第17話『大丈夫ですよ。殿下のお気持ち。私にはしっかり伝わりましたから』

実のところ、そこまで悩むような話ではない様に思う。


何故なら、私と聖国の聖女様が世界の為に祈り続けるだけで世界の平和が続くというのだから。


この世界で多くの人に救われた私が、みんなの幸せの為に祈るというのは酷く正しい事の様に思える。


しかし。


「私は反対だよ」


「テオドールお兄様!」


「私も兄上と同意見だ。そもそも聖国の流している聖女の話には怪しい箇所が多すぎる。単純に信じるわけにはいかんだろう」


「ですが」


「それにな。真実世界を救いたいと考えているのであれば、何故聖国は聖女をこちらの国に寄こさない。あくまで聖国の中に留めようとする。おかしいでは無いか」


「……それは」


「純粋なのも良いがな。少しは疑う事も覚えろ。でなければ大切な物を失うぞ」


「……はい」


「そう不貞腐れるな。何。お前が兄上の所で大人しくしている間は何も言わんさ。リヴィを救って貰った恩もあるしな。ここで呑気に兄上と精霊契約でも研究すれば良いさ。外の事は忘れてな」


「分かりました」


私はお茶を飲みながら、何だかなぁと思う。そして思いながら訴える様に、アルバート様とテオドールお兄様をジッと見つめる。


しかし二人は私の頭に手を乗せ、悪いなと言うと、二人の話を始めてしまうのだった。


「外の世界と言っていたが、アルバート。何かあったのかい?」


「大した話じゃない。ヘイムブルの近くにある山から黒煙が出ているとの事でな。何か新種の魔物かもしれん。調査と状況により討伐に向かうんだ」


「なるほど。新種の魔物か。もし生け捕りが出来そうなら」


「無茶を言うな兄上。魔物を大事にして騎士を捨てるつもりか?」


「冗談だ。冗談。可能ならの話だよ。ほら、小さく弱い魔物かもしれないだろう?」


「小さく弱い魔物ならばわざわざ私が王都からヘイムブルまで向かう事は無いのだ。自重してくれ」


「……残念だ」


「まったく。という訳だ。エリカ嬢。兄上の事を頼む。我らの支援物資に隠れていた等という事があれば、笑い話にもならんからな」


「はい」


私はアルバート様の言葉に頷いて、落ち込んでいるテオドールお兄様を慰めるべく背中に手を伸ばした。


そしてその背中を撫でながら、今度近くの森に行きましょうと言って励ますのだった。




それから。アルバート様がそろそろ現地へ行くというので、お見送りをする為に私は王立学院の入り口まで来ていた。


「では、アルバート様。お気を付けて」


「うむ」


騎士様たちが並んで待っている所へ向かうアルバート様を目で追いながら、何も無く無事に帰ってくる様にと心の中で祈っていると、不意にアルバート様が振り返った。


「そういえば、忘れていたな」


「……?」


「エリカ嬢。少し二人きりで話をしたいのだが、良いだろうか?」


アルバート様の問いに私はすぐ後ろに立っていたメイドさんと執事さんを見たが、二人とも激しく首を横に振っている。


でも、大事な話かもしれないし。


「時間は取らん」


「そう言う事でしたら」


返事をしてからも、駄目だと首を振っていたけれど、ごめんなさいと謝って、私は少し離れた場所にアルバート様と向かうのだった。


そして、二人きりになった事を確認してから、アルバート様は水の魔術を使い、周囲を薄い水の壁で囲む。


これで、外に会話が漏れないという事なのだろう。


「逃げないのだな」


「逃げる理由がありませんが」


「無いわけがないだろう。以前私が言った事を忘れたのか?」


「……アリスちゃんの、話ですか?」


「そうだ」


「まぁ、そうですね。正直に言うと、殿下は怖いので二人きりというのはちょっとだけ嫌です」


「随分とハッキリ言うのだな」


「その方が殿下も喜ぶかと思いまして」


「その言い方では、私が拒絶されている事を喜んでいる様に聞こえてしまうが?」


「気のせいです」


「……まぁ、良いだろう。それで? 何故そんな怖い相手の願いに応えた。どんな理由がある」


「そんな、深い理由はないですよ。ただ、アルバート様はそこまで悪い人では無いと思っているので、お話くらいは聞くべきかなと思っただけです」


「……」


「その、アリスちゃんとの関係も上手く行っていないみたいなので、そのご相談かなと」


「っ!? 何のことだ!?」


「え? 好きなんですよね? アリスちゃんの事」


「それは、違う!」


「違う……? では、何故アリスちゃんを」


「それは、その、そうだな。彼女がイービルサイドの天使と呼ばれているからだ。その名に興味を持ち近づこうとしたに過ぎない。ちょうどその頃はエリカ嬢も近くに居たからな。天使と聖女を共に我が物と出来れば、王族の失われていた権威も取り戻せるし、ちょうどいいと思っただけだ!」


顔を真っ赤にしながら、必死に言い訳を並べる王子様を見て、私は何となく可愛いなと思った。


しかしそれと同時に、不器用な人だなとも思う。


「まぁ? アリス嬢にしても、エリカ嬢にしても、私にはない視点を持っているからな。王妃とした後にはその目で私には見えぬ者を見る事が出来るという打算的な目的があったのだ。うむ」


「そうですか」


「という訳だからな。別にそこまでアリス嬢に興味など……」


「そういえば、アリスちゃんにそろそろ婚約者が必要だってイービルサイドのお父様が言ってましたね」


「なんだと!!? イービルサイド伯爵め! 話が違うぞ!!」


「……嘘ですけど」


「~~っ!? エリカ・デルリック! 貴様! 聖女という立場にありながらこの様な嘘を吐くとはどういう事だ!」


「あ、いえ。アルバート様のお気持ちを確かめたかっただけです。大丈夫ですよ。殿下のお気持ち。私にはしっかり伝わりましたから」


「な、なな、何を言っているんだ貴様は! 私の気持ちだと!? 先ほども言っただろう! 私はただアリス嬢を利用しようとしていただけで!」


「はいはい。ちゃんと分かってますから大丈夫ですよ。大好きなんですよね? アリスちゃんの事」


「エリカ・デルリック!」


「分かってます。分かってますってば」


大声で叫ぶ殿下に私は耳を両手で塞ぎながら文句を言うが、殿下は止まる気配を全く見せず、怒りに言葉を荒げるだけだった。


「時期国王たる私の言葉を遮るとは何事だ! しっかり聞け! エリカ・デルリック!」


「聞いてます。聞いてますってば。嘘を吐いた事は謝ります! 申し訳ございませんでした!」


「……チッ。次は無いぞ」


「舌打ちだなんて……なんてガラの悪い」


「誰のせいだと思っているんだ」


「ちょっとした冗談でしたのに。イービルサイドのお父様は、アリスちゃんが好きな相手を見つけるまで、婚約者を決めるつもりは無いみたいですから。良かったですね」


「……フン」


「いじけちゃって。もー。あ、なら面白い話をしましょうか?」


「なんだ」


「実は私に求婚している人がいっぱいいるみたいなんですよ。それで、デルリックのお父様が誰かいい人……が、いれば、って……アルバート様?」


「俺はもう、一度言ったぞ。エリカ・デルリック。つまらん冗談は吐くなと」


不意にアルバート様から発せられる威圧感が増し、私は背中に冷や汗を流して一歩後ずさった。


しかし、私が下がった分以上にアルバート様が前に進んでくる上に、背中には水の壁がある為、私はそれ以上下がる事が出来なくなってしまう。


「実につまらん冗談だ。エリカ嬢。そうは思わんか」


「あ、あの」


「お前に相応しい男など世界でも数えるほどしか居ない。そうだろう?」


「ぁぅ」


「お前に求婚だと? そんな物はこの俺が認めん。全て捨てろ。良いな」


「で、でも。せっかく」


「黙れ。お前の意見は聞いていない。俺はもう、一度言ったぞ。全て捨てろ。と、これは命令だ。良いな?」


「……」


「フン。あくまで反抗するか。良いだろう。ならば帰ってきたら、教えてやろう。お前が誰のものか」


アルバート様が私に顔を近づけて来て、私は思わず目をキュッと閉じてしまう。


恐怖なのか、それとも別の感情なのか。


分からないけれど、私の心臓はいつもよりも早く鳴り響いていた。


そして、アルバート様は私の頬に微かな感触を残して、行ってくると言い、騎士様達が並んでいる場所へと向かっていく。


私はと言えば、駆け寄ってきたメイドさんに支えられながら、熱くなる頬を手で押さえる事しか出来ないのだった。

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