第6話 弱点

 深夜、薄暗い自室で空を眺めていた俺は、ノックの音を聞いてすぐ許可を出した。

 メルトーリカ。俺がメルトと呼ぶフーリア人の少女だ。


「時間通りだな。衛兵はどうした」

「やはり……知っていたのですか」


 メルトの手から散った白い光に、予想以上の成果だったと歓喜した。

 白い魔術光など、この大陸で言われる四属性にも、現状知られているイレギュラーと呼ばれる異能者にも例がない。


 十数年前に発見された新大陸。

 かつては大規模な植民と奴隷商売によって、滅亡が囁かれたこともある彼らフーリア人が魔術を扱えることを、この大陸の人間は知らない。魔術の技量が家格さえ越えて評価されるこの国では、魔術の扱えない彼らを殊更蔑む傾向が強い。

 だが、彼らは魔術を扱えないんじゃない。


 確かめるためにも、メルトを呼んでおきながら、俺は一部の衛兵に誰も通すなと指示を出した。一方で奴隷区画の鍵を開けさせ、物理的には通れるようにしてある。ちょっとした悪戯というのも言い含めておいたから、危害を加えられることもなかっただろうが。そして彼女には、どうしてもこちらへ来ざるを得ない情報を与えておいた。


「傷の治療をしたとき、首の後ろの三つの刻印を見た。君は巫女だな」


 その時初めて、メルトの目に敵意が浮かんだ。

 少しだけ悲しくて苦笑する。


「どこでそれを」


 ゲームの中で、とは流石に言えないか。

 だから更に質問を重ねた。


「カラムトラと連絡を取りたい。君たちフーリア人が、この大陸内に送り込んだ地下組織だ。巫女なら勿論知っているだろう」

「……アナタは、何者なんですか」

「ただの貴族のボンボンだ。少しだけ違うものが混じっているが」

 それをメルトは間違って解釈したんだろう、目に見えて敵意が薄れた。まあ間違いでもない。

 こちらも元々彼女と争うつもりはない。俺にとって彼女の存在は奇跡にも等しいものだったからだ。


 『幻影緋弾のカウボーイ』に、メルトーリカなんてキャラクターは存在しない。設定上は存在するだけなのか、それともこの世界が本物だからなのか、少なくとも彼女が巫女と分かったのは偶然だ。


「何を、なさるつもりなんですか」

「一つ目の段階としては、奴隷解放を」

「それはっ……本気なのですか……?」

 王への反逆を意味する言葉に、流石のメルトも目を見張る。

「フーリア人と戦いを続けているこの状態は、俺の目的にとって障害となる。例え王の決定であろうと邪魔なものは邪魔だ」

「お心が、私には測りかねます」


 言われ、頭の中に、ある人物が浮かび上がる。

 フロエ=ノル=アイラ。メルトと同じフーリア人で、主人公ジーク=ノートンの幼馴染の少女。そして、ゲームを終えたユーザー達から徹底して叩かれた不幸なヒロインでもある。

 常に主人公ジークの傍らに居ながら、その実あらゆるルートで敵対してきたイレギュラー能力者だったという事実。それが明かされたラストルートでは今まで以上に敵対し、他のヒロインたちをも苦しめたことが、ユーザーからの不人気を呼んだ。

 その上、今まで完璧超人として振る舞ってきたジークが深く思い悩み、いわゆるヘタレ化してしまったこともルートの低評価を招いた。


 だが俺は、この『幻影緋弾のカウボーイ』をプレイしていて、彼女こそを救いたいと思った。

 敵対していた理由も、全ては主人公であるジークを守るためなのだ。だというのに、彼女は自分のルート以外の全てで陰ながら死亡している。主人公を守る為にだ。だというのに彼女が攻略対象となるラストルートでさえ、ジークが生き残るか、フロエが生き残るかの選択肢しかない。

 ふざけるなと叫んだ。

 製作者なりの意図があったのは分かる。だがだからといって、物語の全てのパターンでフロエが不幸になり続けるというのは我慢ならなかった。


 イルベール教団とのいざこざと、メルトの姿を見ている内に、俺の心は決まった。


「今の長期休みが終わると、俺は学園へ戻る。アリエスも入学してくることになるな」

「はい。そう伺っております」

「そこへ、俺が助けたいと思っているある人物がやってくる」

「助けるために私の、カラムトラの力が必要と? その相手は、フーリア人なのですか?」


 話が早くて助かる。

 彼女たちが蛮族じゃない証左だな。


「その人物に関しては追って伝える。だが、例え君の同族であろうと他言無用に願いたい」


 メルトは迷っているようだった。

 もう一手が必要か。


「昼前に言っておいたな」

 眼の色が変わった。

「お前たちフーリア人が血まなこになって探している秘宝『ラ・ヴォールの焔』の在り処を知っている」

「どこに……!」

「取引だ。俺に協力しろ。そうすれば教える。奴隷解放にも加担しよう」


 沈黙は長かった。

 俺にとっても息苦しい時間だ。

 協力が得られなければ、俺はこの物語に対するジョーカーを失う。


 重要なのは信用か。

 たった半日でどれだけ彼女から信じられたか。


「……傷を」


 漏れ出るように、


「手当していただいている時のあなたの手は、とても優しくて、暖かかった。私は、本当にただの奴隷です。力も弱く、あなたと戦えば勝てないでしょう。ですから、その……」

「連絡の手段がないか」

「申し訳ありません……っ」


 流石に、隠しきれるだけの余裕は無かった。

 俺は緊張に貯めていたすべてをため息とし、椅子へ深々と腰掛けた。


 一気に振り出しだ。

 いや、巫女という、設定上しか存在しなかった人間と接触している意味を見出そう。少なくとも彼女を介せば、普通に俺がカラムトラと接触するより信用を得られるだろう。まだ手が無くなった訳じゃない。


「実はな、父上に話して君を学園へ連れて行くことになっている。俺の世話係としてだがな」

「それは……」

「一緒に来てくれるか? メルト」

「はいっ!」


 沈んだメルトの表情に光が差す。

 それを見て、お互いに少しだけ救われた気がする。


 これで話は終わりだ。

 彼女を帰そう。そう思って口を開きかけ、月明かりの中で胸に手を当てたメルトの顔が紅潮しているのに気付いて息を詰めた。


「では、私は……ハイリア様のものと」

「う、うん、そうだよ?」


 なんだそのゾクってくる言い回しは……!


「私は、あなたのものです」

「は、はい」

「あなたのものです……」

「はいっ」


 ぞわって!

 ぞわって!!


 やばい!

 これ以上は俺の息子が起動する!

 いんぱくとらんすになっちゃうよ!


 メルトはあからさまに動揺する俺を見て、無邪気に笑った。

 出会ってから一日、初めて目にする彼女の笑顔は、やっぱり魅力的だった。

 顔を赤くしていた俺は顔を背けるので精一杯だ。かと思っていたら、いつの間にかメルトがすぐ前まで来ていて、足元に膝をついた。


「今朝のお願いは、まだ有効でしょうか」

「えっ!?」


 お願いって、アレのこと!?

 アレだよね!?


 月明かりの中で俺を見上げるメルトの頬は赤かった。

 奴隷生活の中で乾いてしまった黒髪の奥、潤んだ瞳は今朝と同じで、俺の心を愛撫した。


 そこにやや遅れて、彼女の頭に角が生えているのに気付く。

 いや、物理的な話じゃなくて、精神的に。


「メルトさん」

「はい」

「そういう悪戯は、慣れてからやりましょうね」

「……はい」


 呼んでおいて試した腹いせか、心理的な距離を詰める為か、元々の性格なのか、今朝の状態からは考えられない程のメンタリティにちょっとお手上げだ。

 照れて顔を背ける姿は可愛らしいと思うものの、俺の手に負えるのかと不安にもなってくる。


 とその時、ばーん、と部屋の扉が開け放たれた。


「お兄様っ! 今夜は私と一緒に眠………………………………………………………」


 無言、怖っ!


 廊下の光を一身に背負ったアリエスの影が俺達へ絡みつき、じぃぃぃぃっと部屋の中の様子を観察してくる。

 跪くメルト、正面に立つ俺。それだけなら良かったが、俺は諸手を挙げており、メルトは挑発する時にズラした衣服をそっと直していた。コレはアレだ。アレに見えなくも無い。どっちにしろ年頃の男子が夜中にこっそり女を部屋へ招き入れている時点で言い訳無駄だと気付いた。


 もうどうしようもないので、俺は開き直って咳払いをした。


「我が妹よ」

 固まっている。爽やかに続けてみた。

「年頃の兄の部屋へ入る時は、ノックを忘れてはいかんぞっ? 気不味い場面に遭遇するからなぁ」


 っはっはっは!


 さて、では続きといこうかメルト。

 などとふざけて考えていた時だった。


「お、お兄様の…………っ、馬鹿ぁぁぁぁぁああああああああああああ!」


 アリエスの魔術、『弓』が起動し、机ごと壁をぶち抜いて俺を吹き飛ばした。

 妹よ、それは兄の弱点だ。





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