第7話『ローズちゃん凄い凄いって、頭なでなでして』

二面性という言葉を聞いたのは前の世界でだが、実際に見た事は無かった。


だからきっと珍しい人なのだろうと思っていた……のだが、この世界に来てその珍しい人に2回も会ってしまったらしい。


1人目はおそらくこの国で最も有名であろう人、ヴェルクモント王国第一王子にして王位継承権第一位アルバート・ガーラ・ヴェルクモント王太子殿下である。


彼はキラキラとした笑顔をいつも浮かべている聖人の様に振る舞っているが、その内面はかなり怖い性格の人だ。


アリスちゃんに恋をしている? のか、アリスちゃんと結婚したいと言っていて、その為に協力しろと私を脅してきた人だ。


王子という立場を使えば簡単に結婚出来そうだけど、多分アリスちゃんに嫌われたくないんだろうなと思う。


好きというのはきっとそういう感情だ。


私だって、記憶の中にしか居ないが、あの人に嫌われたらと思うと胸の奥がキュッと痛くなるのだ。


だから王子様も同じ気持ちなのだろう。


そしてもう一人は今日初めて話した人なのだが。


「あの、ローズ様。どうか泣き止んでください」


「やだやだ。ローズちゃんって言って! アリスちゃんって言うみたいに!」


「いや、その……えっと、ローズちゃん?」


「なぁに!? エリカお姉様!」


こんな状態である。


アリスちゃんから私の事を聞いていたらしいが、それにしても酷い状態だ。


高位貴族の方相手に私は何をさせられているのだろう。


「うーん。やっぱりコレ、止めませんか?」


「敬語! 駄目! 私! エリカお姉様の妹!」


「いえ。私はイービルサイド家の人間なので」


「うわぁぁああああん!! やっぱり私が可愛くないから、駄目なんだー! 失敗ばっかりで、ダメダメだからー!」


「そんな事ありませんよ! ローズ様は頑張ってます。それに完璧な侯爵令嬢だって、みんな言ってますよ! 私だってそう思ってます!」


「ホント?」


「えぇ」


「じゃあ、ローズちゃん凄い凄いって、頭なでなでして」


「え」


「して」


さて、状況を整理しよう。


ローズ様と言えば、グリセリア家のご令嬢にして侯爵令嬢。私よりも上の立場だ。


そもそもの話として、私は元平民だし、イービルサイド家のご厚意で家族として扱って貰っているが、それだって伯爵家である。


ローズ様よりも下の立場だ。


そんな私が、ローズ様の頭を撫でて? 褒める?


どういう立場で?


駄目でしょ。


グリセリア家の人に見つかったら首を物理的にとばされてしまう。


「お姉様ぁー」


しかし。


だが、しかし。


両手を握り、目を閉じて、童女の様に純粋な顔をして私を待っているローズ様を裏切る事も難しい。


私は意を決して、ローズ様の要求を呑むのだった。


周囲にはよく気を付けながら……。


「ローズちゃんはすごいすごい。頑張ってるよ」


「えへへ。エリカお姉様ぁー」


「……は?」


しかし、しかしだ。


どれだけ注意していたとしても不測の事態というのは逃れられない物である。


例えば、私を探して歩き回っていたアリスちゃんとか。


「なにを、やっているのですか? 恵梨香『お姉様』」


「あ、あのアリス様、これは」


「アリスちゃん」


「えっと」


「アリスちゃん。ですよ。『恵梨香お姉様』」


「はい。アリスちゃん。ごめんなさい」


「それで? ここで何をされていたのですか?」


「い、イービルサイドのアリス様」


「はい。いかにも。そちらはグリセリア家のローズ様ですね。お噂はかねがね伺っております」


二人が名を名乗り合った瞬間、ピリッとした空気が流れる。


私は思わずここから逃げようと腰を浮かせようとしたが、すぐ横に座っていたローズ様が私の左肩を掴み、近くに立っていたアリスちゃんが私の右肩を押さえつける事で、逃げ出す事が出来なくなってしまった。


「あ、あの」


「どこかに行っちゃ駄目だよ。エリカ『お姉様』」


「そうだよ。『私の』恵梨香お姉様が居る場所は、ここでしょ?」


「は、はひ」


怖い。


逃げる事すら出来ないという状況に震えが止まらない。


しかし、恐怖はこれで終わりでは無かった。


遠くからこちらに向かって歩いてくる人が居たのだ。


しかもそれは、私がこの国で最も苦手であろう人だった。


「やぁ、お三方。どうかされたのかな」


「ごきげんよう。アルバート殿下。特に問題は発生しておりませんよ」


「ごきげんよう。殿下。何もトラブルは起きておりません」


突然普段のご令嬢スタイルに戻ったアリスちゃんと、私がよく見慣れていた完璧な令嬢であるローズ様に戻った二人を呆然と見て、私も遅れながらアルバート殿下に挨拶をする。


苦手とは思いつつも、殿下のお陰でとりあえず場は収まりそうだと安堵の息を吐いた私は、落ち着ける場所など無いのだと思い知らされる事になった。


「ふむ。そうか。ではエリカ嬢を借りてゆきたいのだが、問題ないかな?」


「えっ」


「そ、それは、問題ありませんが」


「アリス嬢。感謝する。では行こうか。エリカ嬢」


「え? え?」


私は訳も分からないままに、殿下の後を付いて行く事になってしまうのだった。




そして、殿下と共に王城の中を歩きながら、一方的に投げつけられる言葉に返事をする。


「という訳でな。人たらしと評判な君に、頼み事があるんだ」


「私はそんな評判を聞いたこと、ありませんが」


「そうか。では覚えておくといい。それで、君に何とかして欲しい人物なんだが、私の妹なんだ」


「妹様、ですか?」


「そうだ。名をリヴィアナという。少々我儘な所もあるが、可愛い妹だよ」


「リヴィアナ様、ですか」


「最近な、自室に閉じこもったまま出てこないのだ。一応メイドが身の回りの世話をしているし、食事もしているが、それだけだ。以前は兄様兄様と私の近くにずっと居たのにな。最近は私に対しても、弟に対しても接しようとしない。異常事態だ。そうだろう?」


「……そうですね」


まぁ、妹が大切な兄としては大事件なのだろうな。


私としてはアリスちゃんが閉じこもってしまっても、一人になりたいのかなと考えてしまうから、多分殿下とは考え方が違うのだと思う。


でもそれはそれだ。


困っているのなら、出来る限り力になろう。


「という訳だ。君にはこの事態を何とかしてもらいたい。得意だろう? そういうのは。先ほどもグリセリア侯爵令嬢にやっていた様だし」


「見ていたんですか」


「私では無いがな。状況は把握しているよ。ここは私の庭だぞ? 当然だろう」


怖い人だけど。


私は背後から強い視線を感じながら、リヴィアナ様が閉じこもっているという部屋の豪華な扉の前に立ち、軽くノックをした。


『……なに? だれ?』


多分返事は貰えないかなと思っていたのだが、意外と普通に返事を貰えてビックリしてしまう。


思わず、殿下に振り返るが、当然だろう? とでも言うような顔で頷いていた。


「あの、私はエリカと申します。イービルサイド家の」


『っ!!』


突然部屋の中からドッタンバッタンと物音がして、勢いよく扉が開かれた。


そして、部屋の中から伸びてきた手に私は捕まり、そのまま部屋の中に引き込まれてしまう。


「貴女がエリカね! 噂は聞いてるわ! 光の聖女アメリアの生まれ変わり!!」


「あー。いや、多分、アメリア様の生まれ変わりという事は無いかと。そういう記憶もありませんし」


そもそもこの世界の人間では無いので。


とは言えないが、これが最も違うと思う理由だ。


「ふぅーん。そうなんだ。なら今から正式に生まれ変わりだって事にしてね。記憶は適当に資料見て覚えて」


「え、いや、あの」


「隣国にも聖女が生えてきて面倒な事になってきたのよね。一応こっちが先ってアピールはしてるけど、向こうは何か昔のエピソードとか出してきたし。こっちは本物だってアピールする必要があるのよ。分かる?」


「あの、その、申し訳ございません。何も理解出来ていません」


「ハァー! ちょっと待ってよ。そんなんで兄様のサポートが出来るの? 将来は兄様と結婚して王妃になるんだからさ。少しは外交の勉強くらい」


「あ、あの! 言葉を遮って申し訳ございません。王妃というのは」


「何言ってんの? アルバート兄様と結婚するんでしょ? 聖女なんだから。その為に広めてるんじゃないの? その名前」


「おそらく違うと思うのですが」


「おそらく。て何? その中途半端な感じ。イービルサイド領の方から噂が広まってるんだけど? それで隣国が対抗してこっちにも聖女が居るって出してきたわけだし。貴女が噂を流しているんじゃないの?」


「私は否定している方の立場でして」


「なるほどね。そういう感じか。道理で何も考えて無さそうな間抜け面が来た訳だ。貴女は操られているだけって訳ね。となると、婚約者候補はまた考え直さないといけないわね。んもう! 折角ちょうどいい女が現れたって言うのに! また選ばなきゃ!」


リヴィアナ様は一人で考えを口にしながら立ち上がると、そのまま部屋から出て行こうとして扉に手を掛けた。


そして思い出したかの様に床で座り込む私に振り返って一言。


「あぁ。もう帰って良いわよ。今回の事は貴女を呼び出す為に起こした騒ぎだから。じゃあね。もう会う事も無いだろうけど」


「……」


「あ、そうそう。この部屋の中での事。誰かに話したらイービルサイド家は滅びると思いなさい。良いわね」


「……は、はい」


「兄様! ご心配をおかけしてごめんなさい。私、エリカさんとお話して、やっぱりお部屋から出る事にしました!」


「そうか! それは良かった」


「はい! それでですね」


私は遠ざかってゆく声を聞きながらよろよろと立ち上がり、部屋から出て行った。


そして、私の腕にしがみつくアリスちゃんと一緒にイービルサイドの家へ帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る