茶会の時以来ですね」
「リーザ様! ご無事だったんですね!」
「えぇ。なんとか。奇襲を仕掛けられた事で、父や母は怪我をしてしまいましたが、命に問題はありません。またヘイムブル領の人間も避難は終わっています」
「そう、ですか」
一気に押し寄せた安堵感で私は、地面に座り込みながら大きく息を吐いた。
みんなが無事という言葉に、涙が溢れる。
「一度ならず二度までも。この様な辺境の地にわざわざ来ていただき、ありがとうございます。ですが、ここは危険です。エリカさんはどうぞ。王都までお逃げ下さい」
「出来ません」
「エリカさん!」
「ここで逃げたら、きっと多くの人が犠牲になります。それはヴェルクモント王国だけでなく、世界中に広がっていくかもしれない。それを私は無視できません」
「……貴女は、バカな人だ」
「その通りだと思います」
「ですが、その蛮勇を私は素晴らしいと思います。何故なら」
リーザ様は上着として着ていたコートの前を開き、内側から二本の棒を取り出した。
そして、それを両手に持ちながら、そこに魔力で出来た刃を作り出す。
「私も同じ、バカだからです」
「リーザ様」
普段のドレスではなく、騎士さんの様にズボンを履いて、動きやすい服装を着ていたのはこれからドラゴンと戦うつもりなのだろう。
「エリカさん。そちらの獣人から決して離れぬようお願いします。そして、隙があればドラゴンの胴体にある宝石の様な中心核を最大威力の魔術で貫いてください。そこがドラゴンの弱点ですから。もし破壊出来れば、ドラゴンはまともに動く事すら出来なくなります。ご先祖様の文献では、中心核を破壊されると自重を支えきれず死に絶えるそうです」
「分かりました」
「では、行きましょうか」
そう言うと、リーザ様は一瞬で視界から完全に消え去ってしまった。
そして私はジェイドさんに持ち上げられて、その背中に乗ったまま空を駆ける。
瞬間、ドラゴンが目を開き、空に向かって咆哮と共に魔力を集めた収束砲を放つのだった。
一撃で空に浮かんでいた雲は消え去り、ビリビリと大気を震わせて、突風が吹き荒れる。
およそ人間が戦える相手では無いが、それでもやらなければ世界が滅んでしまう。
だから、体を起こし、こちらをジッと見つめるドラゴンに、私は負けじと視線を返すのだった。
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