幸せな時間

 湯呑みを持って賢治が戻ってきた。夏子はもう着物をちゃんと着直して座っていた。

 「賢治さん、わたしがなんでここにいるか分かりますか?」

 「わたしの作品は、未来に残っているんですね。」

夏子は賢治の作品について語りだした。夏子は自分の賢治の作品に対する思いが賢治に伝わって欲しい、その一心だった。

 賢治は黙って夏子の話を聞いていた。ときどき深く頷いたり、微笑んだりしていた。  

 話は夏子の好きなポラーノ広場の話になった。

 「賢治さん、あのとき物語に蛾を持ってきたのは、あの海のような青い情景が浮かんでそれをどうしても描きたかったからだとわたしは思ったのですが。賢治さんは物語を作るのに二つを使い分けている気がします。映像として作るのと、言葉の響きと、そうですか?あと、なんであんなに色々な青が見えるのですか?」

賢治は少し困ったような顔をした。

 「はい、夏子さんの言う通りどっちもですかね。頭にぱーと浮かんでくることもしばしばあります。そして、青、こんなことを言ったら気がおかしいと思われるかもしれないですが、わたしはたまに光が見えるんですよ。」

 「まるで、みんな林や野原や鉄道路線やらで、虹や月あかりからもらってくるみたいに?」

夏子は笑った。

 「わたしの本のフレーズ。」

賢治は嬉しそうに微笑んだ。

 賢治はまた無性に夏子さんが欲しくなった。それがわかったのか、夏子さんは賢治の後ろにまわり、後ろから包みこむように抱きしめた。賢治は夏子さんがとても愛しくなった。そして優しく夏子さんの頬に手をついて、キスをした。

 夏子は賢治は本当に真面目で優しい人なんだなと感じた。賢治の行為全て、夏子へのいたわりに溢れていた。

 外はすっかり暗くなっていた。

 「お腹空きませんか?わたし、何か作りますよ。」

夏子はそう言って台所に行ったが、かまどを見て困ってしまった。

 「未来のとはだいぶ違いますか?」

賢治が笑った。

 「わたしがやります。待っていてください。」

賢治は井戸に水を汲みに行った。

 夏子は戻って、布団の中でぼーと天井を見つめていた。夏子は当然、賢治が初めてではなかった。しかし、最初の時は賢治が少し怖く感じた。そのくらい賢治は夏子を強く求めた。しかし、さっきは本当に優しかった。よく考えたら賢治はもう立派な大人の男性だ。夏子はおかしくなって笑った。そして、今、とても幸せだと感じていた。

 賢治はご飯と味噌汁、自分で漬けた漬物を出してくれた。二人で黙って食べた。そのあとは、レコードを聴いたり、賢治がチェロで音階を弾くのを見てあげたりして過ごした。寝る前にお互いの身体を拭き合って、眠りについた。

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