第2話

母の声が聞こえる。

目が覚めたのは6時だった。

実際は目が覚めたのではなく、起こされた、のだけれど。


悪夢は見ていなかった。

一度4時に目が覚めたのは覚えている。悪夢を見たこともぼんやりとは覚えているが、もう夢の内容は霧がかかったように不鮮明になっていた。


古典的な女の人の幽霊に、追いかけられた気がする。


「ご飯できたわよ、準備していらっしゃい」


母は言う。


25歳にもなって、実家暮らしで、母に起こしてもらっている、なんて話をすると「そろそろ自立したほうが良いんじゃない?」なんて余計なお節介を言っている友人もいる。

生まれてからずっとこの生活をしてきた私は、これ以外の日常なんて知らない。


長く伸びた髪の毛をバサっと一旦前に持ってきてから、ぐっと後ろで一本に結ぶ。

丸みを帯びたおでこが露わになる。ゆで卵のよう。


顔を水でさっと洗い、スキンケアをして母の待つ食卓へと向かう。


今日の朝ご飯は、まるまるとした小ぶりなパンと、ほうれん草がたっぷり入ったキッシュ、玉ねぎのポタージュ、ハム。

全て母の手作りだ。ハムも。ハムすらも手作りしてしまう、母。お母さん。


いただきます


母と二人、ダイニングチェアに腰をかける。

いつものワイドショー。いつもの占い。私はいつもの髪型。


ご飯を食べ終わると、食器も下げずに席をたつ。


「凛ちゃん、昨日イオンでパンツが安かったから買っておいたわよ。洗っておくね」


「うん、ありがとう」


5分で化粧を済ませ、適当なトレーナーと黒スキニーパンツを履く。

職場で着替えるから、出かける時の服装はなんでも良いのだ。


職場は小さな診療所で、受付事務をしている。

高校を卒業してからずっとそこで働いている。


「凛ちゃん、準備できた?」


職場の場所は、徒歩20分、自転車10分、車で5分の場所だ。

免許を持っていない私は、最初自転車で行っていたが、いつからか毎朝母に送ってもらうようになっていた。


チェックのロングスカートを履いて、もう玄関で靴を履いて待っている。


長い髪の母。少し艶がなくなってきている。もう今年還暦だからね。


私はいつもの鞄を肩にかけ、玄関へ急いだ。

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