第4話 おっかいものっ☆
流れ流れな人生でした。
それなりに面白可笑しく生きてきたとは思います。
なんか流されて部活を始めて、流されて大学も決め、流されて会社が決まって、流されて社畜人生を歩んでいた俺が、どうやらある日、突然ギャルゲーの世界に流されたようです。
流れすぎだろ。
タイトルは『幻影緋弾のカウボーイ』。
ヒロイン数は四人。攻略順固定の魔術バトルが売りな、いわゆる燃えゲーに分類されるゲームである。徐々に明らかとなっていく謎と、タイトル通りにカウボーイじみた完璧超人系主人公が人気を博し、その手のサイトでは上位へ食い込み続けるなど、それなりに有名な作品だ。
あまりその手のゲームをやった経験が無かった俺に、会社の友人が貸してくれたのがこの作品。結論から言うとドハマりした。
あらゆる困難をスパッと解決してくれる主人公は頼りがいがあって物語に不安がない。人気ランキング二位のアリエスを始め、ヒロイン達も非常に魅力的だったと言える。
ただ、俺はこの作品にたった一つの遺恨がある。
それは、四ヒロインの中で唯一人気ランキング上位から外れ、あろうことか男性キャラクターであるハイリアに人気負けして五位となったラストルートのヒロイン――
――フロエ=ノル=アイラの不遇ぶりである。
※ ※ ※
雑踏を切り分けるように馬車が進んでいく。
気付いた者は道の左右に別れて距離を取り、遅れた者は先行する兵に武器を向けられ逃げていく。まさしく貴族様の大天下、封建社会の極みであった。天下の往来を行く人々は当然といった顔で道を空け、不満そうなのは朝から酒を飲んで酔っ払っていた者か、外から来たらしい風体の者達ばかり。
ここは、ウィンダーベル家が所有する領地の中でも最も栄えた交易地。税の軽さと舗装された街道の中心点、加えて内海へと繋がる河川が流れているという最高の立地を武器に、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで発展を続けている大都市だ。ゲームではそういう設定だった。
良質の石や粘土が取れることで、街並みは西洋感たっぷりな石造り。細工の見事な鉄看板が軒先を彩っていた。頭を下げる人々の格好は素朴だが、ファンタジー感溢れる仄かな泥臭さが俺の心を浮き立たせた。染めは鮮やかとは言えず、革製のモノが目立つ。
身近なものこそ安価、という流通未発達な時代ならではだ。
さて、いつまでも窓の外を眺めて現実逃避していても仕方がない。
俺は意を決してアリエスへ声を掛けた。
「いい天気だな」
「こんなに明るいと眩しくてどんな女でも魅力的に見えますわね」
ざっくり来るなあ!
俺は何故か同行させられている、すっかり萎縮したメルトに目を向けて、その視線で更に機嫌を悪くしたアリエスが頬をふくらませるのに苦笑した。仕方なくアリエスを見ると顔を背けられる。
どこを見ればいいんだどこを。
「お兄ぃ様がこぉんな奴隷をお気に入りだったなんて意外でしたわぁ~。えぇ、胸は大きいですわね、胸は。私には劣りますけど」
と、全ヒロインでトップの胸囲を持つアリエス様が仰っております。
「甲斐甲斐しくお兄様の傷の手当てを受けておいて、そんなちっぽけな身体を晒すなんて無ぅ礼にも程がありますわぁ? そうでしょう、お兄様?」
お兄様、咳払いしかすることがありません。
「あら、到着したみたいですね」
馬車が止まり、少しして扉が開く。
俺は一番に降りると、次に出てきたアリエスへ手を差し伸べる。俺の手を取って優雅に降り立ったアリエスを見て、遠巻きに眺めていた群衆から感嘆が漏れた。大貴族の令嬢というだけじゃない。アリエスは掛け値なしに美しい。それこそ作り話でもないと絶対に存在しないだろうと言えるくらいに、まさしく作り物じみている。
それから俺はメルトにも手を出そうとした。けど、ブラコン真っ盛りなアリエスは取った俺の手を離さず、あろうことか腕ごと抱き締めて、兵たちが作った道を突っ切って行く。
背後で小さな悲鳴があがり、周囲から笑い声が漏れる。
メルトだ。このお出かけに際し、アリエスから提供された服を着てきた彼女だが、慣れない人間にコルセットやヒールの靴は辛い。男性が馬車から降りる女性に手を差し伸べるのは、なにも様式というだけじゃないんだ。
周囲が助けに入る様子もなかった。
一目見て奴隷階級と分かるメルトの浅黒い肌に、貴族のものらしい服を見て、ちょっとしたお遊びだと思われている。顔を伏せた彼女の元へ向かいたかったが、
「群衆の中で奴隷に手を差し伸べるおつもりですか、お兄様?」
ぼそりとアリエスが呟く。
その口元は優越感に歪んでいて、今更ながらに俺は彼女の性格を思い出した。
ランキング二位ヒロイン、アリエス=フィン=ウィンダーベルは、徹底した階級差別を標榜する大貴族の娘である。当然ながら彼女も階級制度を重んじ、逆らう者には容赦しない。決して悪人ではないし、話の通じないパラノイアでもない。あの老婆のような無意味な虐待はしないものの、分を弁えない人間には徹底した
それが、ややもすれば無法者の部類に入るカウボーイ主人公とマッチした結果、数々の衝突を経てデレ期に入る。初期はそれでも身分にこだわろうとするアリエスだが、やはり主人公に惹かれていった彼女のデレっぷりたるや凄まじく、いっそ溶けてる、トロ期、とまで言われるほど。
その甘えぶりに、ランキングで二位という、メインヒロインの次に人気がありながら、その投票コメント欄には「うざい」「うざすぎて」「一周回ってもやっぱりうざかった」「投票しないとどうせうざいから入れといた」「うざかわいい」「トロけて尚うざい」などなど、容赦のないうざがられっぷり。
そう。
兄であるハイリアには幼少期から続くブラコンで、ゲームをオールクリアした俺にとっては慣れたものである、デレ中期に当たる態度だったから忘れていたけど、彼女の性格はすこぶる悪い。
許してやって下さい。
大好きなお兄様を取られて妹は必死なんです。
自分で立ち上がったメルトが顔を伏せながらこちらへやってくる。
アリエスは満足そうにそれを眺めると、俺を引っ張って店の中へと入っていった。
「さ、お兄様、私の新しい服を選んでくださいな。折角ですから、あの女にも一つ恵んであげますわ。怪我の治療をしていてするりと脱げてしまわぬよう、貧相な身体に合ったものを選ぶといいわ」
必死なんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます