第16話『タイトルは救国の聖女。だそうです!』

時間というのは思っていたよりも経つのが早いもので。


気が付けばテオドールお兄様と一緒に研究を始めて、一ヵ月という月日が流れていた。


「もう! 私は怒っていますよ!! 恵梨香お姉様!」


そして久しぶりにイービルサイド家に戻ってきた私は、アリスちゃんにお説教をされている所であった。


「ちょっと家を外したら、テオドール様とお姉様が一緒に玉座の間に現れて、そのまま消えて一ヵ月! 私がどれだけお姉様の事を心配していたか! お姉様にはお分かりですか!?」


「あの、その、申し訳ございません」


「まぁ? テオドール様のお陰で、お姉様が酷い目に遭わずに済んだというのはとても良い事だと思います。ですが、それはそれ、これはこれです! 何ですか? この、一ヵ月研究室に閉じこもって、殆どご飯も食べず研究ばかりしていたというのは! お姉様は何を考えてらっしゃるのですか!?」


「あ、いえ。そのですね。実はテオドールお兄様との研究がとてもよい進みをしておりまして、もう少しで魔術の効果を向上するアイテムが完成出来る……」


「お姉様!!」


「ぁぅ。ごめんなさい」


「大体一ヵ月もの間。湯あみはどうしていたのです。まさか」


「それはちゃんとしてたから大丈夫! テオドールお兄様の発明の中にシャワーの様なモノがあって、そこで体を洗って」


「お姉様!? まさか殿方の前で湯あみを!? 何をやっているんですか!」


「殿方と言ってもお兄様ですし」


「血は繋がっていないでしょう!? 何がお兄様ですか。常識ではあり得ませんよ! 家族と言えど裸を見せるなど」


「いや、カーテンはあったし。それにアリスちゃんとも一緒に湯あみしてたよね?」


「私は良いんです! 私はお姉様の妹ですから。全てが許されます。それは当然です」


「えぇー」


「という訳で。今日は一日私とデートしましょう! 良いですね!? テオドール様も許可しておりましたし。そろそろ護衛の騎士様がいらっしゃる予定です」


「騎士様、ですか?」


「えぇ。ガーランド様です」


あぁ、と私は空を仰いだ。


今日は大分窮屈な一日になりそうだなと。




そしてその予想通り、私の護衛にと現れたガーランド様は、まるでこれから数万の敵へ挑むかの様に、私には傷一つ付けないという覚悟を口にしており、アリスちゃんもまた、私から手を離さないで下さいと、私の腕に捕まっており、精神的にも、肉体的にも苦しい外出となったのだった。


「少し、恥ずかしいのですが」


「必要な事です」


「もう。お姉様。我儘は言わないで下さい」


「はぁい」


我儘なんだ……。


「では今日は観劇へ参りましょう。素晴らしい劇が公演されているとの事ですから」


「素晴らしい劇?」


「はい。タイトルは救国の聖女。だそうです!」


タイトルからして嫌な予感しかしていなかったが、アリスちゃんに逆らう事は出来ず、私は小さく頷くのだった。


そして始まった劇は、その……何と言うか。とても恥ずかしい物だった。


私……を恐らくモデルにしているその聖女様は、苦しむ人の為にと家を飛び出し、町から町へ、そして国中を渡り、多くの人を癒した。


金銭を手渡そうとすれば、それはこれからの生活に必要な物だからと断り。


子供がお礼にと渡した透明な石は、宝物にしますねと大事にハンカチで包んだ。


そして、老婆が聖女様にと手渡した食べ物をありがとうございます。と言いながら受け取り、近くに居た人達と分け合いながら食べた。


どんな苦しい状況に居る人にも、笑顔で大丈夫だと、もう心配いらないのだと言う彼女は、まさに聖女アメリアの生まれ変わりであり、現代に舞い降りた救国の聖女であると。


酷い誇張で描かれていた。


いや、確かにこの劇で出てきた様な出来事はあった。


あったけれど! あんな風に神々しい光とかは出てなかったし。私はそんな素晴らしい人間じゃない。


金銭の事だって、私はこの世界に来てからずっと恵まれた生活をしているのだから、私がこれ以上受け取るべきじゃないというのは当たり前の話だ。


それに子供がくれた宝物は、本当にキラキラと輝いていて、見ているだけでみんなの幸せそうな顔を思い出せる素敵な品だ。ただの石とかじゃない。


食べ物だってそうだ。劇では汚れたとか言ってたけど、全然そんな事は無かったし。それにお腹が空いているのはみんな同じなんだし。お婆ちゃんもみんなで食べる事に喜んでいた。


それに、今までに食べたことないくらい美味しいってみんな言っていたし。きっととても良い物だったんだと思う。


私だってまた機会があれば食べたいと思うくらいだ。


そう。誇張だ。


誇張が凄いのだ。


救国の聖女なんて、私にはまったく相応しくない名前だと思う。


テオドールお兄様と研究室に閉じこもっていた頃、隣国である聖国から使者が来て、聖女様は聖国にもいると言っていたけれど、きっと本物の聖女は向こうなんだと私は思っていた。


聖国におられる聖女様はそれはもう素敵な人らしい。


傷ついている人を見かければその癒しの力で、どの様な方でも分け隔てなく癒すとか。


魔物が現れた際には、その魔物を追い払い、襲われていた人達を助けたとか。


すっかり枯れてしまった森を復活させたとか。


既に息のない方を蘇らせたとか。


未来を予言したとか。


多くの奇跡を世界に齎し続けているのだ。


私などは比べるまでも無いだろう。


という訳で、私が聖女と呼ばれなくなるための方法は何か無いだろうか。


「ありませんね」


「エリカ殿。それは難しいかと」


「え、えぇー」


「それに。正直聖国のお話は大分誇張していると私は思いますよ?」


「そうなの?」


「えぇ。明らかにおかしい話もいくつか混じってますしね。一番は命を落とした者を復活させたという話ですが、それだけの力を持っているのに、聖国の聖王が亡くなった時、聖女は何もしていないんですよね」


「それは、その聖王様に頼まれたとか」


「その件ですが、どうやらそういう訳でも無かったようですね。ギリギリまで聖王は聖女を呼び、救いを求めていたが、聖女は近づこうともしなかったとか」


「……」


「それにさ。森を復活させたなんて話もあるけど、そもそもその失われた森がどこかも私たちは聖国が言うまで分からなかったんだよ。急に聖国が観光名所みたいにここが聖女様が復活させた森です! って言い始めたの。正直誰も信じてないと思うよ?」


「な、なら未来を予言したっていうのは」


「エリカ殿。それは嘘なので、知る必要は無いかと」


「え」


「うん。まるで信用できない話だし。知らなくて良いんじゃないかな」


「え? あの? 二人とも?」


結局そのまま誤魔化されてしまい話を聞くことが出来なかった。


何とかイービルサイド家の人で知っている人が居ないかと探ろうとしたのだけれど、アリスちゃんに妨害され、そのままテオドールお兄様に引き渡されてしまう。


そして、また研究室へと戻ってくるのだった。


何故か異様なほど隠されているその事実に私が不満を訴えると、あっさりテオドールお兄様がその未来予知に付いて話してくれた。


「なんだ。君は知らなかったのかい?」


「え? テオドールお兄様はご存じなのですか?」


「あぁ。とは言っても知ったのは最近だけどね。ほら、この間尋ねてきた聖国の使者も言っていただろう?」


なんて、テオドールお兄様に言われるが、私は話の途中でメイドさんによって別の部屋に移されたから知らない。


「いえ。私は途中で退出しましたから」


「そういえば、そうだったなぁ。ふむ。では話そうか。少し前の事になるが、聖国から聖女の予言という物が全世界に公表された。そこには二つの予言があり、一つ目はエリカという名の少女が未曽有の危機から世界を救い聖女と呼ばれるようになるという予言だった。聖国によればこの予言自体はかなり昔にされていたらしい。そう。君が表舞台に立つよりも前、イービルサイド家に引き取られるよりも前にだ」


「……」


驚いて声も出ないとはこのことだ。


本当に本物の聖女様じゃないか。


私がこの世界に来る前から予言していたなんて。


「そしてもう一つの予言。それは、この世界に大いなる闇が復活するという物だ。大いなる闇。おそらくは聖人アルマが現れる以前の世界に戻るという予言だろうね」


「そんな! それじゃ」


「まぁ、少し落ち着いて欲しい。予言には続きがある」


「……」


私はキュッと口を閉じて、テオドールお兄様の言葉を待った。


「しかし、聖国の聖女。そしてエリカという名の聖女が共に手を取り、世界の為に祈り続ける事が出来れば闇は現れないだろう。というのが予言の全文だよ」


「祈り続ける、というのは」


「期間やら方法やらは謎だ。その聖女しか知らないらしい。だから、この間現れた聖国の人間も言っていたのさ。君を連れて行かねば世界が滅ぶとね。中々厄介な事になってきた物だと思うよ」


私はそのテオドールお兄様の言葉に何も言えず、ただ黙って俯くことしか出来ないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る