別れ
それから二人は黙って桜の別邸へ帰った。賢治はもう夏子とは交わらない、ぐっと握られた拳にそれが現れていた。夏子の心はぎゅっと痛んだ。しかし、夏子は後悔していなかった。別邸へ着くと賢治はチェロを持ってきた。
「最後に何か好きな曲を弾いてくれませんか?」
夏子は自分がとても好きな曲を一曲弾いた。原曲はイングリッシュホルンだが、チェロでも弾ける音域だ。
「ドヴォルザークの新世界ですね。」
賢治は何か思いついたのか、ニコッとした。
賢治は夏子を駅まで送ってくれた。賢治はとても陽気に楽しそうにこれから書く予定の物語について、夏子に話してくれた。夏子も始終笑顔でいた。
「ポラーノ広場は聞かなかった事にします。」
そう言うと賢治は手を出した。
「握手してください。あなたはわたしの最大の支援者ですから。」
夏子は強く賢治と握手した。
「シェイクハンド、一度やってみたかったんですよ。」
賢治は苦笑いした。
駅に着くと高山さんが待っていた
「山本様、困ります。注意事項をお読みにならなかったのですか。」
高山さんは顔を真っ赤にしていた。
「いや、女性演奏家なんて世の中も変わりましたね。やっぱり東京は違う。」
賢治はそう言うと、また、と言って後ろに振り返って行ってしまった。
「今回はたまたま乗客の一人が山本様が盛岡行きの汽車にお乗りになるのを見ていましたので見つけることができました。また、幸いにも、宮沢賢治さんはこの時代のチェロ演奏家だと思っているようなので良かったです。気をつけてくださいね。」
高山さんは厳しい口調でそう言うと汽車に入って行った。
夏子は汽車の席に着くとしばらくぼーっとしていた。何か冷たいものが顔を流れていった。手に落ちてそれが涙だと分かった。
「良かった。」
夏子の目から鼻から色々なものが溢れ出した。もう何十年もなかったことだ。高山さんは何かぶつぶつ言っていたが、目をつぶり寝てしまった。
その後、夏子は何事もなく、元の時代に返された。夏子は高山さんがガイドで良かったと心から感謝していた。
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