忘れてはいけない黒歴史

逢坂 純(おうさかあつし)

夏の太陽で自然発火した灰皿が黒歴史

黒歴史には、忘れたくても忘れられない記憶と、忘れてはいけない記憶とがあるような気がします。

僕の忘れてはいけない記憶というのは、煙草の不始末から危うく火事になりかけた事件のことです。僕は30代の頃、引きこもりでした。お金も稼げておらず、それでも煙草は吸っていました。灰皿にはシケモクだらけで、新しい煙草など買えもしませんでした。そして煙草が無くなると、両親に泣いて頼んで買ってもらうか、家にある漫画やCDを『ブック・オフ』で二束三文の値段で売って、そのあぶく銭で「わかば」や「HOPE」を一箱だけ買うのでした。あの頃の僕は煙草への依存が中毒的でした。煙草が無くなれば、灰皿一杯に溜まったもう吸い終えた煙草をギリギリまで吸い、それもできなくなると、ビニール袋にまとめて入れてごみ箱に捨てた煙草をごみ箱を漁り、吸っていたような気がします。

事件はある夏の日に起こりました。夏の太陽はベランダにギラギラと照り付けていました。

僕はベランダに5分毎に出ては、ベランダに置いてある灰皿をさばくり、吸えない煙草しかないのを確かめ、部屋に戻り、そしてまた5分経つと、ベランダに出て、また吸えない煙草を確認するのでした。そうしてなかなか捨てられない煙草は、灰皿の中で溜まったままでした。僕はいつものように煙草が吸えないのが分かりながらも、5分おきにベランダに出ていました。今思えばあれは奇跡でした。

5分間隔でベランダに出ていた僕に起きた奇跡でした。僕はいつものようにベランダに出ると、ベランダに置いた灰皿が炎をあげているではないですか。煙草の吸殻が三分の二以上溜まって灰皿一杯になった煙草が太陽の光で熱を持ち、自然発火したのです。それを見つけた僕は慌てふためき、火が轟轟と点いた灰皿をトイレに運び、トイレを流して流れる水に漬けたのでした。心臓がドキドキしていました。危うく火事になりかけたのです。家族には言えませんでした。誰にも言えない出来事です。もう僕は煙草を吸ってはいません。忘れてはいけない黒歴史です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れてはいけない黒歴史 逢坂 純(おうさかあつし) @ousaka0808

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画