第69話 援軍、そして……

 走り寄る俺に、オスロは刀を抜き放つ。

 術者と力の根源との繋がりを断ち切り、魔術を封じる刀だ。


 赤の魔術光はしかし、フーリア人らが千年を掛けて築き上げてきた力を前に小ゆるぎもしなかった。

 それは当然だ。ヤツの一刀が断ち切るのは術者と力の根源との接続部。だが今の俺にそれはない。メルトの持つ巫女の力によって他の術者とのラインを繋げ、力を間借りしているのだから。


 俺たちの扱う魔術と、巫女の扱う繋ぐ力。

 これは双方が遥か昔に分かたれた同一の民族であったことからも、力の根源となる存在が同一であったことも踏まえれば、同種の力であるのは明白だ。

 だからこういうことも出来る。


 そして巫女の力が断ち切られないのは、それが彼らにとっても生命線であるからだ。反則じみた魔術封じの代償に、折角の情報網まで断ち切られてはたまらない。

 真の名刀とは、望むものだけを斬るという。

 過去を振り返れば巫女の力まで断ち切る刀もあっただろう。だが今オスロが持つのは、俺たちの使う魔術に特化された逸品だ。


 横合いからの足払いをすり抜ける。

 ジークのものだ。この期に及んで制圧するつもりならそれでいい。オスロの抜刀による魔術封じは一定範囲内に対して無差別に行われる。『銃剣』を使えない奴なら、俺の慣れない『剣』でも十分に相手が出来る。


「ヌゥッ!」


 唸るオスロの動きは遅れた。

 本来であれば、術者相手の戦いにも慣れた彼を圧倒するのは難しい。けれど絶対の切り札が意味を成さなかったという事態に対し、老人は構えを取ることが出来なかった。

 奪えるほどの隙ではないが……、


「爺さん!」


 刀は、横腹を打ち付けた騎士剣によってへし折られた。


「これでっ!」


 『剣』の紋章を打ち消し、すぐさま『騎士』へと切り替える。

 そのまま青の魔術光を力任せに放出し、距離を取った。飛来した緋弾を突撃槍で逸し、対峙するジークを見る。


「なんのつもりだ!」

「カラムトラには消えてもらう。イルベール教団にもだ」

「ふん……所詮は白き者の言葉であったか」

「身内を売り飛ばすような連中は、国家を代表する者に値しない」

 ジークにとって味方となる、というだけであって、その思想は教団と大差がない。俺がまず連絡を取りたかったのはこの老人ではない。


「ほう、自らの長を操り人形にする者たちは言うことが違うな」

「この国が王を軽んじていることを否定はしない。だがな、そんな奴らばかりじゃなかったことが、今回のお前たちの敗因だ」


 鉄の響きが次々と地下から這い出してくる。

 東側で衝突していたフーリア人たちも、教団員らも、瞬く間に囲い込まれる。

 偵察の際、ジークは直接目にしている筈だ。


「こいつら……正規軍だ!」

「そうだ。この町を巡ってラインコット男爵の軍勢と対峙していた、王都から派兵されてきた者たち」


 コツ、と堅い足音を響かせて、軽装の鎧に身を包んだ偉丈夫が俺の隣へ並び立つ。


「そして、今や王都じゃあ厄介者扱いの、近衛兵団だ」


 がはは、などと大笑いしながら丸太のような腕が肩を叩いてくる。髭面の男は雨除けの頭巾を取り、月夜に顔を晒した。

 右目は無く、左足は義足。とても戦場に出られる姿ではなかったが、やはり前線に顔を出していた。

 名を、マグナス=ハーツバース。

 王国最高の『騎士』とも言われた使い手だ。


 俺が手を結んだのはカラムトラではなく、彼ら近衛兵団。

 教団に侵される現体制へ異を唱え、決起の時を待ち、耐え忍んできた国内最高の戦力だ。近衛とは名ばかりで、事あるごとに前線へ送られ、過酷な戦況を立て直しては再び別の戦場へと送り込まれてきた者たち。

 此度の反乱鎮圧にも、やはり彼らが利用された。


「久しいな、ウィンダーベルの小僧っ! 貴様から血判状なんぞ送られてきた時には、どこから話が漏れたのかと大騒ぎになったわい!」


 血判状とは、夏季長期休暇にて教団と対峙する際にクレア嬢へ託した策の一つだ。

王命潰しの言い訳に用いた偽の玉璽情報を捏造するべく、王に近しい近衛兵団の団長である彼へ協力を呼び掛けた。

 元々ウィンダーベル家とは友誼があり、ハイリアの失踪に関係している人物でもある。

 彼の立場上、今回の集まりに参加することは出来なかったが。


「捕らえろ!」


 マグナスの一声に大地が揺れたような錯覚を得る。

 対し、カラムトラのオスロはへし折れた刀を投げ捨て懐の小太刀を抜く。逸品ではあるが、魔術を封じるには至らない品だ。


「ジーク! ヌシは娘を連れて逃げよ!」

「爺さん!?」

「道なき道を行くと言ったな! ならば、ワレら古き者たちの力など必要あるまい! 娘の身さえ無事であれば、例え……」

 失敗したのなら、今度こそその手で責任を果たせと。


「ははっ、威勢の良い爺さんだ。嫌いじゃないがな」

 オスロの前に、義足のマグナスが歩み出る。杖をつき、不安定な足取りだ。

「近衛兵団と言ったか。ヌシはその長たる者であるな」

「応さ。なんだ、こんな足だからって遠慮するこたぁないさ。年寄り相手にゃあ丁度いい」

「舐められたものであるな。一族の長たる者へ仕える身、ということならば、ワレもまたそれを束ねる者よ」

「そうかい。なら俺も覚悟を決めるかい」

「兵に戦いを委ねぬのか」

「高みの見物を決め込む将に、誰が命を預けるよ」

「然り……!」


 『槍』の紋章を浮かべるマグナスへ、小太刀を構えるオスロが肉薄していく。

 いかにオスロが術者相手の戦いに慣れているとはいえ、今回ばかりは相手が悪い。最前線で繰り広げられているフーリア人らとの戦いでそうあるように、じわじわと押し込まれていくのが分かった。


「ハイリア!」


 遠い場所から、その声は降ってきた。


 フロエを抱えたジークが、建物の上から呼び掛けてきている。

 流石に近衛兵団も『銃剣』相手では捕らえるのが難しい。逃げられるだろうことは分かっていた。


 その彼が、何故か俺に呼びかけてくる。

 一刻も早く逃れたいだろうこの局面で。


「一緒に来い!」


「………………は?」


 意味が分からなかった。

 俺は裏切り者だ。彼の人生を知りながら、自分に都合の良い決断をさせる為にここまでの事態を引き起こした。

 知っていた、という点で見れば、全ての原因は俺にある。


 だというのに、あの男は何故俺を誘う。


「今のアンタっ、初めて会った時と同じ目をしてるぜ!」


 初めて……。


 それは、あの新学期初日の教会前での事か。


「また何に縛られてるかは知らねえけどな! そいつはお前が決めて、踏み出しちまえばいいことなんじゃねえのか!? 馬鹿みてえな言葉だが、結局はそれが真実だ」


「っ……お前は!」


 飛び出しかけた言葉を歯を食いしばって堪え、ゆっくりと呑み込んでいく。


「ジーク=ノートン。お前は世界を、彼女を救え」


 そして俺がお前を救う。

 それが望む未来だ。


「あぁそうだな。それで今思いついたんだが、アンタも一緒に救うことにするよ」


 止めろ。


「初めて会った時から、妙に他人のような気がしなかった。よく知る奴みたいな気がしててな、それがどうしてかは未だに分かんねえけど、アンタの目を見てたら放っておけなくなった」


 そんな未来は必要ない!


 分かっているのかジーク=ノートン!

 ハイリアを救う、その未来の果てでお前は、フロエを自らの手で殺すことになるんだぞ!


「ジーク=ノートン!」

「なんだい、やるか?」

「一つ教えておいてやる。お前は世界を救えるだろう。フロエ=ノル=アイラを救えるだろう。だが、ハイリア=ロード=ウィンダーベルを救うことだけは決して出来ない……!」

「それならそれでいい。無茶を通すって決めたんだからな。今の俺には、不可能くらいが丁度いいさ」


 やがて追いついてきた兵から逃げる為、ジークは姿を消した。

 気付けば近辺での戦いは収束を始めていて、余剰戦力の幾らかが反乱軍の駐留する本営へ向けて送られていくのが見えた。


 オスロやフィオーラたちフーリア人は全員が拘束されたらしい。

 教団側には幾人かの死者が出ているらしいが、半数以上が拘束、数名が自決した。


 その上で俺は、兵から受けた報告に背筋が冷えるのを感じた。


「ヴィレイ=クレアラインとジャック=ピエールの両名は、最初からこの場に居なかった?」


 続けて、拘束された教団員が俺宛だと言って寄越した手紙を見る。


「っ、メルト!」


 呼び掛けに応じる声は無い。

 沈黙は、おそろしく俺の心を揺らしてきた。




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